第5話 ロクなアイテムが出ないわね
お互いの力量や動きやすい連携の仕方を色々試しながら、迷宮の中をどんどん進んでいく。残念ながらアイリスの持つ【支配】のスキルは、モンスター相手には効果なかった。モンスターは疑似生命体なので、本能で動いたり決まった行動パターンをなぞることしかできない。そうした相手を支配するのは無理なんだろう、というのがシアの予想だ。
なにせ倒すと輝力になって、ブレスレットに吸い込まれるような生き物なんだし、脳とか内臓があるかどうかすら怪しい。恐らく自分の意志なんてものが、存在しないんだと思う。
「あれは……ネコ?」
「ブラック・ケットシーだな」
「なんだか愛嬌があるわね」
二足歩行してるって時点で普通の猫じゃないけど、その姿は三頭身で可愛く見えないこともない。全身が短くて黒い毛に覆われていて、微妙に筋肉質な気がする。
「ああ見えて殴られるとかなり痛いし、爪も結構鋭いんだぞ」
二の腕とか太ももが微妙に盛り上がってるけど、やっぱり力が強いんだ。顔は猫に似てるけど、モンスターは普通の動物と違うってことか。
「僕が倒してみるよ」
「私が視覚を少しのあいだ奪ってあげるから、うまく合わせなさい」
「わかった、お願いね、アイリス」
〈闇影〉
アイリスから切り離された影が、モンスターの方に移動して顔にまとわりつく。切り離された影はあまり長く保たないので、僕は即座に相手へ向かって走り出す。丸い盾の中心に持ち手のついたバックラーを左手に掲げ、腰に挿していた短剣を抜いて前方へ切っ先を向ける。
猫の特徴を受け継いでいるのか、音だけを頼りにこぶしを突き出してきたので、それをバックラーで受け流して短剣を体に突き刺す。うまく急所に当たったらしく、モンスターはその姿を光の粒子に変え、僕たち三人のブレスレットへ吸い込まれていった。
「えっと、ドロップはヒゲ?」
「通常ドロップ品だな、価値はないから捨ててしまってもいいだろう。時々出る緑色の玉は、薬草の成分が固まったものだから、ギルドで買い取ってもらえるぞ」
「石ころとか木の枝とか、モンスターってろくなものを落とさないわね」
スライムのコモンドロップは石だし、ゴブリンは木の枝だもんな。それでも必ず輝力は手に入るんだし、チリも積もればなんとやらだ。この辺りの弱いモンスターはゴミアイテムしか落とさないけど、もう少し奥に行くとコモンドロップでも買い取ってもらえるものが出るみたい。
そこまで安定して行けるようになると、探索者として最低限の生活ができるようになる。とはいっても装備とか消耗品のことを考えると、普通に働いたほうが儲かるみたいだけど。
だから迷宮には探索者じゃない街の人が、小遣い稼ぎで入ったりしない。リスクに対するリターンが少なすぎるし、当たり前の話だよね。
とはいっても冒険と称して立ち入る子供や、スライムのレアドロップである小さな宝石を狙って、迷宮をうろつく人もいる。そんな人たちは時々現れる変異種っていう、特殊な個体に襲われて命を落とすことも。
僕も紫色のスライムを倒そうとして、シアに止められた。斬ったり叩いたりすると周りに毒をばらまくから、焼いて倒すほうがいいんだって。僕たちはサクラの耐性スキルで大丈夫だろうけど、他の探索者に迷惑をかけるわけにはいかないしね。
「モンスターは迷宮から出られないのに、ドロップアイテムは大丈夫なのって、ちょっと不思議だね」
「生息域が決まってるのも理解不能だわ。強い者に駆逐されたりしないのかしら」
「モンスターが活動するにはエーテルという物質が必要で、その濃度や成分は場所によって違う。やつらは自分の生まれたエーテルが存在する場所から外に出ようとしないので、生息域が守られるという仕組みになっている。そしてモンスター化して変質したエーテルを輝力と言い、物質化したものがアイテムとして残るんだ」
紫のスライムが持っている毒もそうだし、遠距離攻撃を仕掛けてくるモンスターなんかは、物質化させたエーテルを使ってる。だからモンスターが消えてからも影響が残り続けてしまう。
なんでも粘着性のある臭い液体を吐き出すモンスターがいて、探索者たちから嫌われてるそうだ。そんなのを浴びた体で外に出たりすると、街の人にも避けられちゃうな。イチカたちにも迷惑かけそうだし、気をつけないと。
「そっか、迷宮から出ないのも、ここを離れたくないからなんだ」
「中には別の場所に迷い込んでしまうモンスターもいて、〝彷徨う者〟と言われたりする。それに迷宮には時々裂け目ができて、モンスターが外に出てしまうこともあるんだ」
「ゼーロンでは〝大氾濫〟というものが、あったらしいわよ」
「百年近く前に大きな裂け目ができて、大量のモンスターが溢れ出した。その時に活躍したのが、大英雄と呼ばれる人族に、大賢者と呼ばれるエルフ族の二人だ。私も大賢者に憧れて、国を飛び出したんだよ」
少し恥ずかしそうな顔でシアが告白してくれた。僕にもヒーローに憧れた時期とかあるし、その気持はすごく良くわかる。変身ベルトを腰に巻いたり、光って音の鳴る剣とか振り回したりしたよなぁ……
「大賢者はともかく、大英雄はどうでもいいわね。そろそろ先に進みましょ、もう少し奥も見てみたいわ」
確かにこんな場所で立ち話をしたら他の人の邪魔になるけど、ちょっと強引に話を打ち切られた感じ。アイリスなら大氾濫よりずっと前から生きてるけど、百年前だったらアーワイチで暮らしていたはず。なにか嫌なことでもあったのかなと思ったけど、歩き出した姿はいつもどおりに見える。もしかしたら話に飽きちゃったのかもしれないし、あれこれ詮索するのはやめておこう。
◇◆◇
シアから迷宮やモンスターのことを聞きながら、迷宮の奥へ向かって進んでいく。途中で一角ウサギとか出て、倒すのにかなり罪悪感を感じたよ。ネコといいウサギといい、このエリアは可愛い動物が多すぎる。ボールを投げたら捕まえられたり、テイムしてペットに出来ないのかな……
そんな苦悩を抱えつつ探索を続けていたら、前の方から二人の魔人族が走ってきた。
「邪魔だ、どきやがれ!」
「そんな所でたむろってんじゃねぇ」
慌てて通路の端に避けたけど、脇目もふらずに通り過ぎた二人には見覚えがある。
「あれ? あの二人って……」
「彼らは以前マスターが気にかけておられた、魔人族の子供を連れていましたね」
「でも、あの子は一緒じゃないよ?」
彼らが走ってきた通路の奥を見るけど、ツノの折れた魔人族の子が出てくる様子はない。
「すれ違った彼らから、かすかに嫌な匂いがした。もしかすると、あの子は捨てられたのかもしれない」
「迷宮内に置き去りなんて、下等な種族のやることはゲスね。反吐が出そうだわ」
「大変じゃないか、すぐ助けに行こう!」
「魔人族が逃げ出すほどの事態だ、彷徨う者が出現したとみて間違いない。それでも行くのか?」
シアが僕の前に立って、真剣な目で見つめてくる。探索者としての先輩だけあって、こんなときでも冷静だ。だけど、このままあの子を見捨てたんじゃ、さっきの男たちと同類になってしまう。
「シアの心配してることはわかる。でも見て見ぬ振りをするようなことは、したくないんだ」
「下僕のわがままを聞くのも主人の務めかしら。いいわ、付き合ってあげる」
「ふふっ、まったく仕方ないな二人とも。だが、決して無茶はしないでくれよ」
そう言ってシアは相好を崩してくれた。この先がどんな状況になっているかわからないし、正直いって怖い部分もある。だけど僕たちに出来ることがあるなら、精一杯のことをしたい。
そう気持ちを固めながら、僕たちは迷宮の奥へと進んでいった――
次回は取り残された人物の視点で語られる閑話です。




