第15話 ノワールの目覚め
温かい水の中から浮かび上がるように、意識がはっきりしてくる。軽く手足に力を込めてみたけど、あの感覚は襲ってこない。よし、これならアイリスに笑われなくて済むぞ!
今朝の目覚めが少し違ったのは、やっぱり水の加護があったからかも。とにかく後でナーイアスさんにお礼を言いに行こう。
隣を見ると、気持ちよさそうに眠るスズランの顔。今日も朝日を浴びて、髪の毛がキラキラ光ってるよ。こんな女神のような彼女が、僕にすべてを捧げてくれたんだ。何度も愛し合ったけど、出会ってからの時間は埋められたかな……
スズランの顔から下へ視線を動かすと、前下がりボブの黒い髪が目に入る。後ろからスズランに抱きしめられ、頭の半分が胸に埋まってるじゃないか。ちょっと羨ましい。だって服越しじゃなくて、直にだもん。
ちゃんと消える前の姿で、生まれてきてくれたんだな。記憶はどうなんだろう。嫌な思い出が残ったままなのは可哀想だけど、僕たちと過ごした記憶は忘れてほしくない。まあ大精霊であるレジーナさんが力を貸してくれてるんだ。きっと何もかもうまくいくはず。
とりあえず全裸で考え込むのはやめよう。みんなが目覚める前にパンツだけでも履いておこ。
ヘッドボードの上に置かれている三人分の洋服から、自分のものを抜き取る。二人を起こさないよう、そっと――
「……ん」
「おはようございます、マスター」
「おはよう、スズラン」
ギリギリ間に合った。ノワールも目が覚めそうだし、これで一安心。みんなが裸だからじゃないよ? いわゆる自然の摂理というやつなので、僕の意思だけでは止められないのです。
「あれ……? ……私」
「おはよう、ノワール」
「……ノワール? あっ! 私の……名前」
「そうですよ。今日からあなたはノワールです」
少し寝ぼけてる感じだったけど、意識が少しずつはっきりしてきたみたい。起き上がってコシコシと目をこする姿が可愛いすぎる。遅れて起き上がったスズランを見ると、すごくいい笑顔を向けてくれた。僕と同じように、ノワールの可愛さに萌えてるんだね。
でも先に服を着てほしいかな。眼福すぎるので!
「私……ずっと知らなかった。自分が精霊だった……こと」
「ここでは、そんなの気にすることないよ。なにせ神様や木の精、それに元人形だった使い魔とか、人の姿になれる魔剣もいる。そんな存在たちが、人と同じように生きてける。今日からノワールが暮らすイルカ島は、そんな場所なんだ」
「私もノワールと同じ精霊です。でも目の前にいらっしゃるマスターは、そんな私を愛してくれました。だからあなたも気にせず過ごして下さい」
「友だちと……お話したり、外で遊んでも……いいの?」
「もちろんだよ。ノワールがやりたいことは、なんだって自由にできる」
「私……ダイチに何もしてあげられない。役になんて……たてない。それでもいいの?」
「僕はノワールと暮らしていけるだけで十分なんだ。他には何もいらない。ただノワールが笑顔でいてくれたら、それでいい」
どうやら自分が精霊だと自覚して、僕と契約してるのを感じ取っているらしい。不安そうに見つめてくるノワールの頭を撫でてあげる。
「私たちのマスターは、こんなに素敵な方なんです。だからノワールも自分が楽しく過ごせる生き方を、考えてください」
「とりあえず、なにかしてみたい事ってある?」
「えっと……歌を聞きたい」
――バアァァァーーーン!!
「それなら、リナリアにお任せなの!」
突然部屋の扉が開き、とてもいい笑顔のリナリアが入ってきた。後ろには家族全員が揃ってる。朝の弱いアイリスまでいるなんて、一体いつから聞き耳を立ててたんだ……
「えっ!? 歌姫……なんでいるの?」
「リナリアはお兄ちゃんと婚約してるからなの!」
「リナリアが学園を卒業したら、僕と結婚するんだよ」
不思議そうな目で見つめてきたので、正直に答えておく。もとの世界だとアイドルの恋愛はスキャンダルになるけど、こっちは違うんだよな……
人魚族の場合、次世代が生まれるからと、歓迎されたりする。もちろん、一部のファンに恨まれるけどね。
そんなことを考えてたら、カメリアが部屋に飛び込んできた。
「ふえぇぇぇーん。よかったよぉ~」
「カメリア……どうして泣いてるの?」
「だって……だって、ノワールちゃんともう会えないかもって思ったら、すごく不安だったんだもん」
「ごめんなさい……カメリア。だけどもう平気……ダイチの精霊になったから」
「ちゃんと俺様たちのことを、覚えてるようだな」
「クロウ……今日も黒くて可愛い」
「今日から好きなときに抱かせてやるぜ。だからしっかりおっぱいを成長させろよ!」
ノワールは片手でクロウを抱きながら、腰にすがりついて泣くカメリアの頭を、優しくなでている。どっちがお姉さんなのか、わからないよね、これ。
「ウォホン! 感動の再会に水を指すようで悪いが、二人とも服を着ないか。特にスズラン、その凶器を即刻しまうのだ!!」
あっ、シアがキレた。シーツを体に巻いてるけど、隠しきれてないから仕方ない。とにかく着替えてご飯にしよう。
◇◆◇
簡単な用事をいくつかすませ、いまは一休み中。僕とスズランの間に座ったノワールは、ユグを抱っこしながら木彫りの人形を撫でて、大層ごきげんだ。誕生日プレゼントだなんて言いながら、お店にあった黒の人形を一式くれたんだよな。バンブーさんには改めて何かお礼しないと。
ニコニコしているノワールの周りには、精霊たちが集まっている。人見知りなリョクまで懐いてるのは、この子が持つ【親近】ってエクストラスキルのおかげだろう。
「うん……あなたの気持ち、すごくよくわかる。私に……任せて」
「……………」
リョクとノワール、ご飯を食べてからベッタリだったけど、すごく通じ合ってる感じ。リョクの方から積極的にノワールに近づいてたけど、なにかあるのかな?
「シア……私、リョクの願い叶えたい。……だめ?」
「リョクの願いを叶えるというのは、どういうことなのだ?」
「えっとね……まだ私……自分のスキルに慣れてない。だから……はっきりしたこと……言えない。でもリョクが……すごくお願いするの。自分も……変わりたいって」
元々持ってたスキルは一部しかわからないけど、今のノワールに発現したものは、精霊に関するものばかりなんだよな。リョクにもそれがわかるってことは、きっと精霊同士で力が感応してるんだろう。
「その……なんだ。ノワールのことは信じてる。なにせダイチの精霊になったのだからな。気になるのは、リョクに危険がないかだけだ」
「変なことには……ならないと思う」
「大丈夫です、シア様。ノワールのスキルは、マスターとの契約で全て書き換わりました。新しく宿った力が、誰かを不幸にしたりすることは、絶対にありえません」
これまで黒い精霊を生み出すとき、嫌な感じがするアイテムを渡されたとか言ってたっけ。ナーイアスさんたちによると、それは呪物ではないかとの事だった。だから以前のスキル【変容】で、意思のない精霊が生まれたんだろう。
新しく発現した【転成】は、その派生形だというのがスズランの意見。たとえ何かを変えてしまう力があったとしても、本人の意思が蔑ろにされるはずがない。なにせノワールの本質は、思いやりがあって優しい子なんだから……
「僕の大切な人に喜んでほしいって、ノワールにお願いしてくれた事だもん。きっとリョクの願いは叶うよ」
「あぁ、そうだった。リョクが望んでいるのだからな。ダイチとスズラン、そしてノワールが切り開く新しい未来、私に見せてくれ」
「うん……シアを悲しませること……絶対にしない」
上に向けたノワールの手のひらへ、リョクがふわりと降り立つ。膝を抱えるように座ったリョクを、ノワールが両手で優しく包み込むと、その隙間から光があふれ出す。上級精霊の形をした光が徐々に変化し、髪の毛が生えワンピースをまとった人の姿へ変わってゆく。
「シア……ずっと話をしたかった」
「……リョク? リョクなのか!?」
「うん、そうだよ」
あの姿、前に夢の中で見た精霊と同じだ。そっか、やっぱりあれはリョクだったのか。身長十センチほどの小さな女の子が、シアの胸へ飛び込む。二人とも、すごく嬉しそう。
ホッとした顔になったノワールの頭を撫でてあげる。この子の力って、本当にすごい。
「また会えたね、リョク」
「うん……ダイチさん」
僕と目が合ったリョクの頬が、サッと赤くなった。以前出会ったときと同じで、可愛らしいな。
「よくおねーたん、かあいい!」
「はぅ(///)」
ユグに話しかけられたリョクが、耳まで真っ赤にしてシアの服へ潜り込む。なんか姿が変わって、人見知りが悪化しちゃったみたい。まぁそのうち慣れると思うけど。
とにかくノワールは無事生まれ変わり、リョクも話ができるようになった。僕の大切な場所が、また賑やかになるぞ。
第4章の15話で出てきたリョクが、とうとう人の姿に!
次回は大反乱後の獣王ガムボウと魔皇バードックに焦点を当てた閑話をお送りします。
「閑話25 大氾濫のあと」の投稿をお待ち下さい。




