第3話 街に到着した
26行目にある気温の表記を〝六月〟→〝四~五月〟に変更しました。
(2021/02/02)
国境近くにある田舎から出てきたと言ったら、街へすんなり入ることができた。ここ[アーワイチ]は頭に黒いツノが生えた魔人族が治める国で、南の方に行けば僕と同じ人族が治める[イノーニ]という国がある。
地球みたいにパスポートがないと別の国に入れないなんてこともなく、人の出入りはかなり自由っぽい。街の中にも僕と同じ姿をした人族や、動物と同じ耳やしっぽの付いた獣人族が歩いていた。これはリアルなネコミミメイドさんとか、探してみなければ! 犬系獣人のしっぽをモフれる、癒やしのモフモフ喫茶とかもいいな。
獣人族が治めるのは、中央大迷宮のある[ゼーロン]という国らしい。この世界で行きたい場所候補に入れておこう。
街についた僕は、オルテンシアさんの勧めで、仲介ギルドに登録した。ここは街で発生する雑用や手伝いなんかを紹介してくれる、職業案内所みたいなところだ。日雇いや短期の仕事が多く、ここならアルバイト感覚で働ける。
そういえば元の世界でやってたネットカフェのバイト、シフトに穴を開けちゃったな。顔や名前は忘れちゃったけど、店長さんには心のなかで謝っておこう、ごめんなさい。
ギルド職員はツノの生えた魔人族が多くて少し怖かったけど、隣に浮いているスズランを見て、すごく親身になってくれた。田舎から出てきた世間知らずの子供という設定が確立し、色々アドバイスもしてくれている。精霊の再契約だけは断ったけど。
これでも僕の年齢は二十歳だ、お酒だって飲める。バイトの帰りが遅くなった時に、高校生と間違えられて職質を何度も受けたけど! 童顔なのは結構気にしてるんだから、あまり子供扱いしないでほしい。オルテンシアさんにも驚かれたし……
そういえば彼女の年齢っていくつなんだろう?
見た目は高校生くらいだけど、エルフ族のお約束で超年上だったりするんだろうか。女性に年齢を聞くのは失礼だから、謎ってことにしておくのが良さそうかな。
地元民や先輩に絡まれるなんてお約束イベントの発生もなく、オルテンシアさんからもらった赤い宝石を「死んだ祖母の形見なんです」と言ってみたら、買取価格に色を付けてくれた。そのお金で輝力のチャージをすませ、買い物ができる場所とお勧めの宿屋を聞いて、仲介ギルドをあとにする。
◇◆◇
起き抜けには思い出せなかったけど、部屋でゲームプレイ中に玄関の呼び鈴が鳴って、ドアを開けると目の前が真っ白になった。着てるのは半袖シャツとチノパンで、靴は普段履きのスニーカーだ。財布やスマホなんか、部屋に置きっぱなし。今の格好だとちょっと肌寒いし、早く服とか揃えないと。
この世界では年間の気温変化が少ないらしく、今いる場所だと四~五月くらいの陽気だ。海に浮かぶ群島で構成された[ウーサン]という国が南の方にあり、そこでは年中泳げるんだとか。緯度によって気候が決まってる感じだし、星の公転面に対する自転軸の傾きが垂直に近いんだろう。そもそも丸い星かどうかもわからないけど……
どうして自分がとか、これからどうすればとか、不安はいっぱいある。だけど立ち止まってたら何も解決しない。今はとにかく動くしかないから、スズランと二人で頑張っていこう。幸いオルテンシアさんのおかげで、お金にはちょっと余裕ができたしね。
「古代都市って言われるだけあって、石やレンガ造りの家が多いな」
オルテンシアさんの出身国は、エルフ族が治めている国[オッゴ]。そこは木でできた家しかないと教えてもらってる。そういえばオルテンシアさんが住んでたのも、木造の小屋だった。やっぱり種族的に、木の家が落ち着くのかもしれないな。
「あー、ちくしょー! 下級に進化じゃん。契約し直すから、お前もう消えていいよ」
商店街っぽい道を歩いている時、通りの向こうにある店からそんな声が聞こえてきた。魔人族の子どもたちが数人集まって、精霊と契約しているみたいだ。店の軒先には駄菓子屋なんかで見る、透明なフタ付きショーケースがあり、ピンポン玉くらいの白くて丸い契約石と、三角の進化石が並べられている。
「オレのところに来たのは白だよ」
「ぎゃはははダッセー! そんな役たたず、とっとと消しちまいな」
やっぱり白って人気がないんだな……
子どもたちはカードゲームのパックを引くように、精霊と契約したり進化させたりしている。それを見たスズランが不安そうに近寄ってきたので、頭をそっとなでてあげた。
「スズランとはずっと一緒だから、心配しなくてもいいよ」
――リィィィィィーン
その時に必要な用途で契約し直したりする人もいるみたいだから、この世界の人って精霊を使い捨ての道具みたいに思ってるのかもしれない。なんかそれって、すごく嫌だ。
「スキル構成がいまいちだけど、ボクもうお小遣いがないから、今月はこれで諦めるよ……」
「そのまま育てて、上級に進化させればイイじゃん」
「上級進化石なんて、ボクには買えないよ」
上級進化石って、簡単に手に入らないくらいの高級品なのか。オルテンシアさんはそれもくれるって言ってたけど、なんかすごく申し訳ないなぁ。家の横に畑みたいな場所があったけど、雑草だらけだった。ただのお使いだけじゃ気がすまないし、来月は少し早めに行って掃除とかやってあげよう。
それくらいじゃ全く足りないと思うけど、あの人のために何かしてあげたい。
「探索者になって稼いだら良くね?」
「ボクが一片なの知ってて、そんなこと言うなんてひどいよ!」
「心配すんな。オレたち魔人族なら、スキル一個あればいけるって」
「ボクのスキルは不動だよ……」
「壁だな、肉壁!」
オルテンシアさんから簡単に教えてもらったけど、魔人族はスキルを使って肉体強度を高める種族だったな。エルフ族は魔法や知識習得に適正があって、人族は武器や防具を扱うスキルが発現する。獣人族が身体能力を高めるスキルで、ドワーフ族がモノ作りに特化してるのは、どちらもイメージ通りだ。そして人魚族は歌と細工の他に、泳ぎのスキルもあるらしい。
それぞれの種族は、最大で五つのスキルが発現する。左手の甲に浮かび上がる花びら模様の枚数が、その人の持っているスキル数だ。それぞれの国にある迷宮を攻略する探索者と呼ばれる人たちは、そうしたスキルを持った人ばかり。もっともドワーフ族や人魚族で探索者になる人は、かなりレアな存在みたいだけど。
僕は人族で無片だから、探索者には向いてない。仲介ギルドを勧められたのも、それが理由だ。
「せっかくファンタジーっぽい世界に来たんだし、迷宮にも行ってみたいな」
――リィーン、リィーン……
「あっ、心配しないで。一人で入るようなことは絶対しないから」
迷宮の中にはモンスターがいるし、罠なんかの危険な場所もあるって言ってた。なんの特技も持たない学生だった僕に、そんなところを攻略する力なんてない。まずは仲介ギルドで色々な仕事をして、ここでの生活を安定させるのが第一だ。それからのことは、そのあと考えよう。
そう結論づけた僕は、再び道路を歩き始めた――
次話で時間がひと月(24日)飛びます。
この世界では月の満ち欠けを基準にした、純粋太陰暦が使われています。
季節の変化があまりないので、例え公転周期とずれていても、問題にならないわけです。




