閑話10 クロウがそこにいた理由
――パリィーーーン
誰もいない室内に響き渡る硬質な音。
その小さな部屋には、四隅に装飾の施された金剛杭が刺さり、それぞれを壇線で結び祭壇が作られていた。その中心に置かれていた水晶が砕け、破片が辺りに飛び散っている。
異音を聞きつけた三人の男たちが室内を訪れ、惨状を目の当たりにして焦りだす。
「一体なにがあった!?」
「わっ、わかりません。精霊獣の身になにかあったとしか……」
同時刻、カメリアの前に現れた精霊獣が、大地から名前をつけてもらったところだった。
「迷宮から逃げ出したわけではないだろうな?」
「その場合は、ここに戻ってきてしまうはずです」
「祭壇の結界でも少しの間なら本体を抑えられますし、逃げ出した可能性は少ないかと」
迷宮内で実体を失ったクロウだったが、彼の一部が別の場所に封印されていたため、再び姿を表すことが出来たのだ。そして名を授けられたことで精霊の格が上がり、封じられていた器を破って全てを取り戻したのである。
「くそっ、あとは盟主様に自意識を掌握してもらえれば、精霊獣が手に入ったのに」
「探索者ギルドで討伐依頼が出されていましたし、誰かに倒されたのでは?」
「精霊獣を倒すなど、人の手では不可能なはずだ。大勇者や大賢者が来ても大丈夫だと、ラーチ様は言っていたぞ」
「こんなことになるなら、しっかり監視をしておけば……」
「慢性的な人手不足ですから、そこまで人員は割けませんよ」
「とにかく明日にでもギルドで情報を集めてきますので」
クロウを封印していた水晶球は、他国から盗み出されたものだった。しかし場所を移動したことで封印にほころびが生じ、閉じ込められていた精霊獣が逃げ出そうとする。
ちょうどその頃、オルテンシアの魔法で流されてしまった試料を集めるため、組織の幹部であるラーチがイノーニに滞在していた。そこで彼らは、渡りに船とばかりに協力を仰ぐ。
ラーチの研究テーマである〝檻〟で精霊獣を閉じ込めることは無理なため、自意識と本体を分離して片方を迷宮内へ放つ方法があると助言。精霊は単独で迷宮を出入りできないという制約があるため、逃げ出す心配をしなくて良いからだ。
そうして迷宮内でセクハラを繰り返す、黒い鳥型モンスターとして討伐対象にされたのである。
「もう上層部へは報告してしまっているのだ、そんな悠長なことは言ってられん。今から確認に行くぞ」
リーダー格の男がそう宣言したとき、建物内に二つの人影が入ってきた。一人は小学生くらいの小さな少女。漆黒の髪は真っすぐ切りそろえられ、瞳はまるで深淵のように底が知れない。着ている服は黒いワンピースだが、どことなく日本人形を思わせる容姿をしている。
そしてその隣に立つのは、黒いスーツを着た三十代なかばの、細身で背が高い糸目の男だ。自分たちを見て気まずそうな顔をする三人を前にしても、その温和な表情を崩さない。しかし、わずかに見える眼光はとても鋭く、男たちに緊張をもたらす。
少女は組織の盟主で、男は最高幹部である。
「いっ、いらっしゃいませ。盟主様、ロータス様」
「黒い鳥……捕まえたって聞いた……見せて」
全く変わらない表情、そして抑揚のない声で少女が話す。どうしてこんなタイミングの悪い時に来てしまったんだと気の遠くなる思いだったが、リーダー格の男はなんとか返答を返した。
「逃げられないよう迷宮内に閉じ込めていたのですが、何らかのトラブルが発生したようなのです。ですので、今から確認しに行こうと思っております」
「私も……見に行く……案内して」
「はっ、はい。かしこまりました」
本音を言えば、ついてきて欲しくない。しかし組織のトップにこう言われたら、首を縦に振るしかないのは、下っ端の悲しい定めである。
◇◆◇
五人は迷宮へと入り、魔道具で精霊獣の位置を探し始めた。そして大地たちがクロウを成仏させた、崖の前にたどり着く。そこには鳥の羽に偽装した、発振器が残されているだけだ。
「……やはり何者かに倒されたのか?」
「精霊獣を消し去る魔剣や魔法は、存在しないはずだぞ」
「だがこれが残されているということは、ここで消えたとしか……」
三人の顔は蒼白になり、冷や汗がダラダラと流れ出す。たとえ何らかのトラブルがあったとしても、封印した自意識が手元にある限り大丈夫と思っていた。しかしそれを封じていた水晶球は壊れ、本体も消えてしまっている。
「申し訳ありません、盟主様。すぐに別のものをご用意いたします。黒い猫や黒い犬、なにかお望みはございますでしょうか」
「やだ……黒い鳥がいい……楽しみにしてた」
「あの精霊獣は胸の大きな女性にしか興味のない下品なやつで、盟主様にはふさわしくありませんでした。鳴き声もうるさく、性格も乱暴で手に負えない出来損ないです。次は可愛い小鳥を探してまいりますので、もうしばらくお待ち下さい」
「だめ……見せるって約束した……それ破った……嘘つき嫌い」
「なっ、なにとぞもう一度チャンスを! 次は、次こそは必ず――」
「ロータス」
「はい、盟主様」
「これ……もういらない」
「かしこまりました」
ロータスが周囲に視線を送ると、黒いローブを着込んだ人物が次々現れた。顔は不気味な装飾の仮面で隠されており、ローブのせいで性別すらわからない。そして三人を即座に取り囲むと、そのまま迷宮の奥へ連れて行く。命乞いをする声はすぐ聞こえなくなり、迷宮内に静けさが戻る。
「疲れた……もう帰る」
「街で一番の宿をご用意致しております。今夜はゆっくりお休みください」
姿を隠した黒ローブの人物たちに護衛されながら、二人は出口へ向かって歩きだす。彼らは要人の護衛から裏切り者の始末まで、命じられれば何でもこなす組織の実働部隊である。組織内では暗部と呼ばれ、恐れられている存在だ。
「……お友だち……欲しかった」
無表情だった少女の顔が、わずかに歪む。
そして小さく漏れたつぶやきは、ロータスにも届かなかった……
不思議な力を持っていそうな少女ですが、その正体とは……
風呂敷が広がってきたところで第5章が終了です。
情報が小出しになってるのは仕様なので、ご了承ください(笑)
幕間を挟んで第6章をお送りしますのでお楽しみに!




