第10話 迷宮から出た三人組
アイリスによる暗示で迷宮を出たオレカス、クズミナ、ディゲスの三人は、繁華街へ向かって歩いている。
「そういえば俺たち、どうして帰ってきたんだ?」
「急いでやらないといけない用事があった気がするんだけど、何だっけ……」
「俺も思い出せんが、気にしても無駄だろう。それより腹も減ったし、飯にしないか?」
自分たちの行動に疑問を感じる三人だったが、ディゲスの言葉でまずは腹ごしらえすることになった。終焉への行進に手を出すという無謀な行いをしたが、それなりに輝力が溜まっため懐は温かい。
「中級探索者様が来てやったぜ! この店で一番うまいものを出しな」
「あたしはこのセットで、食後に甘いものをつけてね。まずかったら承知しないわよ」
「俺は肉だ。腹にたまるやつを持ってこい」
横柄な態度で注文する三人だったが、店員は事務的に処理をしていく。程度の差はあれ、探索者にはこうした人物が多いので、彼女たちも慣れたものだ。
「しっかしシアのやつ、こんな所にいたとはな」
「勝手に別のパーティー組んじゃったりして、薄情よねー」
「あんな取り柄もなさそうな初心者と組むとは、愚かな女だ」
「足手まといが二人もいやがるパーティーに入るなんて勿体ないぜ」
彼らはオルテンシアの力を自分たちが引き出していた、そう思い込んでいる。もちろん実態は全く逆で、彼女はいつも三人のフォローをしていた。そのおかげで魔法の精度や集中力が鍛えられたのは、ある意味皮肉な結果とも言えるだろう。
「しかし四片になってるとは驚いた、一体なにがあったんだ?」
「きっとあの時のショックでスキルが開花したんだよ」
「やっぱり俺たちのおかげじゃないか。なんとかしてシアを引き抜こうぜ」
「あたしはクソ生意気な子供を、泣かせてみたいかも」
「俺は魔人族のガキに、上下関係ってのを教えてやろう」
人の多い食堂でマナー違反であるパーティーメンバー引き抜きや、下級探索者をいじめる話に花を咲かせる三人。周囲から冷たい視線を向けられているが、もちろんそんな事を気にするような感性は持ち合わせていない。常に自分たちの行動は正しいと思っているのだ。
「あんな姿になっちまったけど、無片にはやっぱり勿体ない。今度こそシアを俺のものにしたいぜ」
「いつか誰かに使ってみようって持ってるものがあるんだけどさ、シアを呼び出して試してみようかな」
「なにを持ってるんだ? クズミナ」
「それはね――」
ひそひそ話をし始めた三人の顔がいやらしく歪む。そして宿泊先を突き止めて一人だけ誘い出そうと、策を練り始めるのだった。
◇◆◇
吟遊詩人の人魚族に絡んだり、店員にセクハラを繰り返す三人は、半ば追い出されるように食堂をあとにする。そして街の地理を覚えるため商店街へ繰り出し、見覚えのあるローブを着た人物を視界に捉えた。それは旅行中に読む本を探しているオルテンシアだ。周りに他のパーティーメンバーがいないことを確認し、チャンスとばかりに三人は近づいていく。
「よう! 偶然だな」
「またお前たちか。私に関わるなと言ったはずだぞ」
「そうつれないことを言うなよ。もう無理な勧誘はしないから、少しだけ話そうぜ」
「それが終わったら二度と関わらない。約束しよう」
オレカスに声をかけられ警戒していたオルテンシアだったが、ディゲスの言葉を聞いてため息をついた。彼らのことは絶対に許せない、自分を殺そうとしたのだから当然だ。
しかし、復讐してやろうと思えるほど恨みがないことに、オルテンシア自身も気づいている。大地と出会い、仲間たちと生活を共にするうち、そうした気持ちがどんどん消えていった。さらに今のオルテンシアは、大地のことを異性として明確に意識し始めており、浮ついた気持ちを持て余している状態だ。
初めてできた想い人に嫌な思いはさせたくない、これで縁が切れるなら少しだけ付き合おう、そう思ってしまったのだった。
「他のメンバーを待たせているから手短に頼む。変なことをしようとしたら大声を出すからな」
「大丈夫だよオルテンシアちゃん、そんなこと出来なくなるんだから」
近づいてきたクズミナが隠し持っていた小さな袋を、投擲のスキルでオルテンシアに投げつける。彼女が持っていたのは、ゼーロンの闇市へ行ったとき好奇心で購入した、非合法な眠りの粉である。
それがオルテンシアの顔に命中し、あたりに粉を撒き散らす。
「いったい何を――」
それを吸い込んでしまったオルテンシアは、すぐに意識が朦朧となり道端へ座り込んでしまう。完全に眠ってしまったのを確認した三人は、オルテンシアを抱えてその場からそそくさと逃げ出した。向かう先は街の散策中に偶然見つけた、郊外にある誰も住んでいない廃屋だ。
◇◆◇
オルテンシアの意識が、ゆっくりと覚醒してくる。そして肌寒さを感じ、全身をブルリと震わせた。薄く目を開けてみるが、部屋の中は薄暗く空気も淀み、石材でできた壁が見えるだけ。
ここは廃墟の地下にある広い部屋。元々倉庫として使われていた場所で、家具なども一部残されている。そこにあった古いベッドに、オルテンシアは寝かされていた。
(私はいったい……)
「ようシア、目が覚めたみたいだな」
「うーうー、うぅーううー!!(オレカス、私にいったい何をした!!)」
聞くだけで鳥肌の立ついやらしい声と、粘つく視線を浴びたオルテンシアの意識が即座に覚醒する。口には猿ぐつわをはめられ声も出せず、起き上がろうとしても後ろ手に縛られ身動きが取れない。なんとかしようともがくオルテンシアだったが、ろくに手入れのされていないベットがきしみ、あたりに埃を撒き散らすだけだ。
「おいおい、あんまり暴れるなって。ただでさえ薄汚れた肌になってるんだからよ、これ以上傷が増えたらさすがの俺も萎えちまう」
「うーっ、うぅーうーううーーーぅ(くそっ、こんな状態だと魔法も使えない)」
精霊の使う魔法は意思さえ伝えれば発動するが、エルフ族の使うものは魔言が必須という弱点を抱えている。オレカスたちはそのことを知っていたため、喋れないように猿ぐつわを使っていた。
「それ以上もがくと、大事なところが見えちまうぜ?」
「うーうぅぅ、うーうーうぅー……(こんな姿、ダイチにも見せたことがないのに……)」
「まあ、どうせこのあと脱がすんだけどな!」
オレカスの後ろにはディゲスとクズミナが控えていて、ニヤニヤと笑いながらオルテンシアを眺めていた。それもそのはず、外出のときには必ず身につけるローブを脱がされ、シャツとズボンも剥ぎ取られた状態だ。彼女が身に着けているのは、上半身を隠す薄い肌着と上下の下着のみ。自分の格好を確認したオルテンシアは、顔を赤く染めながら体を丸める。
「そんな姿になってもオルテンシアちゃんは純情だねー」
「しかしこんな貧相な体つきの女を、よく抱こうって気になるなオレカス。俺には理解できん」
「肌や髪それから瞳の色も変わっちまったけど、シアはシアだしな。積年の想いがやっと報われるってもんだ」
「ずっと狙ってたんだし好きにしなよ。あたしはオルテンシアちゃんの表情を、じっくり堪能させてもらうからさ」
「お前が悪いんだぜ、シア。あの時だって俺の恋人になってたなら、かばってやったのによ。魔法しか取り柄のないエルフ族と組んでやった恩を忘れて、助かるチャンスを自ら手放したんだ」
「うぅーう……(勝手なことを……)」
彼らの言葉を聞いているオルテンシアの視界が、徐々に歪んでいく。そんな様子を気にすることもなく近づいてきたオレカスは、いやらしい手つきでオルテンシアの髪や太ももを撫で始めた。
彼の指が触れるたび体に鳥肌が立ち、吐き気がこみ上げてくる。それを必死でこらえながら、体を固くするオルテンシア。怒気をまとわせた瞳で睨みつけるが、オレカスはヘラヘラとした笑みを浮かべて受け流す。そして彼女の気丈な態度を打ち崩す言葉が放たれた。
「ところでよ、シア。一緒にいた男には、もうヤラせたのか?」
「……ッ!!」
エルフ族特有の長い耳まで赤く染め、オルテンシアは視線をそらしてしまう。それは言葉にせずとも明確に伝わってしまう行動だ。
「ぎゃーははははっ! 今のオルテンシアちゃんの顔、最高だったよ。良かったじゃんオレカス。まだ処女みたいだよ、この子」
「いくら顔が良くても性格に難があるからな。抱きたいなんて思うのはオレカスぐらいだろう」
「俺のために純血を守ってくれるなんて、最高だよシア! 絶対に離れられなくなるまで、抱いて抱いて抱きつくしてやる。その後はまた四人で活動しようぜ」
オレカスに頬を舐められ、オルテンシアの心は冷え切っていく。こんなことならもっと素直になって、大地に想いをつげておけば……
絶望に囚われてしまった自分を励まし、光をくれた優しい男性。アイリスやカメリアが彼との繋がりを深く持ったとき、本当は羨ましかった。絆によって生まれた精霊と仲良くしてる姿を見て、自分もその輪に入ってみたい、そう思ったのは一度や二度じゃない。
だけどその一歩が踏み出せず、こんな理不尽な出来事で全てを奪われる。オルテンシアの心を後悔が埋め尽くしていき、視界も徐々に暗くなってきた。
(すまないダイチ、私はもう――)
その時、大きな音とともに地下室のドアが破壊された。
次回「四人の怒り」




