第10話 伝説の装備
「これを着こなせる方が現れるなんて、まさに奇跡ですっ!」
店員さんがカメリアの姿を見て大興奮してる。あつらえたようにサイズもぴったりだけど、どうしてこれがこんな所にあるんだろう。僕は見た瞬間、唖然としたよ……
「あまりに遅いから迎えに来たのだけど、これはいったい何をやってるのかしら?」
しまった、もうそんなに時間が経ってたのか。防具屋の店員さんに引き止められてたから、時間のことをすっかり忘れていた。思えばかなりの種類を試着したもんな。
「ごめんねアイリス。どんな防具がいいのかボクにはよくわからないから、色々試着してたんだよ」
「まったくけしからん、何なのだこれは。いくら魔人族が強靭な肉体を持ってるとはいえ、これでは防具の意味が無いではないか。それどころか、ただの痴女だ……」
あー、うん。シアのその気持はすごく良くわかる。僕だってこれが実在するなんて思わなかった。普通に考えれば実用性なんて皆無だもんね。
「ねぇねぇスズランも着てみたら? すごく似合うと思うよ」
「いえ、私は非戦闘員ですし、いざとなったら隠れますので」
店員さんも激しく首を縦に振らないで下さい。カメリアでもかなり危ないのに、スズランが身につけると災害ですよ? アーワイチの首都を滅ぼす気ですか。
「参考までに聞いておくけど、それはなんという商品名なのかしら?」
「えーっと、ダイチが言うには〝びきにあーまー〟らしいよ」
アイリスが僕へ問い詰めるような視線を向けてくる。約束を破ってしまったから、かなり機嫌が傾いてそう。今日も献血するので、それで勘弁して下さい。
「あっ、えっと、なんでも試作品らしくって、名前はなかったんだ。たまたま僕が「これってビキニアーマー?」って言ったら、店員さんがその名前で売るって……」
「試作した職人さんの間では〝熱視線の鎧〟や〝大胆三号〟と呼ばれていたんですが、ビキニアーマーという言葉を聞いた瞬間、私の中に天啓が舞い降りました!」
三号っていうことは、この他にも二つあるってことかな……
いまカメリアが身に着けているのは、ブラ型の胸当てと両サイドが紐のようなパンツ型鎧。腕は籠手と肘あて、足には鉄靴に膝あてのみ。肩あてが片方しかないのは、なんのこだわりなんだろう?
とにかく、どこからどう見てもビキニアーマーです。
本当にありがとうございました。
試作品なので、まだ銀や茶色といった素材の色しかついてないけど、赤く塗ったりすると見栄えも良くなりそう。異世界に来て、ゲームに出てくるような鎧と出会えるなんて思ってなかったから、すごく驚いたよ。いったい誰が考え出したのかな。まさか同じ世界から来た人が、他にもいたりしないよね?
「もしその格好で迷宮に入ろうと思ってるのなら、私は今から一人で帰るわよ」
「さすがにボクも、これで外に出る勇気はないよ。店員さんが女の人じゃなかったら着てないもん」
「そんなぁ……」
あからさまに落ち込んだ顔をしないでくださいよ、僕だってその格好で歩き回られたら困るから。今は防具だからと必死に思い込むことで、なんとか平静を保ってるけど、その効果はきっと長くない。というか今にも切れそうなので、早く服を着て!
◇◆◇
カメリアの希望で動きを阻害しない軽装備を一式揃え、全員で防具屋を後にした。ビキニアーマーの命名と試着をしたおかげで、かなり値引いてくれたのが嬉しい。
街を歩いてる他の魔人族に比べても、カメリアのスタイルは頭一つ抜け出してる。あんな格好をしたら、それがさらに強調されるもんな。店員さんが大喜びしてたのも、仕方ないだろう。
僕は途中から耐えきれなくなって、明後日の方向に視線をそらすしかなかったけど、いいものを見せていただきました。ごちそうさま。
「その……ダイチはやっぱり、あんな服が好きなのか?」
「えっと、水着だったらあんな感じでもいいと思うけど、鎧はちょっと困るかな」
「そうか、水着にはあんな形のものがあるのか。挑戦してみたい気もするが、今の私では……」
「あっ、ごめんシア」
シアが呪いを受けたとき、パーティーメンバーに背中から斬られている。さすがに見せてもらったことはないけど、傷跡は残ってるはずだ。話の流れとはいえ、シアに悲しい思いをさせてしまった。
でも、シアの小麦色の肌は夏の海で映えると思う。ワンピースタイプの水着にしたり、上にラッシュガードを羽織ったりしたら、一緒に楽しめないかな。
「いや、今のはダイチが謝ることじゃないぞ。私も海には行ってみたいと思ってるしな。その時はダイチの知ってる遊びを教えてくれ」
「砂でお城を作ったり、ボールで遊んだり、色々な楽しみ方があるから教えるよ」
「ボクも海で泳いでみたいな! 確か水に味が付いてるんだよね?」
「書物で読んだことしかないが、水に塩が混ざっているそうだ。店で売ってる塩も、一部を除いてウーサンで作られてる」
こっちの海水も地球と同じ塩味なんだ。きっと岩塩とかもあるだろうし、シアの言ってる一部ってそれだろう。年中泳げるウーサンは、リゾート地としても有名な国だから、観光目的で行ってみてもいい。
「ただの大きな水たまりで遊んで、なにが楽しいのか理解に苦しむわ」
「アイリスもボクと一緒に泳いでみようよ。きっと楽しさがわかると思うよ」
「私は何も考えずに体だけ動かしてれば満足する、魔人族や獣人族とは違うの。どうせなら、もっと優雅に楽しみたいわね」
「ボクたちだって、ちゃんと考えて動いてるよー」
この世界にも脳筋って概念がありそう。探索者向きの種族スキルが揃ってる魔人族と獣人族は、なんとなく体育会系って感じがするしね。先輩後輩の上下関係とか厳しいのかな。挨拶はきっと〝押忍〟だ。
トラやクマ系だと思うけど一部の獣人族は、すごくマッチョな人もいる。前に見たことある女性は、腹筋が六つに割れて無茶苦茶たくましかった。なにか頼まれたりしたら、思わず〝イエス・マム!!〟とか返事しちゃうよ。軍隊みたいに隊列を組んで先頭を歩いてたから、大きなクランを作ってるような所で活動してるんだろう。
「私はマスターと二人で、浜辺を散歩してみたいです」
「散歩ならいつでも付き合うから、遠慮なく言ってね。月明かりに照らされた夜の海も幻想的だし、それならアイリスも楽しめると思うよ」
「それは悪くなさそうね。その時は下僕の務めとして、付き合いなさい」
アイリスが僕を下僕扱いするのも、なんか慣れてきた。慣れちゃいけないのかもしれないけど。でも、あんまり嫌な気はしないんだよなぁ……
たぶん理不尽なことを言われたり、虐げられてるわけじゃないから、気にならないんだと思う。何かを無理やりやらされることもないし、反対に世話してもらってるくらいだ。
そんなアイリスには、海を目一杯満喫してもらいたい。花火とかあったらもっと楽しんだろうけど、ウーサンに売ってるかな。
「シアは花火っていう道具や雑貨を知ってる?」
「申し訳ないが〝はなび〟という単語に覚えはないな。どんなものなのだ?」
「火薬に火をつけて光や音を楽しむんだけど、やっぱりないのか……」
「火薬に火なんかつけたら、ボクたちみんな吹き飛んじゃうよ!?」
「ドワーフ族が鉱石を掘り出す時に使うが、確かに危険だな」
火薬は存在するけど、それを遊びに使う文化はないのか。僕も花火の作り方なんて知らないし、この世界で再現するのは難しそう。炎色反応は授業で習ったけど、配合の仕方とか安全な分量とかわからない。
「魔法があるのだから、わざわざ火をつけて楽しんだりは、しないと思うのだけど?」
「あっそうか! 魔法で再現する方法もあった」
花火を英語にすると〝ファイア・ワークス〟だ。本来なら真ん中で区切ったりしないけど、これが魔言として認識されれば発動するかも。街なかでは無理だし、どっか人のこない場所でシアにお願いしてみよう。
やっぱり仲間が増えると、こうして街を歩いてるだけでも楽しい。きれいな子や可愛い子ばかりなので、周りの視線がすごく痛いけど! 買い物は全て終わったから、さっさとカメリアの探索者登録をして家へ帰ろう。
大胆三号
装備すると無敵鋼人になれます(笑)
次回更新の閑話は、カメリアを捨てた二人組の話になります。
街なかですれ違ってから、一体なにがあったのか……




