閑話09 エピローグ「三人の行末」
街にある薬剤店から、三人の男女が出てきた。顔が腫れ上がり全身に切り傷を作っていつのはディゲス。カメリアに殴り飛ばされ、きりもみ状態で家具やゴミをなぎ倒した怪我だ。
そして憔悴しきった顔で目の下に大きなクマを作っているのはクズミナ。アイリスに見せられた悪夢の影響で、一睡もできなかった。
最後に左腕を吊り下げながら出てきたのは、鼻の形が変わってしまったオレカス。大地からもらった渾身の一撃で鼻筋が歪み、手足や内臓のダメージもまだ抜けていない。
「ちくしょう、薬程度じゃ痛みが治まらんな」
「あたしをこんな目に合わせやがって、絶対に許さないからね」
「早く探索者ギルドへ行って治療させようぜ。被害届けも出してやらないとな」
この世界には精霊がいるため怪我を治療できる施設は少なく、探索者ギルドは安価に治療できる場所の一つである。治療の前に痛み止めを服用しておかないと移動もままならない、そう考えた三人はとりあえず薬を買いに行っていた。そして暗示の重ねがけが影響し、不眠に悩まされているクズミナは、薬に頼る決断を下す。
「精霊がどっか行っちゃってなかったら、こんな薬買わなくて済んだのに、大損だよ」
「それにしても、なんで俺たちの精霊が消えてるんだ?」
「再契約も出来ないなんて明らかにおかしいな、これは」
「あたしにも変な状態異常を掛けてるしさ、絶対なにか魔道具を使われたんだって」
薬の影響で精霊たちに嫌われてしまい、三人は大きな代償を支払うことになる。たとえ探索者ギルドで治療を受けようとしても、彼らに対して精霊たちはスキルの行使を拒んでしまう。三人の声が精霊に届くことは、この先一生ない……
「まさかあの女、上級と繋がりがあったとは」
「探索者の厳しさを体に教えてやろうとしただけなのによぉ」
「あの絶望に染まった顔をもう少し堪能したかったのに、助けが来た途端うれしそうにしちゃってさ。あたしはあんな恥ずかしい目に合うし、やってらんないよ」
あの出来事はアイリスのスキルで、探索者同士のトラブルにすり替えられている。生意気な下級探索者の女に教育をしようと監禁したら、助けに来た上級探索者からボコられた。それが書き換えられた記憶だ。
「スキルが消えてしまったのも連中のせいだろうし、きっちり罪を償わせてやらんとな」
「上級だからって好き放題やりやがって、有る事無い事でっち上げて痛い目を見せてやるぜ!」
「スキルや精霊が戻らなかったら、一生面倒をみてもらわないとね」
自分たちのことは棚に上げ、すべての責任を存在しない探索者にぶつけ始める三人。しかしこの時の彼らは、この先に待ち受けている現実を知らなかった。
◇◆◇
ギルドへ入ってきた三人は、中にいた探索者から一斉に視線を向けられる。指をさされたりヒソヒソと話をされているが、そんな状況に全く気づくことなく受付けへと向かう。
「おい! 上級探索者に突然襲われた、治療室を使わせろ」
「スキルも消されちまったからよ、そいつの治療も頼むぜ」
「あたしも変な状態異常をかけられて迷惑してるんだ。精霊と契約も出来なくなってるし、早く何とかしてよ」
「詳しい状況をお伺いしますので、奥まで来ていただけますか?」
受付嬢に案内されて訪れた部屋には、魔人族の男性が五人待ち構えていた。中央に座っているのがここのギルド長、その右側に魔法ギルドの幹部職員と国の監察官、左側にいるのは外交官と黒いリストバンドをした特級探索者だ。
あまりに物々しい雰囲気に一瞬たじろいたものの、三人はすぐに普段の調子を取り戻す。空気を読めないのは、いつものことである。
「怪我の治療がまだだから、手短に頼むぞ」
「上級探索者の奴ら、手加減無しで殴りやがったからな」
「あたしら変な魔道具でひどい目にあってるんだ。スキルは消えたし精霊には逃げられるし、夜も眠れなくなってさ。他人にそんな魔道具を使ったら重罪だったよね、早く捕まえて極刑にしてよ」
「ふむ、それは災難だったね。上級探索者と言っていたが、名前を聞かせてくれないか」
ギルド長にそう問われるが、彼らが持っているのはすり替えられた記憶なので、具体的な人物が出てくるはずはない。
「俺たちはこの国に来たばかりなんだ、どこの誰かなんて知らないぜ」
「では、なにか特徴があれば教えてもらえるかね」
「あー、そうだな。男が一人と女が三人で、全員人族だ」
「現在このアーワイチの街に、人族の上級探索者はいないのだが、見間違いではないのかな」
「ばかなっ! 確かに金の腕輪をした人族の四人組だった。俺はその中の一人に、思いっきり殴り飛ばされたんだぞ」
ディゲスが食ってかかるが、ギルド長はそれを涼しい顔で受け流す。
そして特級探索者へ質問を投げかけた。
「彼からはこのように言っているが、君の方でなにか把握していたら教えてくれ」
「今この街にいる上級探索者は全員が遠征中だ。少し輝力の蓄えが減っているからな。今朝の時点でまだ戻ってないことはギルド長も知ってるだろ? おかげで俺は、ここで留守番してるわけだが……」
上級探索者になると、指名クエストの遂行が義務付けられる。今は街全体で輝力の残量が不足しているので、国から指名依頼が発効されていた。特級探索者の彼は、事故やトラブルなど万が一の事態に対応するため、ギルド内に常駐しているのだ。
「ギルドへ顔を出さず俺たちを襲いに来てるんだ、そうに違いない!」
「上級以上の探索者が街へ入る時、まずギルドへ報告する義務があるのは、君たちも知っているだろ? 資格剥奪の危険を犯してまで、それを破るとは思えない。それに今の言い方だと、彼らに恨まれるようなことをした、そう聞こえるのだが?」
「うっ……それは」
ギルド長の鋭い視線を受け、オレカスは言葉をつまらせる。その時、外交官の男性が一枚の紙をカバンから取り出した。偽造防止の処理が施された、特殊なインクで書かれた公文書だ。そしてそれを三人の前に突き出す。
「君たちにはゼーロン経由で、オッゴの国から抗議文が届いている。エルフ族を強引にパーティーへ誘い、あまつさえ暴言を吐いたとのことだ。心当たりがあるんじゃないかな?」
「暴言なんかじゃない、ちょっと注意しただけだ!」
「そうだぜ、俺たちは悪くない。下手くそな魔法しか使えないアイツラが悪いんだ」
「それより怪我と状態異常の治療を早くしてよ。さっきも言ったけど、あたしたちを襲ってきたやつが持ってた魔道具でスキルは消えちゃったし、精霊と契約も出来なくなってるんだよ。中級探索者が困ってるんだから、協力するのがギルドってもんでしょ?」
ゼーロンに移動してからの彼らは、手当たりしだいにエルフ族へ声をかけていた。パーティー加入を断れば無礼な言葉でけなし、口汚く罵ったこともある。あまつさえ仮加入してくれても、探索中は文句ばかりだ。
そんな自分勝手な物言いに、部屋にいる五人の表情は厳しくなっていく。
「スキルが消えたり精霊と契約できなくなる、そんな状態異常を引き起こす魔道具というのは、存在するのか?」
「寡聞にして存じませんな」
探索者ギルド長の質問に、魔法ギルドの幹部職員はそう答えた。そして一拍おいたあと、三人の顔を見据えながら口を開く。
「ただ、違法な薬物を使った場合は、その限りではありませんが」
「ほう……、もしそのような薬物を使ったのであれば、探索者資格は永久抹消だな」
「強制労働の厳罰も待っておるぞ。満了した者はおらぬが、刑期は最低五十年ほどだったか」
国の監察官が犯罪者を見る目つきで三人を睨む。さすがにここまで来て今の状況がまずいと気づくが、もう遅い。そもそもここに通された時点で、彼らの運命は決まっていたのだ。
「俺たちはハメられたんだ!」
「きっと気絶している間に薬を飲まされたんだよ」
「そうだぜ! アイツラが、四人組の上級探索者どもがやりやがったんだ」
「君たちには殺人未遂の容疑もかかっておってな、これ以上の言い訳は官憲本部の地下で聞くとしよう」
監察官が手を叩くと、部屋のドアから屈強な男たちが入ってくる。そして三人はあっという間に拘束されてしまった。
「待ってくれ、俺たちは何もやってない」
「これはなんかの間違いだ、俺たちはなにも悪いことなんかしてないぜ」
「そうだよ、あたしたちは被害者じゃないか」
「連れて行け」
官憲のリーダーが冷たく言い放ち、三人は引きずられるように部屋から連れ出されてしまう。オレカス、クズミナ、ディゲスの三人には、このあと厳しい取り調べが待っている。
もちろん証言や証拠も揃っており、死ぬまで強制労働させられる未来が口を開いているのであった――
彼らに対する包囲網が出来上がっていたのには訳があります。
後に作中でも語られますので、いまはスルーしておいてください(笑)
◇◆◇
これにて第4章が終了です。
毎度おなじみ幕間の資料集を挟んで、第5章へと進みます。
大勇者と大賢者は一体どんな人物なのか、そして訪れたイノーニの街で主人公たちは救世主に祭り上げられる。
ご期待ください!
◇◆◇
序盤が終了しましたので、ネット小説大賞[なろうコン]に応募してみようと思ってます。
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