レジーナ編:第9話 バイナリースター
迷宮の入り口をどこに作るかって話になり、海岸近くにある洞窟を利用することにした。島民の案内なしに入れない結界を作ってくれるので、誰かが間違って迷い込むことはないだろう。
「まったく、面倒なことこの上ない。本当にここでいいんだな。あとから変更しろとか、絶対に聞かんぞ」
「よろしくお願いします、クノッソスさん」
「ほらよ!」
クノッソスさんが手を横に振ると、洞窟の行き止まりにアーチ状の空間が出現する。境界にあるのは迷宮特有の、不思議な膜状のベールだ。
「それじゃ、入ってみようか」
「げっ! お前も来るのかよ」
「だって大地くんの契約精霊になったんだもん。一度くらい迷宮の中を見てみたいし」
「ワシのテリトリーを荒らすんじゃないぞ」
本当にこの二人って、不思議な関係だなぁ……
付かず離れずというか、決して仲が悪いわけじゃないのに、事あるたびに反目しあう。見ていると、なんかニヤニヤしてしまいそうになる。
僕の近くにいる人でいえば、デイジーさんが近いかも。リナリアの目には、僕とデイジーさんがこんな感じに見えてたりして。学園から帰ってきたら、それとなく聞いてみよう。
「ねぇ、大地くん。初めては怖いから、手を握ってもらってもいい?」
「それくらい構いませんよ。はい、どうぞ」
レジーナさんの方に手を伸ばすと、まるで縋りつくように握り返してきた。最上位の天使に匹敵する力を持っていても、やっぱり初めての体験は怖いらしい。その手は小さく震えている。
「大丈夫ですよ、レジーナさん。なにかあっても必ず守ってあげます」
「もー、大地くんって男前すぎだぞ。みんな惚れちゃうの、よく分かるよ」
「私のマスターですから」
「ダイチがいたら……絶対大丈夫。そんな安心感……与えてくれる」
「私と主様がいれば、斬れないものは無い」
スズランとノワール、そしてアスフィーの言葉を聞き、手の震えが消えていく。種族や力がどうこうって以前に、レジーナさんも女の人だしね。そりゃ男として、守ってあげたいって思うよ。
「ほらよ、ここが制御室だ。そこの宝玉に手を当てて、行きたい場所を思い浮かべるといい。好き勝手飛ぶのは無理だが、探索者に人気のある場所を登録しといてやったぞ」
薄い膜を通り抜けると、迷宮特有の空気に変わる。そこは円形の部屋になっており、中央から突き出た台座の上には、光る玉が乗っていた。
「ほう、これはすごいな。アーワイチにある大回廊、イノーニの氷雪平原にも行ける。ウーサンの地底湖や、エヨンの大広間。オッゴにある霊場にも行けるな」
宝玉に手を当てたシアが、感嘆の言葉を漏らす。どうやら迷宮の有名所を、ほぼ網羅しているらしい。探索者として一番経験のあるシアが言うんだから、ここの性能はとんでもないってことだろう。
「お前の言う事を聞いてやったんだ、地上に戻れとか言うなよ」
「今さら無理やりどうこうなんて言わないから。さっき確認してみたけど、私の権限で管理システムにフルアクセスできるようになってた。だからさ、今の強引な重ね合わせじゃなく、ちゃんと独立して運用していかない?」
「ここを中心にして、連星のようにバランスを取ればいいんだろ? そっちの制御権は完全に放棄してやるから、あとは勝手にやれ。これで無駄なことに気を取られずすむ」
「もー、素直じゃないんだから」
どうやらクノッソスさんは、地上世界になにかあった時のため、制御権を保持したままだったらしい。面倒くさくて放棄してしまった世界だけど、なんだかんだで大切にしてくれてたみたいだ。なにせ大氾濫のときも、気づかれないよう穴の修復をしてくれてたし。
「この世界と迷宮の関係って、これからどうなるんですか?」
「基本的には今までと変わらないよ。ただし次元の壁がかなり安定するから、大氾濫みたいなことは基本的に起きなくなるね。それでも双子星のように、地上と迷宮は互いに影響し合う。イノーニはこれまで通り穀物を作ることが出来るし、オッゴの神樹はエーテルを吸い上げてオドを生み出せる」
以前ノヴァさんが力技で裂け目を作って、モンスターを無理やり引き出してたけど、それが出来なくなりそう。折を見て伝えに行かないと。まぁ、あの人の事だから、それでも強引にやってしまいそうだけど……
「二つの世界を安定させるのはわかったけれど、ここに迷宮の入口を作る意味はあったのかしら? イルカ島は吸血族の本拠地にするのだから、変な場所が増えるのは困るわよ」
「性質が違う世界間のバランス調整する、要を作る必要があったの。わかりやすく言うと、お互いの手を取ってクルクル回ってる感じかな。その中心点がここってわけ」
「だから連星ですか」
「世界の規模的にこっちが主星で、迷宮が伴星みたいになっちゃうけど」
「いずれ迷宮世界を大きくして、立場を逆にしてやる」
「クノッソスが持ってるリソースで、今の私を超えるのは無理だと思うんだけど?」
「うるせぇ! 確か二周目とか、強くてニューゲームとか、他の神が言ってやがったな。とにかく経験値の方はワシのほうが遥かに上だ。世の中には裏ワザってもんが存在すること、そのうちわからせてやる」
ほんと、この二人って仲がいい。それにしても二人の口から、この世界にない言葉がポンポン飛び出すな。僕にとって馴染み深い単語が多いせいか、二人の話を聞いてるだけで楽しくなる。
「あのさ、クノッソスさんって、これからどうするの?」
「迷宮に引きこもってばっかだと、体がなまっちまうぜ」
「別にこれまでと変わらんぞ。ここと違って迷宮は管理が楽だからな。適当にやってりゃ、なんとかなる」
「ここも迷宮と繋がったんだし、時々遊びにこない? よかったらボクが街とか案内したげるよ」
「俺様がおっぱいの穴場を、教えてやろうか?」
カメリアとクロウが、近所の遊び仲間みたいな誘い方してるぞ。この二人って、かなり大物だ。いつもこんな感じだから、友達がたくさん出来るんだろう……
「せっかくだからクノッソスも、今の地上世界を見ておいたら? かなり変わってて面白いよ」
「えー、めんどくせぇー」
「違う世界を見ておくことは、迷宮を発展させるヒントになるかもしれませんし、クノッソスさんにも益があると思いますが」
「んー、そうかー?」
「他人のやり方を見ているときに、裏技のヒントを発見したなんて事例もあります。決して無駄にはならないかと」
ゲームの話だけど!
「まぁダイチの言うことも、もっともかもしれんな。よかろう、気が向いたら遊びに来てやる」
「ナイスだよ、大地くん!」
ちょっとレジーナさん、腕にまとわりついてこないでください。埋まってしまうじゃないですか。シアがすごい目で、こっちを睨んでますから。
「とにかく一旦戻りましょう。ユグと遊ぶ約束を守るため、あまり待たせられないので!」
レジーナさんを腕から引き剥がし、全員で迷宮を出る。そして屋敷のリビングに入ると、三人の土地神がグッタリした顔で、ソファーに沈み込んでいた。一体なにがあったんだろう?




