第7話 もう我慢ならないわ
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連れてきた三人がシアの元パーティーだとわかり、僕たちの間に緊張が走る。カメリアは腰に差している片手剣に手を置き、スズランはシアの後ろにそっと寄り添う。アイリスが少し前に出てきたのは、魔眼を発動するためかな? 僕もシアの隣に行って守ってあげないと。
「この人たちがそうだったんだね」
「あぁ、私を後ろから斬ったのが、ここにいる三人だ」
「この人殺しっ!」
「おいおい、穏やかじゃないな。盾になる程度しか役に立たない魔人族が、そんなこと言っていいのか? 優しい俺たちじゃなかったら今ごろ死んでるぜ?」
問答無用でシアを斬ったくせに、なにを言ってるんだこの人は。身勝手にもほどがある。少しは殊勝な態度でも見せればいいのに、ヘラヘラと笑ってる姿が気に入らない。少しでも僕の大切な仲間に危害を加えようとしてみろ、必ず返り討ちにしてやるからな。
「鬱陶しい連中ね。ここで会ったことを忘れて、強制的に帰ってもらおうかしら」
「すまないが少しだけ話しをさせてくれ。彼らとはきっちり決別したい」
アイリスは「仕方ないわね」と言いつつ一歩下がる。目の前にいるだけで怒りがふつふつと湧き上がってくるけど、僕もシアの意思を尊重しよう。
「それよりオルテンシアちゃん、目が黒くなってないけどどうしたのよ」
「あれは一時的なものだったからだ」
「でもよぉ、肌とか髪は俺が聞いた話と同じダークエルフだぜ?」
「うっ……それは」
「そんな事よりもっと他に言うことがあるでしょ? あなた達は決して許されないことを、シアにやったんですよ」
地球よりはるかに命が軽い世界ではあるけど、モヒカン頭のキャラが出てくるような、世紀末的無法地帯とは違う。僕が絡まれたような暴力沙汰にはある程度寛容でも、殺人にまで発展すれば官憲が調査したりする。
とはいえ、あまり捜査能力は高くないみたいだけど。例えばアークとヤークの二人に騙されて生贄にされたこととかは、事故として処理されるのがオチらしい。そういえばあれから二人には会ってないけど、もう別の国に行ったのかな……
「その歳になって、そんな世間知らずなことを言っているのか? あの時オルテンシアが異常だったのは確かだ。世界に仇なす危険な存在は、その芽が小さいうちに摘み取る。これは探索者として当然の努めだぞ」
「そうよそうよ、あたしたちは何も間違ったことはしてない。悪いのはダークエルフに堕ちた、オルテンシアちゃんだよ」
「仲間に危機が訪れたなら助けるのが当然なのに、いきなり斬りつけた分際で面白いことを言うわね。自分たちのことを棚に上げて責任をシアに押し付けるなんて、不愉快にもほどがあるわ」
「そうだよ、シアが可哀想じゃないか!」
もう少し様子を見るとか、ギルドや国に相談するとか方法はあったはず。この三人は報奨金欲しさに、シアを斬ったのは明らかだ。いくら正当性を訴えたところで、納得なんてできるもんか。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよぉ。どうして俺にはダメだと言ったくせに、コイツラには自分のことをシアって呼ばせてるんだ?」
「私を死の淵から救ってくれたのだから当然だ。それに彼らは君たちとは違う、お互いに支え合っていける仲間だからな」
「俺たちだってパーティーで支え合ってきたじゃないか。そのおかげで中級に上がれたんだぜ?」
「君たちは私の魔法に依存しすぎていた。実力が伴わないうちに中級に上がってしまったから、探索者としての心得が疎かになっている。アーワイチの国に来たのも、探索の難易度を下げるためではないのか?」
シアの言葉で三人の表情が少し変わる。おそらく図星だったんだろう。さっき見た限りだと前衛特化でバランスが悪いし、連携もバラバラだった。まだまだ実力のない僕ならともかく、迷宮探索をそれなりにこなしてるカメリアの方が、強いんじゃないかな……
「こ、この国には仲間を探しに来たんだ。どいつもこいつも魔法の下手なやつばかりでよ、俺たちの実力に見合う人材がいなくて困ってたのさ。じゃなきゃ三片揃いの俺たちが、好き好んでこんなレベルの低い場所に来るもんか」
「では、エルフ族のメンバーを探しているというのは君たちか」
「そうだ! 今までのことは水に流して、また一緒に組もうぜ」
「それは本気で言ってるのか?」
あんな酷いことをしておいて、水に流してまた一緒に組もう? なにを考えてるんだ。日本とは倫理や価値観が違う世界だけど、とてもじゃないが正気とは思えない。
カメリアやアイリスも呆れてるし、スズランがとても冷たい表情をしてる。この子のこんな顔、初めて見たよ。スズランはシアのこと、特に好きだもんな。
「そこに出来てる壁もシアの魔法なんだろ? よく見たら四片になってるしよ、無辺のお守りなんてやめとけって。また俺たちと組んで上級を目指そうぜ」
「残念だが君たちと組む気は、これっぽっちもない。二度と私に関わらないと約束できるなら、これまでのことは水に流してやる。さっさとこの場を立ち去ってくれ」
「そんなつれないことを言うなよ、シア」
「私のことを愛称で呼ぶな! これまで私がどんな思いで過ごしてきたのか知らないくせに、その軽薄な態度はなんだ! 不愉快極まりない」
僕もシアにはよく怒られるけど、その時とは全然違う激昂のしかただ。それに愛称で呼ばれるのはホントに嫌みたいで、シアの腕に鳥肌が立ってる。
「ダークエルフになっちまったのは残念だけどよ、そうして普通でいられるのは俺たちのおかげだぜ。あのとき強いショックを与えたから、黒い目が元に戻ったんだ。そうに違いない」
「確かにその可能性が高いな。やはり俺たちの行動は間違ってなかったということだ」
「あたしたちは世界の危機を救ったってことだね」
「なにを勝手なこと言ってるんですか。シアは自分の力で克服したんです、あなた達は関係ありませんよ」
様々な薬を試したり、満月の光を浴びて症状を抑えていたから、こうして元の生活を取り戻せた。なのに背中を斬りつけたショックで治ったとか、ふざけるのも大概にして欲しい。
「ちっ、こいつのことを馴れ馴れしく呼びやがって、能無しは黙ってろ」
「なんならそこにいる五片のガキと、四片の魔神族は仲間に入れてやる。それなら良いだろう?」
「そうだよ、ディゲスの言うとおりにしなよ。人魚族とか無片の足手まといが減るし、いいことじゃん」
「フン……寝言は寝てから言いなさい。品のない連中と組むなんて、まっぴらごめんね」
「ボクはここにいるメンバーが一人でも欠けるなんて、絶対に嫌だよ」
「気の強い子供ってのもなかなかそそるね。仲間になったらあたしが可愛がってあげるよ、お嬢ちゃん」
「あいつ、自分のことを〝ボク〟なんて言ってるぜ。立派なもん持ってるくせに、もったいないな」
「人魚族の女も俺たちに奉仕するなら飼ってやってもいい。無片でもそれくらいはできるだろ?」
「私が身を捧げるべき人はあなた達ではありません、お引取りください」
うわっ、スズランから冷気のようなものが漏れてるけど、これって本気で怒ってるよね。三人の近くに浮いてる青い中級精霊が少し離れていったのは、怯えてるからじゃないかな。可哀想だから、ちょっとだけ抑えてあげて。
「お前たちのその態度、以前より酷くなっているな」
「もう我慢ならないわ。止めても無駄よ、シア」
「さすがに私も付き合いきれん。だが、今回だけは軽い暗示だけにしてやってくれ。迷宮で命を落としたとあっては、目醒めが悪いしな」
記憶を改ざんするような暗示をかけたら、しばらく思考力が鈍るんだっけ。街でかけるくらいなら問題ないけど、さすがに迷宮だと危険かな。彼らのことを批判しておいて、僕たちが同じことをするわけにもいかない。ここは穏便にすます方がいいか……
「出口まで護衛するような苦行はやりたくないし、仕方ないわね」
「なにゴチャゴチャ言ってるんだ? ほら、早くこっちに来いよ。また四人で楽しくやろうぜ」
「君たちとは何があってもパーティーを組んだりしない。もし今度会ったときに同じことを言ってみろ、私は自分を抑えておく自信がない。それを絶対に忘れるな」
「シアの気が変わらないうちに、さっさと帰りなさい」
一歩前に出たアイリスがそう言うと、三人はそそくさとこの場を去っていった。全く反省してないどころか、自分たちの行為を正当化するなんて最低だ。彼らがここで活動するなら、僕たちは別の国へ行ったほうが良いかもしれない。
この後みんなに提案してみよう。
出口へ向かっていく三人の後ろ姿を見ながら、僕はそんな事を考えていた。
スズランのキレっぷりは、次回で触れます。




