第8話 栄養ドリンクみたいに言わないで
全員で裏の林を調べた結果、黒い円筒形の不審物を見つけた。落ち葉で隠すように木の根元に埋まっていたから、なにかの目的があってここに置いたのは確実だろう。
「シアにはこれがなにかわかる?」
「私にわかるのは、市販品ではないということだけだな」
「街の職員が置いた可能性はありませんか?」
「私の不調は、人が頻繁に訪れるようになる前からよ。それに、得体のしれないものを家の近くに黙って放置するとか、国に属する組織がするかしら」
例えば山林の保護とか害獣よけ、それに測量なんかで魔道具を埋めることがあるかもしれない。でも、ここから見える場所にアイリスの家があるんだから、黙って作業していくことはないと思う。日本でも近所で工事が始まるときなんか、ポストにチラシが入ってたし。
「ともかく一度止めてみれば判明する。それで何も変化がなければ元に戻せばいい」
ねじ込み式の蓋を開けたシアが、中に入っていた本体を引き出す。長方形をしたボードの中心に輝石がはまっていて、そこから伸びた線が幾何学模様になってたり、所々に部品のようなものがついている。魔道具の中身って初めて見たけど、ちょっと電化製品の基盤ぽい。
シアがボードから輝石を抜き取ると、うっすら光っていた線が消えた。
「どう? なにか変わった?」
「何かで撫でつけられるような不快感が消えたわ。誰が置いたのか知らないけど忌々しいわね。見つけたら影に取り込んで、死ぬまで出られなくしてあげようかしら……」
アイリスの口からオシオキと称した、危険な報復案がブツブツ漏れている。確か人間って光や音が一切届かない場所にいると、精神が耐えられなくなるはず。この子はなるべく怒らせないようにする方が、いいかもしれない。
「とにかく大儀だったわ。ありがとう、オルテンシア」
「あっ、いや、そのなんだ、役に立ったのなら良かったよ」
初めて名前を呼ばれたからか、シアは顔を赤くしながら狼狽えだした。何だかんだでちゃんとお礼も出来るし、アイリスっていい子だよな。超年上だけど。
「さて、憂いも無くなったことだし、次は栄養補給ね。そこにしゃがみなさい、ダイチ」
「僕のことを食べ物みたいに言わないでよ!」
「俗物的な価値基準で考えてもらっては困るわね。眷属を持たない吸血族は処女と同じよ。そんな私に血を与えられるのだから、光栄に思っていいわ」
「しょっ……!? そんな甘言を弄する輩は、何をしでかすかわからない。すぐダイチから離れるんだ」
この外見で経験豊富とか言われたら、色々な意味で困る。発禁処分受けちゃうよ。それに、こうやってストレートに言われると恥ずかしい。シアだけじゃなく、僕の顔まで熱くなってきた。
「あなた達は依頼を受けてここに来たのでしょ? それには私の協力が必要だと思うのだけど、違うかしら」
「うん、もし人がいたら名前を書いてもらったり、使用人の数を教えてもらわないといけないんだ」
「素直に血を差し出すなら、名前くらい書いてあげるわよ。それとも、今までのように書類を置いていくなら、このまま帰ってもいいけど?」
「依頼失敗はできれば避けたいなぁ……」
今回の依頼は違約金がないけど、達成率はギルドで管理してる。成績が悪かったりすると、受けられない依頼が出てくるから、なるべくなら失敗はゼロにしておきたい。なにせギルドは国を超えた組織なので、成績の情報はどこに行っても知られてしまう。
「あー不快感が消えたら、なんだか眠くなってきたわー。今日はもう、ペンを持つ気力も残ってないみたいー。新鮮な血があれば、もう少し頑張れそうだけどー」
うわっ、ずるい!
僕の方をチラチラ見ながら、棒読みでそんなことを言いはじめた。額に手を当てながら、ちょっとフラフラしてるあたり、無駄な過剰演出だ。
「わかった、わかったよ。僕の血を吸ってもいいけど、少しだけにしてね」
「あら、そうなの。無理強いしたつもりはないのだけど、悪いわね」
「どの口がそれを言うんだ……」
「まあまあシア様、マスターってああいう方ですから。そんな優しいところが尊敬できます。少し流されやすいですけどね」
流されやすいのは自分でもわかってるから!
上げてから落としたのはわざとなの? ねぇ、答えてよ、スズラン。
「あっ、もし体調が悪くなったら困るし、家の中でしない?」
「そうね。書類の記入もあるし、いちど戻りましょうか」
異世界人である僕の血に、どうしてそこまで拘ってるんだろう。ご当地グルメや期間限定フレーバーを、無性に食べたくなる感じかな。さっきは食べ物扱いするなって言ったけど、自分で同じこと考えて悲しくなってきた。
とりあえず今は、調査に協力的してくれることを喜ぼう。
◇◆◇
ソファーに座った僕の前へ立ったアイリスが、こちらをじっと見つめてくる。これってやっぱり捕食者の目だよ! でも、金色の瞳がすごくきれい……
「じっと見られてるとやりにくいわね。しばらく目を閉じてなさい」
「わ、わかったよ」
僕としても至近距離で見つめられると恥ずかしいから、素直に目を閉じることにした。首筋にかかる息が荒くなってるけど、大丈夫かな……
そんなことを考えてたら、チクリとした痛みが走る。舌がチロチロと当たってくすぐったいけど我慢だ。
「……んはぁ……んっく。すごい、わ……………、から……だ、あつく」
なんかすごく艶めかしい気がするんだけど!?
首筋にかかる息も熱いし、一体どんな事になってるの。
「そろそろ離してくれると嬉しいんだけど」
「もう少し。もう少しだけ……あっ!?」
僕を掴んでいた手から急に力が抜けたので、慌てて支えるように抱きしめる。目を開けてみると、潤んだ瞳で頬を染めるアイリスの顔が、至近距離にあった。腕の中でぐったりしてるけど、風邪で熱が出た子供みたい。
「けしからん、実に破廉恥だ。見た目は子供なのに、何なのだあれは。ダイチもダイチだ、まさか劣情を催してるんじゃなかろうな」
シアがなんかブツブツ言いながら半眼でこちらを睨んでるけど、さすがに僕もこんな小さな子に欲情なんかしないからね。ちょっとドキドキしたけど、現在もスリープモード継続中だ。
「大丈夫? 立てる?」
「腰が抜けてしまったからダメね。そこに座らせてもらえるかしら」
僕の血って一体この子にどんな影響を与えたんだろう。変な副作用とか無いといいんだけど……
「それで、力は戻ったのかな?」
「これをご覧なさい!」
「五片だと!? 確か先ほどまで三片だったはずだぞ」
アイリスが掲げた左手の甲には、花びら模様が五枚刻まれていた。なにそれ、力が戻るとスキルも増えるの?
「一つ減っていたのは魔道具の影響みたいだけど、私は元々四片よ」
「ダイチの血を飲めばスキルが増える……?」
あ、シア、そんな目でこっちを見ないで。エルフ族がそんなことしても、多分スキルは増えないから。
「えっと【吸収】【支配】【霧化】【飛翔】【操影】って書いてるね」
「あら、私のスキルが見えてるの?」
「僕にはシアのスキルも見えてるんだけど、もしかしたらこれって……」
「そのとおりです、マスター。アイリス様に血をお与えになったからでしょう、マスターとの繋がりができています」
えー!?
もしかしてさっきの行為が、スズランがいつも言ってる〝深く繋がる〟ってことになるの?
確かに吸血族ならではの繋がり方だと思うけど、さすがにこれは予想外すぎるよ。僕と契約してる精霊の庇護下に置かれるってことは、ある意味アイリスを眷属化してしまったってことじゃ……
本人にバレたら非常にマズイ気がする!
逆にけんぞくぅ化してしまった主人公(笑)




