第4話 13月1日
この世界に来てから二十四日の月日が流れ、今日は十三月の初日。待ちに待った満月の日だ。預かっていた輝石もフルチャージの状態で用意してるし、これを持ってオルテンシアさんの所に行こう。
街道から外れて森の近くまで進み、コンパスのような魔道具を取り出す。この矢印が示す方に移動しないと、オルテンシアさんのいる小屋へたどり着けない。
この世界で暮らしてみて感じたのは、輝力をエネルギーにして動く魔道具の豊富さだ。照明や料理を作るコンロ、あらゆる場所で魔道具が使われている。それに列車や船の動力源も、輝力を利用してるらしい。
アーワイチの街は内陸部なので船は見たことないけど、列車は何度か見たことがある。客車を引っ張ってたのは、海が大好きで陽気なディーゼル機関車と、すごく良く似ていた。顔はついてないし、喋ったりもしないけどね。
そんな輝力の供給源は、迷宮で倒されるモンスターだ。生活に欠かせないエネルギー源の供給元である探索者は、この世界で優遇されている。どの国でもお金持ちなのは、商売をやってる人か探索者がほとんどらしい。貴族制度はないみたいだけど、一部の探索者がそんな地位に該当するんだろう。
迷宮の奥まで行けるような人は、使用人が大勢いる豪邸に住んでる。荷物の配達で行ったことがあるけど、門から玄関までかなりの距離があったもんな。庭に噴水付きの池がある家なんて、初めて見たよ!
僕もメイドさんに「お帰りなさいませ、ご主人さま」とか言われてみたい。
そうした地位にいるせいか、探索者には粗暴な人が結構いる。生活に不可欠な資源を供給してる人たちなので、街の人も強く出られないみたいだ。あまりにも酷いことをすると、捕まったり投獄されたりするけど。
もし探索者として生活することになっても、あんな人たちにはならないぞ。
そんな誓いを立てながら森を進み、やがて見覚えのある場所にたどり着く。月が出るまで中には入らない約束なので、今のうちに家の周りを掃除したり雑草を抜いておこう。
◇◆◇
オルテンシアさんは病気の影響で、ずっと眠っているそうだ。月明かりに照らされると目が覚めると言ってたので、その時をずっと外で待っている。
「早く話がしたいなぁ……」
――リィーン
毎日たくさん話しをしたり、一緒のベッドで眠ってるおかげか、スズランとはこれまで以上に仲良くなれた。今のスキルはこうなっている。
応援:★★★
安定:★★★
献身:★★★
すべての星が埋まったから、上級精霊に進化できるはず。小人型になったスズランの姿を見るのがすごく楽しみで、昨日は良く眠れなかった。そのぶん昼寝ができたから、これからオルテンシアさんと夜どおし話をするのに、ちょうど良かったかもしれない。
『……あっ…………いやだ……誰か…………た、すけ……』
ワクワクしながら家の周りを掃除していた時、中からオルテンシアさんの声が聞こえてきた。最初は誰かを呼んでるのかと思ったけど、その声はなんだか苦しんでいるように聞こえる。悪い夢でも見てるんだろうか?
『必ず……元の…………だから……あっ、あぁっ…………いやぁぁぁぁぁぁぁ!』
女性が寝ている場所に入るのは申し訳ないと、扉の近くでどうしようか悩んでいたら、中から叫び声と大きな音が聞こえてきた。もしかしたらベッドから落ちたのかもしれない。
「オルテンシアさん、ごめんなさい。入りますよ!」
さすがに今は躊躇してる場合じゃないと扉を開けたら、オルテンシアさんは薄暗い部屋の床で四つん這いになり、肩で激しく息をしていた。介抱しようと近づいていったけど、彼女の顔をこちらを見た瞬間、足が止まってしまう。
「うぅ……ヴヴウウウゥー」
オルテンシアさんの目が、暗闇でもわかるくらい赤く光ってる。そして口から、動物が唸るような声を出していた。これはどう見ても普通の状態じゃない。
「ヴヴヴ……ヴガァァァァァ!!」
「オッ、オルテンシアさん落ち着いてください! 僕です、大地です。一体どうし――カハッ」
こちらに飛びかかってきたオルテンシアさんは僕の首を片手でつかみ、開いていた扉から外に放り投げた。背中から地面に落ちて息が詰まる。これって華奢な彼女が出せるような力じゃない。肉体のリミッターが外れている感じだ……
「……ミンナ…………テキ。ジャマスルト……コロ、ス」
「ごほっ、ごほっ……オルテンシア、さん……その姿は」
家の中からゆっくりと出てきたオルテンシアさんの体が、月明かりに浮かび上がる。赤く光った瞳がこちらを見据え、目の白い部分が黒くなっていた。そして小麦色だった肌も変色していて、あきらかに人のそれとは違う灰色だ。彼女の身に何が起きてるのか、これも病気の影響なんだろうか?
――リィィィィィーン、リィィィィィーン!!
その時、僕の横からスズランが飛び出し、オルテンシアさんの前に浮かび上がる。それに反応したのか、僕から目をそらして、スズランの方を見るオルテンシアさん。視線の先には、大きな月が浮かんでいた。
「……わっ、私はいったい…………何を」
瞳の光が失われると同時に目も白の状態に変わり、肌の色も元の小麦色に戻る。呆然としていたオルテンシアさんは、立っている力を失いその場に崩れ落ちた。
僕は慌てて近くに駆け寄り、肩を貸しながら家へと連れて行く。
◇◆◇
「私は、そんな状態になっていたのか。あの伝承が事実なら、もう猶予はないかもしれない……」
オルテンシアさんは何かを確かめるように、小声でブツブツ言ってるけど、その内容はよく聞き取れない。
「……おっと、それはともかく、君には申し訳ないことをした。謝って赦されることではないが、謝罪させてくれ」
「幸い怪我も大したことないですし、僕は気にしてませんから」
ちょっと首にアザが残ったくらいで、怪我といえば肘を擦りむいた程度だ。それもオルテンシアさんの精霊が治療してくれた。緑の精霊は治癒が使えるって聞いてたけど、実際に治療を受けてみると感動する。なんか動画の逆再生を見てるように、傷がなくなっていくんだもんな。
「さっきの症状って、やっぱり病気のせいなんですか?」
「君には全て見られてしまったし、本当のことを話そう。私の体を侵しているのは、病気ではなく呪いなんだ」
「……呪い、ですか」
「迷宮の探索中に出会った変異種のモンスターに〝狂化〟の呪いをかけられ、私の人生は変わってしまった」
そしてオルテンシアさんは、当時のことを語ってくれた――
次回の更新はオルテンシアの過去編です。
彼女の身に一体なにがあったのか……
◇◆◇
作中に挙がったディーゼル機関車の名前は、塩辛い人(笑)
この世界の鉄道は動力分散方式の気動車ではなく、動力集中方式の機関車に客車や貨物車が連結されます。