第2話 女子トークはまだ難しい
光っていた体は一瞬で元に戻り、足元から巻き上がっていた風も弱くなってきた。僕たちは言葉も発せず、その光景を唖然と見つめるだけ。スズランはいつもどおりの笑顔で立ってるけど、なにが起きてるのかわかってるのかな? 精霊にしか備わってない感覚とか、あるのかもしれない。彼女のことについて知らない部分ってまだまだ多いし、マスターとしてしっかり向き合ってかないと……
そんなことを考えてるうちに風は収まり、閉じられていた三人のまぶたがゆっくりと開く。
「この度は使い魔である私に、イチカという名前をお与えてくださり、感謝いたします。ダイチ様」
「……あの、すごく嬉しいです。ダイチさん」
「ミツバって気に入ったよ! ありがとう、ダイチ!!」
今までの無表情な顔から一転、イチカは慇懃な挨拶をしながら頭を下げ、ニナは少し恥ずかしそうな顔で、目線を外すようにモジモジしている。そしてミツバはシュタッと右手を上げて、元気いっぱいの笑顔を浮かべていた。
「ねえアイリス、これってどういうこと?」
「わっ、私に聞かないでくれるかしら。始祖様の使い魔だって喋ったことないのだから、原因はダイチにあるとしか考えられないわ」
「えー、僕は名前をつけただけなんだけどなぁ……」
「ダイチから与えられる名前には、なにか力が宿っているのではないか? 現にスズランは特級精霊になっているし、私のリョクだってずいぶん雰囲気が変わってしまった」
いわゆるゲームや小説に出てくる〝真名〟ってやつなのかな。名前を与えることで力を得たり、逆に真名を知られたら力を奪われるとか、そんな作品は結構あった。
「アイリスお嬢様。こんな場所で立ち話もなんですから、リビングに行かれてはいかがでしょうか」
「そうね、お茶でも飲みながら話をしましょう。信じられないことが起こりすぎて、めまいがするわ」
イチカにお嬢様って呼ばれたアイリスは、ちょっと嬉しそうにしてる。こんなところは見た目の年相応で可愛い。
自我を得た三人の使い魔に先導され、僕たちはリビングへ移動した。
◇◆◇
家の中は以前来たときより磨き上げられ、調度品もいくつか増えている。家具を揃えてくれたり使い魔を増やしたり、アイリスにはすごく負担をかけてるな。やっぱり血は望んだ時に提供しよう。
「さて、新しく増えた精霊についてとか、色々聞きたいことはあるのだけど、まずは私の使い魔についてよね。スズランには、なにか心当たりがないのかしら?」
「私は精霊ですので、使い魔のことについてはわかりかねます。ただ、私たち精霊は契約主からいただく名前が力になりますので、使い魔にも同じことが起きたのではないでしょうか」
「ふーん、名前にそんな効果があるなんて驚きだわ。異世界の風習も捨てたものじゃないってことかしら。よくやったわダイチ、さすが私の下僕ね」
「うん、僕も三人と話せるようになって嬉しいよ」
使い魔に自我を目覚めさせて怒ってたらどうしようって思ったけど、アイリスも嬉しそうにしてるし良かった。だけど僕の立場は、下僕から上がらないみたいだ。今は居候の身だし、素直に受け入れておこう。ご飯のおかわりも、三杯目にはそっと出すからね。
「使い魔が自我を持つのは前代未聞だと思うが、アイリスになにか影響は出ていないのか?」
「あら、オルテンシアは私のこと心配してくれるの?」
「あっ、当たり前だろう。こ、これから一緒に暮らしていくんだ、心配くらいする。それに私のことはシアでいい。ダイチやスズランにもそう呼んでもらってるしな」
「ふふふ、それならシアと呼ばせてもらうわね。代わりに私のことをアイリスと呼ぶことも許しましょう。寛大な御心に感謝なさい」
「僕もアイリスって呼んでいいのかな?」
「下僕の分際で生意気ね……と言いたいところだけど、私の使い魔を進化させてくれたご褒美よ。特別に許してあげるわ」
心の中ではずっと呼び捨てだったし、さっきはつい口にしちゃったけど、これからは気兼ねなく声をかけられる。さすがに人前でアイリス様なんて呼びかけたら、一体どんなプレイをしてるんだと思われちゃうからね。
とりあえず今の所、使い魔が進化した影響は出てないそうだ。それどころか命令無しで自主的に動くようになったから、すごく楽になったらしい。
元々あの三人は依代となる人形に、アイリスの血を与えて擬人化した存在。動くだけで常にアイリスの力を使っていた。ところが今は彼女たち自身が力を持つようになり、経常的な負担が無くなっている。そのおかげで今まで必要ない時に眠らせていた作業を、しなくても良くなるはず。
アイリスからは、ざっとこんな感じの説明を受けた。
「なんだか、普通の人と変わらない使い魔になったね」
「しかしこちらから話しかけるか、何か伝えるべきことがない場合は、会話に参加したりしないのだな」
「この人数で話をしたら収集がつかなくなりそうだし、ちょうといいじゃない」
僕としては使い魔同士の女子トークなんか聞きたかったりするけど、なんとなく無理っぽいな。もしかしたら自我が成長するかもしれないし、できるだけ話しかけたりするようにしよう。
◇◆◇
新しく生まれたラムネの紹介も終え、家の中を案内してもらうことになった。ここは昔、吸血族の商人が所有していたらしく、一階部分にはかなり大きな倉庫がある。他には玄関ホールとリビング、それに厨房や食堂と浴室、あとは使用人用の小部屋だ。
建物の奥行きが結構あるので、二階は廊下を挟んで左右に部屋があり、角にある大部屋の他に寝室が六部屋、そして執務室を兼ねた大きな書斎があった。本はほとんど残ってなかったけど、立派な机と椅子が置かれている。パイプタバコをくゆらせながら、椅子に座ったまま事件を解決する探偵とか住んでそう。
ベッドは全て新調され、大部屋のは特に大きかった。宿屋で使ってたベッドを二つ並べたのと、同じくらいの幅じゃないかな。各部屋にチェストやワードローブが置かれてるし、大部屋にはソファーセットまである。
「これだけ揃えるの、大変だったんじゃない?」
「ふふん、これくらいどうってことないわ。いい主に仕えられること、光栄に思いなさい」
「ダイチ様には角部屋を使って頂く予定になっております」
「えっ!? 一番大きな部屋は、家主のアイリスが使うんじゃないの?」
「アイリスお嬢様は、狭くて日の当たらない部屋を好まれますので、遠慮なくお使いください」
どの部屋にも棺桶は置いてなかったから、普通にベッドで寝られるみたいだけど、そんなところは吸血族っぽい。でも、なんか悪いなぁ……
「シアはどう? 広い部屋とか嫌い?」
「私は普通の部屋でいいぞ、あまり大きいと落ち着かないからな」
「ダイチ様にお使いいただくためにと、アイリスお嬢様が特に寝具を厳選しておられましたから、是非こちらにお決めください」
「ちょ、ちょっとイチカ、余計なことは言わなくていいの。これはアレよ……そう、私の力のため。ダイチは角部屋でたくさん光を浴びて、健康になりなさい」
「そういうことなら遠慮なく使わせてもらうよ。ありがとう、アイリス」
「主人として当然のことをしたまでよ、感謝なんて必要ないわ」
少し頬を染めてそっぽを向くアイリスは可愛い。僕は遺伝子改造で光合成が出来るようになった人類じゃないけど、適度な日光浴が健康にいいのは確かだ。せっかくの厚意だし、ありがたく受け取らせてもらおう。
「ここならマスターとゆっくり寝られますし、私も嬉しいですアイリス様」
「私の目がないからと言って、ただれた生活をしたらダメだぞ!」
「独り寝が寂しいときは、いつでも来てくださいね、シア様」
「こっ、子供じゃないんだ、一人で眠れる!」
「なんだかにぎやかになりそうね、イチカ」
「そうですね、アイリスお嬢様」
にこにこ顔で話すスズランと、それに過剰反応するシアを見ながら、この家なら楽しく暮らしていけるに違いない、そう思う僕だった。
次回「第3話 遅れてきたテンプレイベント」で、精霊のスキル効果が垣間見えます。お楽しみに!




