第3話 慣れや習慣って恐ろしい
思わぬイベントが再発生した探索ギルドを出て、消耗品や食料の買い出しをしてから、いつもの自然公園まで行く。そこから影転移すれば、すっかり住み慣れたアイリスの家へ到着だ。
「ただいま、みんな」
「帰ったわよ」
「お帰りなさいませ、アイリスお嬢様、ダイチ様、皆さま」
「……お帰りなさい、お嬢様、ダイチさん、皆さん」
「お帰り! お嬢、ダイチ、みんな。今日はどうだった?」
アイリスの使い魔であるイチカ・ニナ・ミツバの三人が、玄関ホールで出迎えてくれる。最近はミツバの方から話題を振ってくれることも多い、やっぱり一番自我の発達してるのは彼女だろう。それにニナの表情もかなり豊かになってきた。
イチカは相変わらず慇懃な態度だけど、時々アイリスに小言を言うみたい。朝が弱いからなかなか起きられなかったり、着替えを手伝わせたりするせいだけどね。僕のせいで使い魔が扱いづらくなったとか言われたけど、それって八つ当たりじゃないかな。
いちいち誰かが付き添わなくても、単独で買い物ができるようになったし、助かってる部分のほうが多いと思う。
「今日は探索ギルドで、面白いことがあったんだよ」
「ここで立ち話するのもなんだし、リビングに行って落ち着いて話そう」
今日のことを話したくてウズウズしてるカメリアをシアがそっと押し留め、みんなでリビングへと移動する。ソファーに腰を下ろして三人の精霊たちを膝の上に乗せると、自然に大きく息が漏れてしまう。やっぱりここは落ち着くなぁ……
「リョクも一緒に座る?」
シアの肩でこっちを見ていたリョクにそう告げると、ジャンプするように僕の膝へ飛び込んできた。二人ずつ対面に座って顔を寄せ合ってるけど、なにか話でもしてるのかな。僕はスズランみたいに、精霊と意思疎通ができない。だけど仲良くしてる姿が可愛いから、眺めてるだけにしよう。それだけで癒やされるしね。
「私は部屋着に着替えてくるよ、リョクのことはそのまま頼む」
「ダイチー、少しだけツノを撫でてー」
「私はマスターの隣で癒やされることにします」
二人が左右に分かれて座ってきたので、まずはカメリアのツノをそっと撫でる。くっついた当初は、なにかのショックで折れたらどうしようって不安だったけど、激しく動いたりモンスターの攻撃が当たっても、びくともしない。これって完全に元の状態に戻ったてことだよね。
シワみたいなデコボコがあるツノをゆっくり撫でてると、カメリアはどんどんうっとりした表情になる。頬は上気して瞳も潤みだし、ときおり漏れる吐息が色っぽい。最初は性的な興奮かと思ってそれとなく聞いてみたら、エッチな気分になってる訳ではないとのこと。
カメリアがそうした感覚を認知してないだけかもしれないけど、深く追求すると墓穴が待ってるから考えないと決めてる。目の前で身悶えてるのは、兄に甘えてくる可愛い妹なのだ!
「お風呂上がりに吸わせてもらうから、今日もしっかり食べて栄養を取るのよ」
「最近ちょっと吸いすぎじゃないかな?」
「うるさいわね、デザートは黙ってなさい」
ちょっ、デザートって!?
吸血族のアイリスにとっては、主食のはずなんだけどな。いやいや、だめだだめだ。僕もすっかり自分を食べ物扱いしてるじゃないか。慣れや習慣って恐ろしい。最初の頃みたいにペロペロ舐められることはなくなったし、毎日適量を摂取してるって思っておこう。暴飲暴食はダメだしね。
……って、あれ?
◇◆◇
お風呂に入ったあとしばらくスズランと話をして、髪が乾いたらアイリスの部屋へ。ドアをノックすると同時に、入っていいと許可が出た。迷宮で稼げるようになってきたし、輝力も自分たちで使う量より多く手に入るから、天井の魔道具を起動した室内はかなり明るい。
部屋の主はロッキングチェアに座って、なにかの本を読んでいる。そういえば以前、シリーズ物の恋愛小説がどうとか言ってたっけ。機会があったら僕も読ませてもらおう。
「こんばんわ、アイリス」
「よく来たわね、あなたも少し飲む?」
「うん、今夜も付き合うよ」
差し出してくれたグラスを受け取ると、紅茶と柑橘系の爽やかな香りがする。ワインってそのまま飲むだけかと思ってたけど、香辛料や果物を入れたり別の飲み物で割ったり、色々な楽しみ方があって驚いた。ニナって一体どこでこんな知識を得てるんだろう。なにを作っても美味しい料理テクニックといい、この家最大の謎かも。
「うん、今日のワインも美味しいね。またニナにお礼を言わなきゃ」
「こうして飲んでくれるのはダイチだけだし喜ぶわよ」
シアは少し飲んだだけで寝ちゃうし、カメリアは酔うと泣き出しちゃうからな。幸いサクラの耐性スキルがあるので二日酔いにはならないけど、二人ともお酒は飲まないようにしてる。
スズランはお酒とジュースの違いがわからないと言って、積極的に飲んだりしない。多分みんなで飲み比べをしたら、スズランが優勝するだろう。
だからアイリスも食前酒を口にするくらいで、食べながらの飲酒は控えるようになった。こうしてお酒を楽しむのは、二人っきりの時だけだ。
「そういえばアイリスって、お酒を飲んでもあまり酔わないよね」
「私にとってワインなんかより、ダイチから摂取する血のほうが美酒よ。これくらいで酔うはずなんてないでしょ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕としては実感がわかないなぁ……」
「なに能天気なことを言ってるのかしら。あなたの血を浴びたスズランが特級精霊になり、カメリアはツノが再生しているのよ。それに血を吸った私は、始祖様を超える力を手に入れている。これでなにも無いなんて言ったら、正気を疑われるわ」
うっ、それを言われるとグウの音も出ない。今いるみんなって、血にまつわる異変が多すぎるんだよ。関係ないのはシアだけだ。
「シアの呪いも僕の血で解ければいいんだけどね」
「いちど飲ませるか振りかけるかしてみたらどうかしら」
「そんなことできないって!」
シアのきれいな白髪に血なんか垂らしたらホラーだよ。もし異様に似合うようだったら、立派なヤンデレキャラになっちゃう。僕はバッグに詰められたり、ガラケーでストーカーされたくはない。
「そういえばスズランは何をしているの?」
「なんか僕とアイリスの時間を邪魔したくないって、部屋で精霊たちとのんびりしてるよ」
「相変わらず気が利く子ね。すぐ文句を言うシアも見習ってほしいわ」
「シアは風紀の乱れに厳しいしね」
特にエッチなことに関しては過剰反応する。顔を赤くしながら怒る姿が可愛いし、僕としてはそんなやり取りも楽しいんだけど……
多分、いや間違いなく、僕はシアのことが好きなんだろう。だからどんな姿でも愛おしく、なにがあっても手放したくない。
もちろんアイリスやカメリア、そして三人の使い魔たちも好きだ。でもシアに対する気持ちとは、明らかに違う。僕が思いを寄せてる人の中だと、スズランに対する気持ちに近いかな。だけどスズランは僕の一部といえる存在だし、やっぱりシアとは明確に立ち位置が異なってる。
「間抜けな顔をして、なにを考えてるのかしら?」
「間抜けって酷いなぁ……」
「今は私との時間なのだから、他のことにうつつを抜かしてないで、こちらに集中なさい」
うっ、僕がシアのことを考えてたのはバレバレみたい。女の子ってみんな、察しが良すぎるよ。とにかくアイリスの言うとおりだから、お酒と会話を楽しんだ後に美味しく血を吸ってもらおう。
Nice boat!
&
DEAD ENDフラグ




