第1話 目を覚ませば森の中
ここから本編の開始です。
よろしくお願いします。
――誰かに呼ばれてる気がする。
今日の講義はお昼からだし、もう少し眠らせてほしい。ずっと楽しみにしてた、やりこみ系ゲームを発売日に買ったから、きっとプレイしながら寝落ちしちゃたんだよ。
「……おぃ………………大丈夫か? ……寝ていたら……………しまうぞ」
聞こえてくるのは女の子の声だ。
そもそも僕は大学に進学してから、近くのワンルームマンションで一人暮らしをしてたはず。毎朝起こしてくれる幼馴染や、部屋の鍵を渡してる彼女なんていない。
だとすれば、この声はどこから聞こえてくるんだろう?
その手の目覚ましアプリなんてスマホに入れてないし、ホログラム表示できる〝俺の嫁〟も召喚不可能だ。あとから半額になったけど、発売当時は三十万くらいした。しがない貧乏学生には、量産型すら手が届かない。
「うぅ……あと五分」
「何を意味不明なことを言ってるんだ、君は。色々と聞きたいことがあるから、さっさと起きてくれ」
聞こえてくる声に不機嫌な気配を感じ、慌てて目を開ける。するとそこは、自分の部屋とは似ても似つかない光景が広がっていた。あちこちに木や植物が生え、池のような水たまりも存在する。時間的には夜みたいだけど、月明かりのおかげで視界は良好だ。
上を見上げると丸くて大きな月が……って、無茶苦茶でかいぞ!?
あれ、サイズが三倍くらいないか?
「やっと目が覚めたようだな」
「……えっと、妖精さん?」
「さっきからおかしな事ばかり口にするな、君は」
いや、だって、目の前に立ってる女の子って、ゲームの中から出てきたような容姿だし、普通はそう思うでしょ。
白くてきれいな髪が腰のあたりまで伸び、ローブのような厚手の服を着ている。見た感じ高校生くらいだろうか。肌は日焼けしたような色だけど、赤い瞳とマッチしていて思わず見入ってしまう。そして耳がとても細長い。
はい、エルフきましたー!
肌の色的にダークエルフかな?
暗黒神でも崇めてるのかもしれない。
「やっぱり夢か、二度寝しよ」
「まてまて、これは夢ではないぞ。君は普通の方法では入って来られない場所に、迷い込んだんだ。それに変わった服を着ているし、もしかして越境人ではないか?」
「えっきょうじん……?」
とりあえず自己紹介からと、目の前の女性はオルテンシアと名乗ってくれた。そして自分も名乗ろうと思ったところで、ある事実に気がつく。名前の大地は覚えてるけど、名字がどうしても出てこない。それを思い出そうとしても、頭の中に霞がかかったようになってしまう。なんだか喉まで出かかってるのに、という気持ち悪さだ。
「あれ? 僕、どうして自分の名字が……それに、両親や友達のことも……うそだ、これってまさか」
「おいどうしたんだ、顔色が悪くなってきてるぞ」
オルテンシアさんがなにか言ってるけど、今の僕はそれどころじゃない。自分の年齢や大学のことは覚えている、それに実家の住所だってわかる。だけど両親の名前や顔を思い出せずにいる。顔から血の気が引き、全身に冷や汗が出てきた。
――リィィィィィーン、リィィィィィーン、リィィィィィーン
そんな時、耳元で鈴のようにきれいな音が鳴り響く。それを聞いていたら、波立っていた心が落ち着いてくる。音のする方に視線を向けると、そこに居たのは白くて小さな生物(?)だ。
「君が落ち着かせてくれたの?」
――リィーン
米粒を大きくしたような白い物体が、僕の頬にすり寄ってきた。なんかペットに甘えられてるみたいで嬉しい。
しかし目の前の光景が夢じゃないとすれば、僕は違う世界に飛ばされたってことなんだろうか。今まで見たことのない生物が存在してるし、オルテンシアさんだって地球にはいない種族だ。それに空に浮かんでる月が大きすぎる。どう考えてもここは地球とは違う場所だろう。
「その精霊はやたら君に懐いてるな」
「これって精霊なんですか?」
「見たところ君は越境人のようだし、契約石を使ったわけでもないか……。この場所に現れたことといい、不思議なことばかりだな」
オルテンシアさんの言葉には、知らない単語があってよくわからない。とにかく僕はこの世界に迷い込んでしまったみたいだし、色々と情報を聞かせてもらおう。
◇◆◇
落ち着いて話ができる場所に行こうと、オルテンシアさんが暮らしている小さな小屋につれてきてもらった。四畳半くらいの掘っ立て小屋で、中には机と棚にベッドくらいしかない。机の上には薬を作る時に使うという、見たことのない道具が置かれている。なんか魔女の隠れ家って感じの雰囲気だ。
越境人というのは、世界を超えて紛れ込んでしまう人を指す。ここにはそうした人が、時々現れるらしい。異世界の知識や技術は毒にも薬にもなり、場合によっては権力者たちに狙われる。自分の素性はできるだけ隠したほうがいい、そんなアドバイスも貰った。
ファンタジー小説では、チート能力を授かって無双したりするのがお約束だけど、僕にそんな力はないみたいだ。この世界で何かしらのスキルを持っていると、左手の甲に花びらの模様が浮かび上がる。でも僕の左手には、なにも現れない。
ありがちなコマンドを唱えてみたり、空中で手を振ってみたけど、ステータスボードみたいなものは出なかった。オルテンシアさんに変な目で見られ、精神ゲージみたいなものが削れたけど、白い精霊が癒やしてくれている。ありがとう、スズラン!
僕に懐いてくれた精霊には、スズランという名前をつけてあげた。この子の声は鈴の音みたいだし色も白だから、花の名前がぴったりだと思ったんだ。この世界にそんなことする人はいないと言ってたけど、名前をつけてあげると愛着が湧くよ? オルテンシアさんも自分の精霊に、名前をつけてあげればいいと思うんだけど……
この世界には四色の精霊がいる。属性魔法を使える赤。物理や魔法ダメージを軽減したり、状態異常耐性がついたりする防御特化の青。身体能力を高めてくれたり、生活魔法や怪我を治す力とか、収納を使える補助系の緑。そして白の能力は、契約主を元気づけたり応援したり、愛玩系のスキルを持っている。
オルテンシアさんが契約している精霊は緑だ。身長が十センチくらいの小人型で、上級精霊に進化させたとのこと。ローブの隙間からこちらを覗いてくる姿が、とても可愛らしかった。
微精霊のスズランには安定のスキルが発現していたから、僕がこうして落ち着いていられるのは、この子のおかげだろう。いずれスズランも、上級精霊の姿にしてあげたい。
数話かけて世界のことが、ある程度語られます。
第1章は10話+閑話2篇でお送りしますので、ぜひ最後までお付き合いください。
(アーク・ヤーク兄弟のその後もあるヨ!)




