第11話 異形の怪物
うつろな目をした盟主の後ろに立つロータスが、愉悦の表情を浮かべる。現場へ駆けつけた大地たちを牽制するように、懐から取り出した黒い札を盟主の前へ掲げた。
憑依術で神の力を宿した大地なら、一瞬でロータスのみを切り倒すことも可能だ。しかしモンスターたちが二人を守るように周囲を取り囲んでいるため、迂闊に動くことができない。
「カローラちゃんを離せ!」
「大事な道具を捨てるはずないだろ。お前たちはこれから起きる世界の夜明けを、そこで大人しく見ているんだな」
「どうしてお前たちは精霊を道具扱いするんだ。カローラちゃんだって生きてるんだぞ」
「ほう……コレが精霊だと気づいていたとはな。まさかカレンデュラのやつは死んでなかったのか……?」
盟主本人ですら知らなかった事実を言い当てられ、ロータスは一瞬表情を戻す。しかし今更どうでもいいことだと、すぐに醜悪な笑みを浮かべた。
「どうしてこんなモノに肩入れするのか、さっぱり理解できん。こいつは人のマネをしているだけで、その正体は化け物と同じなんだぞ」
「違う! カローラちゃんは喜んだり悲しんだり、ちゃんと心がある一人の人間だ。たとえ正体が精霊だったとしても、僕たちと何一つ変わらない」
大地の言葉を聞き、服へ姿を変えているスズランの胸に、熱いものがこみ上げてくる。そして慈愛の気持ちは盟主にも届く。
力なく垂れ下がっていた腕が、大地の方へゆっくりと動き出す。
「……ダ……イチ」
「カローラちゃん! いま助けてあげるからね」
「チッ! やはりお前たちは計画の邪魔になる。問答はもう終わりだ」
「やめろ! やめるんだ!!」
大地の叫びを無視し、ロータスは黒い札を盟主へ貼り付けた。
「あっ……あ、あぁぁぁァァァァァーッ」
「カローラちゃーーーん!!」
「ふはははははは! そこで世界の幕開けを、じっくり見学するんだな。ただし、この爆発から生き残れたらだが」
そう言い残したロータスが盟主から離れ、モンスターの中へ消えてしまう。ロータスはモンスターを盾にして、爆発をやり過ごす気であった。
〈絶対領域〉
その時、オルテンシアの前に呪文書が出現し、一瞬で魔紋を構築する。すると膨らみ始めていたカローラの体が、元の状態へ戻っていく。地上へあふれ出したエーテルを取り込み、起爆しようとしていた状態が収まったのだ。
「なぜだ! なぜ爆発せんッ!!」
「エーテルやマナといった魔法物質を遮る領域で、カローラを包み囲んでいる。お前が取り出した黒い札を中心に、魔力の流れがおかしくなっていたからな。恐らくそうした物質を暴走させるだろうと踏んでいた。ハイエルフの全マナをつぎ込んだ結界、そう簡単に破れると思うなよ」
迷宮の壁が崩壊するような力を封じるには、いかにハイエルフであっても不可能に近い。強度を維持するだけのマナが足りないからである。しかしオルテンシアは大地との絆を深めるたび、その器がどんどん大きくなっていた。
その総量は今や、一般的なエルフ数百人分に及ぶ。
「おのれ小娘。俺の崇高な使命を邪魔しやがって」
「なにが崇高だ。お前のやっていることは、世の中を混乱させているだけではないか。関係のない一般人を危険に晒すような行為、どんな理由があろうとも見過ごすわけにはいかん」
「この世界を本来あるべき姿に戻すには、必要な犠牲なのだ。地上にはびこる精霊どもや、力を持たぬ人間どもは死んで当然。むしろ神のために、喜んで死ねッ!!」
鬼の形相へ変化したロータスが、ポケットから取り出した小刀で、横に浮かぶ黒い上級精霊の胸を刺す。すると大地の耳に、断末魔の叫び声が聞こえた。悲しみに濡れ、悲壮感あふれるその叫びが耳に届き、大地の顔が泣き出しそうに歪む。
「精霊になんてことをっ!?」
『あの方を止めて下さい、マスター。あれは危険な力です』
『たぶん憑依。でもかなり違う』
まるで血を流すようにドロリと形の崩れた精霊が、ナイフを伝ってロータスの腕へ絡みつく。粘度の高い液体は全身に広がっていき、ロータスの体を黒く染める。その姿を見たモンスターたちが、我先にとロータスへ群がった。
「なっ、なんなのだあの化け物は!?」
「ロータスって野郎、モンスターを取り込みやがった」
ロータスに群がり、いびつに絡み合ったモンスターたちが融合し、徐々に人の形へと変化していく。様々な部位を無理やり結合させたその姿は、まさに異形。体長は五メートル近くあり、腰には爬虫類のような尻尾。
大きく盛り上がった胸の筋肉が左右に開くと、そこから逆さになったロータスの顔が出てくる。
「フハハハハハハハ。虫ケラドモ、コノママ踏ミ潰シテクレル」
「精霊の命を弄ぶお前は、絶対に許さない」
大地はアトモスフィアを鞘に収め、目を閉じながら大きく息を吐く。
そして左足を引きながら、腰を落す。右手はそっと柄に添えるだけだ。
「剣ヲ収メルナンテ、ドウシタ。俺ノコトヲ許サナインジャナイノカ? 大口ヲタタイタ割ニ諦メノ早――」
「神速剣 疾風迅雷」
――チン
大地の体が一瞬ぶれ、次の瞬間にはロータスの後ろへ移動していた。喧騒で埋め尽くされた戦場にも関わらず、小さく澄んだ音が全員の耳に届く。
「逃ゲ足ダケハ速イヨウダナ」
「あいつ、何をされたのか気づいとらんのだ」
「今のは俺でも目で追えなかったからな」
――ゴパァッ
「グァァァァァ! 最強ノ鎧ガドウシテ!?」
大地が居合の構えを解くと同時に、モンスターで出来た鎧が全て弾け飛ぶ。しかしロータスの体は、まだ黒い精霊だった液体に薄く覆われたまま。
「ごめんね。次で終わらせるから、ゆっくり休んで」
「ナニヲごちゃごちゃ言ッテル。俺ハマダ諦メンゾ。来イもんすたードモ、ソコノ目障リナ虫ヲ叩キ殺ス」
ロータスの体に、再びモンスターが群がっていく。そんな光景を見た大地が、悲しそうに目を伏せる。そして静かに抜刀し、アトモスフィアを正眼に構えた。
「終の秘剣 流星乱舞」
まるで空から流星が落ちてきたかのように、数多の斬撃がロータスへ降り注ぐ。剣のきらめきが周囲を白く染め、異形の姿になったロータスを覆い尽くす。それは聖なる光となって、黒い精霊を浄化していった。
――リィィィィィィーン
光の奔流が収まると、そこには異形の肉体も黒い液体も残っていない。周囲に発生していたモンスターの数も、かなり減っている。相当な数のモンスターが鎧に吸収されたため、残りをバードックとガムボウが一気に倒しきったのだ。
「どうして……あんなでたらめな攻撃が、……出来る」
「そりゃーお前のやる紛い物じゃなくて、本物の神降ろしをやってるからだよ。邪霊と無理やり融合するような儀式で、勝てる道理はねぇだろ」
オルテンシアが結界を展開したと同時に、火の鳥の魔法は消えていた。大地たちの近くに戻っていたイグニスが、ロータスを睨みながら不満そうな声で言い放つ。せっかくの楽しみを邪魔され、かなりご機嫌斜めである。
「しかし……たかが剣で……」
「アトモスフィアは神剣に進化してるからな。この世に斬れないものなんて無いぞ。あたいたち土地神の本体でも消滅させられる」
「主様との絆で進化した。天地滅殺、神剣アトモスフィア」
異形のロータスを倒しきったあと、大地の憑依は解除されていた。人の姿になったアトモスフィアが、ドヤ顔を決めながら倒れているロータスを見下ろす。
「しかし相手が邪霊とはいえ、てめぇは憑依術を使った。その対価はきっちり取られたな。寿命を吸われるなんて、ざまぁねぇぜ」
手足は枯れ枝のように痩せ細り、白くなった頭髪はほとんどが抜け落ちて、見る影もない。顔には深いシワが刻まれ、老衰しきった姿は生きているのが不思議なほどだ。誰が見ても明らかなのは、もう先が長くないことだけ。
全裸で地面に横たわるロータスを放置し、イグニスたちは大地の近くへ集まる。
「カローラちゃん、しっかりして!」
大地の手に抱きかかえられた盟主は、体が半分透けていた。ロータスとの絆が完全に絶たれ、彼女を現世にとどまらせる力は、大地の言葉でわずかに戻った思い出だけ。しかし契約の力には到底かなわない。
「……ダ、イチ?」
「そうだよ、カローラちゃん。助けに来たから、安心して」
「目が……よく、見えない。……それに、声も遠い」
「僕と契約しよう。そうすれば元気になれるから」
大地は盟主をそっと抱きしめ、よく聞こえるように耳元で思いを伝える。
「けい……やく? よく、わから……ない」
「マスターと繋がりたい、そう強く念じて下さい」
「・・・・・」
黒い意識体だった彼女は、どうしてロータスと契約できたのかを知らない。そもそも精霊としての自覚がなかったため、自分の身になにが起きているのかすら判っていないのだ。
「……あのね。人形、なくしちゃって……ごめん、なさい。カメリアにも……あやまり、たい」
「謝らないで、人形はまた買ってあげるから。鳥でも猫でも犬でも、好きなものを選んでいいよ。もし欲しい物がなかったら、バンブーさんにお願いしてみようね」
「……うれ、しい」
話をしている間にも、盟主の姿は徐々に薄くなっていく。大地は助けを求めるように周りを見るが、一人残らず目を伏せてしまう。そんな時、大地のもとへイチカたちが駆け込んでくる。
合体魔動王 Ωロータス一世
(唯一の弱点は剥き出しの顔)
次回は「第12話 降臨」です。
果たして、その人物とは……




