表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/237

第3話 一人ぼっちの夜

本日3話目、最後の更新になります。

 スズランが自分の身を犠牲にして、僕を窮地から救ってくれた。攻撃手段を持たない白い精霊なのに、どうしてをそんな事ができたのかわからない。それに体の傷まで治っているし、不思議なことだらけ……


 僕がこの世界に迷い込んだとき、自分の名字とともに記憶の一部を失っていた。名前や自分の年齢、それに背格好なんかはちゃんと覚えている。ファンタジー小説でよくある異世界転生とか、前世の記憶を取り戻した現地人とか頭をよぎったけど、鏡に写った顔や着ていた服は日本にいた頃のものだ。


 名字とともに失っていた記憶は、自分と関わっていた人間関係。これまで経験したことや、現代日本の知識は全て覚えているのに、両親がどんな人だったか全く思い出せない。もちろん友人や近所の人も同様だ。進学を機に一人暮らしを始めたことや、大学で同じ講義を選択していた仲間がいた事はわかるのに、その人物像は不明瞭。なんとも中途半端な記憶喪失と言えるだろう。


 とある人の話によると、世界をまたいだときの後遺症ではないかとのことだ。そんな僕にずっと寄り添ってくれていたのが、白い精霊のスズランだった。


 寂しくて泣きそうなとき、不安で眠れない夜、仕事でドジを踏んで落ち込んだ日、いつもそばにいて励ましてくれた、僕のいちばん大切な存在。そんなスズランが消えてしまった喪失感は、記憶を失ったとき以上だ。



「……これから一体どうやって生きていけばいいんだろう」



 そんなつぶやきが漏れると同時に、また鼻の奥がツンとしてきた。そしてみるみるうちに涙が溜まり、視界が歪んでいく。



「お願いだから帰ってきてよ、スズラン……」



 涙と一緒にこぼれ落ちた言葉は、誰もいない暗い部屋に溶けていった――






「お呼びですか? 私のご主人さま(マイ・マスター)






 そんな声がした瞬間、何もない空間が形を持ち、きれいな女性がベッドの上へ現れた。


 ゆるふわの髪は肩甲骨のあたりまで伸び、月明かりの部屋でもわかるくらい銀色に輝いている。服は半袖の白いワンピースで、男の視線を釘付けにしそうな立派なものが嫌でも目立つ。顔は浮世離れしているほど整い、優しく慈愛のこもった目で、僕のことを見つめていた。


 頭の上に輪っかがあって、背中に羽でも生えていたら、天使と思っていただろう。この世界に有翼人種は存在しないハズだけど……



「えっ!? えぇっ!? き、君はいったい」


「あなたの精霊スズランですよ、マスター」



 こんな精霊がいるなんて聞いたことがない、僕が知らないだけなんだろうか?


 とにかくこの世界では、米粒みたいな微精霊、丸い形をした下級精霊、それからクリオネ型の中級精霊、そして小人型の上級精霊しかいないはず。


 人と変わらない――しかも超美人な――姿で言葉を話せる精霊なんて、世界中を旅していたアークとヤーク兄弟にも聞いたことがない。


 あぁ、そういえば僕、あの二人に騙されたんだよな。仕返ししたいって気持ちはあまりないけど、自分の迂闊さを思い出すと悲しくなってくる。また涙がこぼれてしまいそうだ。



「安心してください。これからもスズランは、マスターのそばにいます」



 ふわりと浮き上がったスズランと名乗る女性が、僕の頭を優しく胸に抱いてくれた。普通の人間は浮かんだり、何もない場所に現れたりできないし、やっぱりこの人は自分たちとは違う存在なんだろう。


 でも、この全てを包み込むような柔らかさは、夢や幻じゃない。温かい体温と耳に届く鼓動の音が、今の状況を現実だと教えてくれる。



「ありがとう、ちょっと落ち着いてきたよ」


「私の役目はこうしてマスターを癒やすことなんですから、もっと甘えてくれて構いません」



 女性に抱きしめられていることが恥ずかしくなり、そっとスズランから離れようとしたけど、更に強い力で押し付けられた。ちょっと呼吸が苦しいです。


 スズランからは花のように爽やかな香りがして、それを感じているだけでも落ち着いてくる。なんだかこのまま意識を手放してしまいそう……


 これって、もしかすると酸欠?



「色々と聞きたいことがあるから、今は離してくれると嬉しいかな」


「あっと、これは失礼しました。マスターとお話できたことが嬉しくて、ついついハメを外してしまったようです」



 抱きしめられた状態から開放され、間近に迫った距離でお互いを見つめ合う。頬をわずかに染めて恥ずかしそうに微笑む顔は、やっぱり超がつくくらい美人だ。


 何から話そうか思案しながら、部屋にある魔道具をベッドの近くへ運ぶ。起動するためのスイッチを入れると、部屋の中がろうそくのような光に照らされる。こちらを見つめるブルーグレーの瞳と目が合い、頬が熱くなるのを感じた。


 椅子に座って話そうかと思ったけど、ここは一人部屋なので一脚しか置いていない。そしてベッドに座った彼女は、とてもいい笑顔で自分の横をポンポンと叩いていた。これは隣りに座って話をしましょう、そういうことなんだろう。


 人に関する記憶を失ってるが、元の世界で誰か特定の異性と付き合ったことは、ないはずだ。そんな僕にとって、女性と部屋に二人っきりというシチュエーションは、難易度が高すぎる。かと言って、あの笑顔は裏切りたくない。もう誰かと離れ離れになるなんて嫌だから。


 ここは覚悟を決めて、彼女の思いに応えてあげよう。



◇◆◇



 スズランの話によると、彼女は特級精霊らしい。白の精霊だけができる特殊進化で、上級のさらに上となる在だ。



「マスターが私のために流してくれた血と涙、そして深い愛情で進化できたのは確かです」


「とにかく僕としては、こうして話ができるようになって嬉しいよ」



 彼女自身にも、どうして特級に進化できたのか、細かい条件はわからないとのこと。今この世界で暮らしてる人の価値観だと、白の精霊を上級まで育てるなんてことはしないだろう。そんな場所で特殊進化のことを調べるなんて、恐らく不可能。それに正直なところ、理由なんかどうだっていい。スズランが僕の隣りにいる、その事実だけで十分だ。



「だけど、これから二人で暮らしていくなら、部屋を移らないといけないね」


「その辺りはご心配に及びません、こうして姿を消すこともできますので」



 そう話したとたん、スズランの姿が一瞬でかき消える。すぐ元の場所に戻ってくれたけど、急に消えられると心臓に悪い。あの時のことを思い出して、思わずスズランを抱きしめてしまった。



「お願いだから二人っきりの時に消えるのは無しにして」


「申し訳ありませんマスター。これからはマスターの許可を頂いてからにしますね」



 震える僕の体をそっと抱き返してくれたスズランの体温を感じていると、ざわついていた気持ちが落ちるいてくる。二人っきりのシチュエーションに耐えられるか不安だったけど、スズランとだったら大丈夫な気がしてきた。こうしていると実感できる、やっぱりこの女性は僕がこの世界に来てから、ずっと隣りにいてくれた精霊だ。



「私の方からマスターにご提案があるのですが、よろしいですか?」


「うん、いいよ。スズランは家族と同じ存在なんだから、どんなことでも遠慮なく言っていいからね」



 腕の中から離れていったスズランが、真剣な目つきで見つめてくる。彼女の見た目は二十歳くらいだけど、美人はどんな表情でも(さま)になるなぁ……



「違う世界から来られたマスターには、信頼できる仲間が必要だと思います」


「それは今回のことで痛感したよ。いくら人当たりがよくて気の合う人でも、簡単に信じちゃダメなんだね」


「あの二人は極端な例だと思われますが、マスターから聞かせていただいた元の世界とここでは、倫理観が大きく異なります」



 そういえばスズランには、元の世界のことを色々話したな。ゲームやアニメのこと、それからライトノベルに代表されるファンタジーもの、お菓子やコンビニスイーツの話もしたっけ。


 とにかく日本は平和な国だ。様々なことが性善説で動いているのは、世界的に見ても珍しかったはず。そんな場所で育ってきたから、人を疑うようなことに慣れてなかった。そのせいでスズランを危険にさらし、自分自身も死にそうな目にあっている。


 この世界のどこに死の危険が潜んでいるか、僕には全く知識がない。異世界人であることを知られないようにしてきたから、相談できる人もいなかったし。



「マスターとお知り合いの中で、義理堅い人はオルテンシア様だと思います。お互いの秘密を共有した仲ですから、マスターのお力になってくれるはずです」


「でもあの人は、いま住んでる場所から外に出られないって……」



 この世界に迷い込んだ僕を見つけ、手を差し伸べてくれたのがオルテンシアさんだ。確かにあの人なら信頼できる。でもオルテンシアさんの体は、かなり容態が悪い。



「完全に元の状態へ戻すのは難しいですが、狂化の衝動を抑えることは十分に可能ですよ」


「ホントなの!? それならオルテンシアさんを助けてあげたい!」


「マスターにご協力いただければ、オルテンシア様の力になって差し上げられます」


「わかった。僕にできることなら何でもするよ」


「マスターならそう言ってくれると信じてました」



 あれ? これと同じシチュエーションをつい最近体験したな。

 ……いやいや、スズランは僕の契約精霊だ。主人を危険な目に合わせるなんてしないだろう。



「それで、僕は何をしたらいいの?」


「子作りです」


「……………はぃ?」



 いまスズランはなんて言った?

 ()づくり?

 (みずうみ)でも作るんだろうか……



「ですから、マスターと私で愛の結晶を(はぐく)みましょう!」


「どうして服を脱ごうとするの!?」


「あら、マスターは着衣のままがお好きなのですか?」


「そういうことを言ってるんじゃないよ! 出会ったばかりの男女がこんなことをするのって、なんかおかしいと思うんだ」



 この世界に来た時からずっと一緒にいるから、正確には出会ったばかりではない。だけどもっとこう、段階というかシチュエーションというか……


 もちろんこんな美人に迫られるのは嬉しいけど、僕としては一緒に食事をしたりデートしたり、徐々に関係を深めていくステップを大切にしたいんです。



「いまの私ではオルテンシア様を救えませんが、マスターと深くつながることで新たな力を得ることができます。これは崇高な儀式なんですよ?」


「うぅ……どうしてもやらないとダメ?」


「オルテンシア様のことを大切に思ってらっしゃるなら、避けては通れない道です」



 スズランはすごくいい笑顔で言い切った!

 なんかこの状況を楽しんでる気がしないでもないけど、こう言われてしまうと首を縦に振るしかない。まさか自分の契約精霊とこんなことになるなんて、たとえ神様だって予想できないだろう。


 僕はこれから、いったいどうなってしまうんだろう……




―――――・―――――・―――――




 こうして僕とスズランは再会し、新たな力を得ることになる。

 そして仲間たちと深くつながることで、この世界に存在しなかった契約精霊が増えていく。


 ここから僕たちの冒険が始まった――


 明日より本編が開始です。

 時系列は転移時まで戻ります。


 この世界のこと、最後に出てきたオルテンシアの正体、そして主人公が得る新しい力は第1章で綴られていきます。


 もしよろしければブックマーク登録や、この下にある☆をお好きな数だけ埋めていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『イルカ島』に惹かれました♪ 最初の印象って大切だなぁと改めて思います。 作中に使われている言葉や、言い回しが、 私はとても好きです。 文章や行間も読みやすく、とても丁寧に 書かれているの…
[一言] 「とある人の話によると、世界をまたいだときの後遺症ではないかとのことだ」 もう、異世界の記憶があることを誰かに話したんだ、と思っていたら、その人がオルテンシアなんだ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ