第5話 調査依頼に出発
今日は二人で活動する初日ということで、仲介ギルドへ顔を出すことにした。シアには早く街の生活に慣れてもらいたいし、しばらくは仕事を請け負いながら、色々な場所へ行くつもりにしている。
依頼の張り出されている掲示板を眺めながら、配達やお使いの仕事がないか探していく。これからはリョクにも手伝ってもらえるので、少し大きな荷物でも大丈夫だ。
「少し気になる依頼があるんだが、これを受けてみないか?」
シアが差し出してくれた依頼表には[所有者不明用地の調査と住人の確認]と書かれてる。場所はかなり街はずれの方だから、整備されてない林のある辺りかな。
「へー、調査依頼なんて初めて見たよ」
「本来なら民間に委託するようなものではないからな。ここに張り出しているなら危険はないと思うし、なぜか気になってしまったんだ」
「(……もしかして、それってシアの持ってる、【占術】のお告げみたいな感じ?)」
「(こんな感じは初めてだが、その可能性は捨てきれないな)」
【占術】は物事の吉凶が感じられるスキルって話だし、なにか珍しいものが見つかったりするのかもしれない。小声で相談しながら、依頼の詳細を聞いてみることにした。
「この依頼を受けてみようと思うんですが」
「はいー、ありがとうございますー。これ街からの依頼なんですがー、報酬も少ないので受けてくれる人がー、いなかったんですよー」
よく手続きをしてもらう、魔人族のお姉さんに依頼票を渡す。のんびりした喋り方をする人で、受付嬢の中では一番話しやすい。最初に見た時はツノが生えていて怖いと思ったけど、この人を見て安心したもんな。
「どうして民間に委託されたんですか?」
「街から何度かー、調査に行ってるんですけどー、なぜか皆さん書類をなくされるんですー」
どうやらそこには古い家があり、持ち主が不明のまま長年放置されていたらしい。最近になってその事実がわかったので、街から調査員が派遣された。しかし調査から戻ってくると、結果を記入した書類を紛失し、住人がいたかどうか覚えていない。そんなことが何度か繰り返され、気味悪がって誰も行かなくなってしまう。そこで仲介ギルドに依頼が出されたそうだ。
話を聞く限り怪我をしたり、病気になったりはしていない。無くなったのは書類だけだし、全員無事に戻ってきている。家に住人がいたか覚えてないというのは少し怪談っぽいけど、何らかの状態異常ならサクラがいるから大丈夫だろう。
「そういえばー、いつも連れてた白い精霊はー、どうしたんですかー? 代わりにー、女性が増えてますけどー」
「えっと、スズラ……白の精霊はいつも僕の隣りにいてくれますよ」
「それはもしかしてー、〝キミは永遠にボクの心の中にいるからね〟とかいうやつですかー? 上級精霊になったのにー、もったいないなー」
いやいや、違いますから! 遠い場所を見るように、斜め上方へ視線を向けないでください。あなたの目の前でニコニコしてるのがスズランです。
「ほら見てください、これ。これから探索者としても活動していこうと思ってるんです」
「そういえばー、さっき腕輪を預かったときー、変わってましたー」
「こちらにいる中級探索者と知り合えたので、色々教えてもらえることになりました。右にいるのは、僕のサポートをしてくれる女性です」
「中級探索者に教えてもらえるなんてー、すごいですー。反対側にいる人も美人さんですしー、ダイチさんもなかなか隅に置けませんねー」
「迷宮は色々危険があると聞きますから、白い精霊には宿で留守番してもらうことにしたんです」
「白い精霊はー、お留守番なんて出来るんですかー、知りませんでしたー。今日の依頼は危険がありませんけどー、場所が遠いのでー、気をつけて行ってきてくださいー」
なんとかごまかせた気がする。おっとりした人で良かった。白い上級精霊を連れてる僕は、ある意味目立つ存在だったしな。根掘り葉掘り聞かれる前に、とっとと退散しよう。
◇◆◇
街はずれに向かう道はめったに人が来ないので、サクラにも出てきてもらってのんびり歩く。途中で買ってきたお弁当を食べたりしたから、なんだかピクニックに来たみたい。
「なんか、こういうのも楽しいね」
「私はマスターと一緒なら、どんな事でも楽しいです」
「日差しを浴びながら自然の中を歩くのは久しぶりだが、やはり気持ちのいいものだな」
病み上がりのシアに長距離移動は大丈夫かなと思ったけど、疲れた様子もなく歩いている。シアの作った眠り薬って、もしかしたらコールドスリープみたいな効果があるのかも。同じような原理なら肉体を維持したままで、長時間眠るなんてことも出来そう。
「マスター、シア様、あの家が目的地みたいですよ」
「へー、思ったより傷んでないんだね」
「確かに人の手が入っている感じがするな」
視界の開けた場所に現れたのは、まさに〝洋館〟といった佇まいの家だ。二階建ての細長い造りで、外壁はベージュ色のレンガで出来ている。窓枠や柱は黒く、屋根も同色だ。外から見る限り二階が四~五部屋で、一階が三~四部屋だろうか。
向かって右端にポーチがあり、大きめのひさしには手すりが付いてるので、下が玄関で上がバルコニーかな。あんな高いところで、優雅にお茶とか飲んでみたい。
「誰も出てこないね」
「留守なのかもしれないな」
「家のかたが戻ってこられるまで、待ってみますか?」
玄関扉についていたドアノッカーを鳴らしてみたけど、中から誰か出てくる気配はなかった。人が住んでるなら書類に名前とか書いてもらわないとダメなんだけど、どうしよう。
「依頼には土地の調査も含まれていたし、少しだけ調べさせてもらおう」
「どこから調べようか」
「時間も惜しいから手わけをしよう、私は裏庭の方を見てくるよ」
「じゃあ僕は庭と建物の周りを調べるけど、気をつけて行ってきてね、シア」
「ああ、ダイチも何かあったら、大声で私を呼ぶんだぞ」
リョクと一緒に裏庭へ向かうシアを見送り、僕たち三人は庭をぐるっと歩いてみる。家は林を切り開いた場所に建ってるけど、庭はしっかり整地されていた。雑草もあまり生えてないし、ちゃんと管理されてるって感じだ。広さはテニスコート二面分くらいとれるかな。こんな広い庭の家に住むのは、日本だと難しそう。
そんな事を考えながら家の周りを歩いてたら、玄関の扉が開いて誰かが出てきた。
「あら、またお客さんなのね。最近多いのだけど、今度も同じ用事かしら」
家から出てきたのは、髪の毛を両サイドで結んでいる、ツインテールの少女だ。色はかなり濃いけど、紫色っぽい。ぱっと見た感じは人族の子供だけど、こんな色は初めて見る。スズランの方に視線を向けてみても、首を横に振るだけ。
「えっと、この家の人なのかな?」
「えぇそうよ。私が家の主だけど、なにかご用?」
まだ小学生くらいの体格なのに、この家の持ち主らしい。親御さんとかどうしたんだろう。もしかして幼い子供を残して死んでしまったとか……
「ギルドの依頼を受けて、ここの調査に来たんだ。家とか土地を調べさせてもらいたいんだけど、構わないかな?」
「懲りもせずまた来たのね。もう今日は帰ってもいいわよ」
僕を見つめる綺麗な金色の目が少し細められたから、やっぱり勝手に入ってきたことを怒ってるのかも。一応ちゃんとノックはしたんだけどなぁ……
「勝手に調べ始めたのは申し訳ないと思うから謝るよ。この書類にサインだけしてもらえたら、今日はもう立ち去るから許してもらえないかな」
「……もしかして、私の魔眼が効いてない?」
「まがん?」
小声でなにか言ってるけど、よく聞き取れない。スズランとサクラの方を見たけど落ち着いてるし、なにかされたってわけじゃないと思う。
「ふ~ん、あなたなかなか面白いわね。よく見ると可愛い顔をしているし、もっと近くで見せてくれないかしら」
年下っぽい少女に可愛いって言われたのはショックだよ。こちらを見上げる君のほうが可愛いと、何度でも言いたい。服はゴスロリっぽい黒ドレスだし、ツインテールの毛先がクルッと巻いてるのなんて、なんとも言えない愛らしさがあるのに!
まあ、こんな辺鄙な場所で暮らしてるんだから、人恋しくなったのかも。来い来いと手招きしてる姿から悪意は感じられないし、しゃがんで目線を合わせてみよう。
「ダイチ離れろ! そいつは吸血族だ!!」
「えっ!?」
家の影からシアが現れ、慌てた様子でこちらに走ってくる。この世界に吸血族なんていたんだ、そう思って少女の方を見ると、小さな口を開けながら僕に迫っていた。
鋭い犬歯をきらめかせながら。
――そして首筋に針を刺すような痛みが走る。
受付嬢:(`・ω・´)ゞ <無茶しやがって……




