第12話 降臨
消えゆく盟主を救う手立てが見つからず、大地たちは悲壮な表情で途方に暮れる。
自分が精霊という存在であり、現世にとどまっていた力はロータスとの契約。しかし今はその絆が失われ、あとは消えていくのみ。その事をまず本人が自覚しなければならない。
しかし視覚と聴覚が衰え、思考もあやふやになっている盟主には、無理な相談であった。
自分にとって大切な存在を救う力もないのか。大地は叫び出したい気持ちを抑え、何度も盟主へ語りかける。そんな時、イチカとミツバ、そしてユグドラシルを抱いたニナが、大地たちのもとへ駆けつけた。
「おとーたーん」
「えっ、ユグ!? どうしてこんな場所に来たの」
「申し訳ございません、ダイチ様」
「今はそんなこといいから、ユグちゃんの話を聞いたげて」
ミツバに急かされ、ユグドラシルを抱いたニナが、大地とスズランの間に割り込む。
「あのね、あのね。かおおねーたんのことで、おとーたんのとこにきたの」
「詳しく説明して、ユグ!」
「えっとね、えっとね……」
真剣な顔で詰め寄ってくる大地を見て、ユグドラシルはたじろいてしまう。父のそんな姿を初めて見たからだ。
「……落ち着いて、ダイチさん。ユグちゃんのお姉さんから、連絡があったらしいの。何をするのかよくわからないんだけど、カローラちゃんに関することみたい」
「わかったよ、ニナ。さっきは驚かせてごめんね、ユグ」
神樹が力を貸してくれると聞き、大地は落ち着きを取り戻す。どんな情報でも手段でもいい、もし盟主が助かるなら、なんだってやろう。そう心に決めた大地は、再び盟主を優しく抱きしめる。
「あのね、すずおねーたんに、てつだってほしいの」
「マスターの望みを叶えるためでしたら、どんなお手伝いでもします。何をすればいいですか?」
「すずおねーたんのあたま、さわっていい?」
ユグドラシルの言葉を聞き、スズランはすぐにピンときた。大地から贈られた髪飾りは、この時のために存在したのだと。
了承の言葉を伝えながら頭を差し出すと、ユグドラシルの紅葉のような手が、鈴蘭の髪飾りに触れる。するとユグドラシルが服につけている、神樹の宝玉がはまったブローチ。そして鈴蘭の髪飾りに用いられている、聖母石が同時に光を放つ。
『えーっと、聞こえますかー?』
「はい。問題なく聞こえています」
『良かった。ちゃんと繋がったみたい』
「繋がるとは、どういうことなのでしょうか?」
「一人で話を始めて、一体どうしたの?」
「ご心配をおかけして申し訳ございません、マスター。実はいま私の頭に、直接声が届いているのです」
テレパシーみたいなものかもしれない。ユグドラシル経由で神樹と話をしているのだろうか。大地はそう納得してスズランを見守ることに。そして誰かと電話でもしているようなやり取りが少し続き、スズランがそっと目を閉じた。
「あー、あー、あー。ちゃんと聞こえてる?」
「はい、大丈夫です。えっと……あなたは神樹様?」
「ちがうよ、おとーたん」
「でしたら一体何者なんでしょう。いまスズランの体に、乗り移ってるんですよね?」
「おっ、さすが大地くんだ。理解が早いね」
「スズランとはずっと一緒にいますから、いま二人分の意識がそこに宿っているって、なんとなくわかりますよ」
「そっか、そっか。やっぱり二人の絆は本物だね。それで、私の正体なんだけど、ズバリ大精霊だよ!」
スズランに乗り移った大精霊が、ピースサインをしながら右腕をビシッと突き出す。状況について行けないオルテンシアやイチカたちは、普段の彼女が絶対しないような言動をただ見守るだけ……
「こんな大変な時に、どこほっつき歩いてるんだよ。そこに寝転んでるバカが、とんでもないことやりやがったんだぞ」
「ちょっとイグニス、大精霊様になんてこと言うのですか。ご無沙汰しております大精霊様。わたくしは水を司る土地神、今はナーイアスと名乗ってます」
「ちょっと、ちょっと。なんでそんなに縮んでるの。それに土地を離れちゃダメじゃない。……って、あぁ、なるほど。そういうことか」
体を貸しているスズランの意識もしっかり残っており、疑問符を浮かべる大精霊に説明をしていく。納得した大精霊は、大地たちに今の状態を簡単に告げる。
自分は別の次元にいて、すぐに帰ることができない。しかしこの世界で大変なことが起きようとしているのは判っていた。そこで神樹をアンテナにし、届いた意識をユグドラシルが中継。そして鈴蘭の髪飾りを受信機に見立て、こうして話ができるようになったと。
「お願いします、大精霊様。僕はこの子を助けてあげたいんです。なにも知らず、大人たちの都合に振り回され、最後は道具のように捨てられる。そんなのは絶対に許せません」
「ごめんね大地くん。本来ならとっくに消えているような状態の子を救うのは、私の力でも無理なの」
「そっ、そんな……」
大地の目から涙がこぼれ、盟主の頬を濡らす。既に彼女はその刺激にも反応できないほど衰弱していた。
「私たちのために涙を流せる子か。本当にいいご主人さまだね」
心の中でスズランと会話を交わし、大精霊は優しい目で大地を見つめる。そして努めて明るい雰囲気が出せるよう、まるで舞台演者のように振る舞う。
「そんな大地くんに一つ朗報があります。それが出来る人をここに呼びましょう」
「居るんですか、そんな人!?」
「ほら、いつまでも隠れてないで出てきなさい。こっそり逃げようとしても無駄だよ」
大精霊が何もない空間を指差すと、ゆらりゆらりと形を持ち始めた。そして人の姿へと変化していく。現れたのは赤みを帯びた褐色の肌を持ち、腰布を巻いた上半身裸の男性。白い髪は短く刈り上げられ、履いているのは草鞋のような靴。首元や手首にはカラフルな装飾品を身に着けており、どことなくエジプト神を彷彿とさせる。
「やっぱりバレてたか。まったく、珍妙な技を使いやがって。次元を超えて意識を飛ばすとか、反則すぎるだろ。神にもできないぞ、そんな力技」
「ふっふーん。あなたのおかげで、それはもう色々な経験をしたからね。ちょっと他の神々に脅し……協力してもらったんだよ」
慌てて言い直した台詞を聞き、全員が同じことを思う。敵に回してはいけないタイプの人だと。
「すいません、あなたは誰なんですか?」
「なんだ、知らないのか? そこそこ有名だと思うんだがなぁ……」
「わかるわけ無いでしょ。あなたはめんどくさがり屋の、引きこもりなんだから。人前になんて出たこと無いくせに」
「まあいい、知らないものは仕方ない。では心して聞くがよい、ワシこそ迷宮の神だ」
その言葉にロータスが反応した。やせ細った体をうつ伏せにし、這うように近づいてくる。
「おぉ! 敬愛する我が神よ、地上に顕現されたのですね。精霊どもがはびこるこの忌まわしい世界を壊し、どうか我々に新たな導きをお願いします」
「なにを言ってるんだ、お前は。まったく余計なことをしやがって。あちこちに大穴を開けるから、修復が面倒でかなわん」
「これは仕方のないことなのです、神よ。地上から追われた貴方様を再び元の世界へ戻すため、私はこの身を捧げる覚悟で迷宮の氾濫を――」
「だからそれが余計だと言っている。ワシは面倒な地上の管理を放棄して、のんびりしたいから迷宮に引きこもってるんだぞ。それを無理やり引っ張り出しやがって。おかげで大精霊に見つかってしまったではないか」
まるで汚物でも見るような視線を浴び、シワだらけになったロータスの顔が驚愕に染まっていく。
「しっ、しかし精霊王に騙され、貴方様は迷宮に幽閉されたのですよね? 考古学に関わっていた私は、その記録を見つけました!」
「お前、あの石版に書いてたこと信じたのか? あれはワシが趣味で書いた小説だぞ。別の世界で追放モノが流行ってるとか聞いたから、戯れに残しておいただけだ」
そういえばネット小説のサイトでも、追放モノがランキング上位に入っていたな。そんな地球の出来事を、大地は思い出していた。
「……趣味? ……小説?」
「そもそもその手の石版には、全て注意書きがしてあっただろ。〝この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。〟とな」
「あっ、あれは数多くの石版に記載されていたので、文章を開始する際の定型文かと……」
「恐らくだが他の学者は、誰も本気にしてなかったんじゃないか? まともな知識を持ってたら、すぐ嘘だとわかる文章だったしな。お前が読んだ石版にも、そこに立っている大精霊でなく、精霊王と書いていたはずだ。その辺りをしっかり検証せず、虚構と現実を混同させているようじゃ、考古学者としての資質はない!」
「そっ……そんな……これまで俺のやってきたことが……全て……無駄……………だ、と」
「無駄どころか、迷惑にしかならん」
敬愛していた神からきっぱり言い切られ、ロータスはその場に崩れ落ちる。わずかに残っていた髪が全部抜け落ち、そのまま事切れてしまう。
そんな勘違いでこの騒ぎを起こしたのか。しかも精霊や多くの構成員を犠牲にして……
この場にいる全員が、ロータスの独りよがりで身勝手な行動に、怒りをつのらせていく。しかし当の本人は、もうこの世にいない。そしてその矛先は、迷宮の神へと向かうのだった。
ロータスについては幕間の資料集で、彼の人となりを記載しています。
次回は「第13話 新しい名前」。
名付けと絆の物語の本領発揮!




