第5話 無茶なことをしやがって……
まさに地獄絵図だった。上空から飛来した隕石にモンスターが押しつぶされ、運良く逃れられたとしても爆風に巻き込まれ消えていく。赤熱化した地面はモンスターを容赦なく飲み込み、次々飛来する隕石がエーテルごと霧散させてしまう。
そこで発生した輝力が砦に設置されている超大型輝石へ吸収されていくが、あっという間にキャパシティーの上限へ達してしまった。
「プッ、プリムラ長官! このままでは輝石が爆発します!!」
「うわー、三年くらいの輝力が溜まっちゃったのか。とりあえず地下の伝送管に流しちゃって。あとは探索者ギルド本部がなんとかしてくれるはずだから」
砦の技師が慌てて持ち場へ戻り、溜まった輝力をゼーロンへ供給する。砦にある超大型輝石は、いわゆる非常用電源だ。何らかの理由で輝力が足りなくなった時、地下施設を維持するために使われる特別なもの。設計上の容量は三年分とされており、当時から無駄にでかいと批判されていた。それがいま爆発しそうなくらい輝きを増す。
平時はひと月分の輝力を保持している輝石が、一気に満タンになってしまう。大地の使った魔法は、いわゆる戦略級と呼ばれるものに分類される規模であった。
「今の魔法、すごく面白かったね! あれは坊やの魔法に、オルテンシアが付与したのかい?」
「はい、そうですエトワール様。サクラの持っている【避魔】は、当たった魔法を受け流してしまうのです。すると行き場を失った魔法が、本来ありえないものに影響してしまう。それが今の現象です」
「下手すると術者に還ってしまうので、エトワールさんは真似しないでくださいよ」
屋上にいる面々が目の前の光景を唖然と見つめるなか、キラキラとした目でエトワールが大地たちに詰め寄る。
「そうなのかい、坊や。【付与】のスキルが発現したら試そうと思ってたのに、残念だよ」
「それぞれが持つマナの相性に影響されるらしく、私とダイチのように……その、ふっ、深く繋がった者同士しか」
両手の人差し指を突き合わせながら、モジモジしだしたオルテンシアの頭に、大地がそっと手を置く。話の流れで恥ずかしいことを言ってしまったオルテンシアは、赤く染まった顔を見られないように大地の胸へ縋りついた。
「人族がこの規模の魔法など、たとえ精霊の力を借りたとしてもありえん……」
「デタラメですわ……」
「なあダイチ。その魔法で他の場所にいるモンスターも倒せないか?」
「僕の制御力だと、精密な魔法行使は無理なんです。それに精霊たちへの負担も大きいですから、連射はできません」
「私たち六人の精霊が力を合わせても、数日に一度が限度なのです。申し訳ございません、ガムボウ様」
大地たちがこれだけ規模の大きな魔法を使うのは初めてだ。それぞれの精霊にかかった負荷の大きさに、スズラン自身も驚いている。
「謝らなくてもいいぞ、スズラン。これだけ潰してくれりゃ、前回の大氾濫と同じかやや少ない規模だ。これ以上やられたんじゃ、俺たちの暴れる分がなくなる」
「ノヴァ殿の言う通りなのだ。ここまで来て何もせず帰ったのでは、ただの観光なのだ」
「まあ鉄壁の二つ名分くらいは働かんとな。ダイチはどうする、休んどくか?」
「いえ、僕も行きますよ。なにせアスフィーがいてくれますから」
「任せて、主様」
「ここからキナーナ方面は、まばらにしかモンスターが残ってないみたい」
クロウは大地の魔法が発動した直後に飛び立っていた。彼から受け取った報告や、スミレのスキル情報を元に、モンスターの分布状況を書き換えていく。
「我らが責任をもって、撃ち漏らしを掃討しよう」
「殲滅戦は得意なのですわ」
ショックから立ち直ったラディッシュとエシャロットが、魔法の真髄を見せてやると意気込む。コト方面は森や障害物が多く、魔法で一気に数を減らすのは難しい。それに連携の取れない相手との共闘は、思わぬ事故を誘発する。
となれば緻密な魔法行使を得意とする賢聖にとって、撃ち漏らしの掃討は最も適した戦場なのだ。
「探索者たちはすでに配置を終えています。増援も手配していますので、決して無理はしないでください。囮になる大型輝石は、ここカンロック側の砦から、左右に二十個配置ずみです。キナーナ方面は賢聖のお二人と上級探索者に任せましょう。激戦区はコト方面になります」
迷宮の外に出たモンスターは、輝石の持つエネルギーに引き寄せられる。そのためチャージ済みの大型輝石を、自分たちの移動と同時にトロッコ列車で運んでいた。
プリムラの指揮で各部隊の配置を再調整し、大地たちは最も戦闘が激しくなるポイントへ向かう。
いよいよ決戦の時は近い。
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一方その頃ゼーロンの地下にある貯蔵庫では、砦から伝送される輝力を見た技師たちが、一斉にざわめき出す。
「こんな一気に来るなんて聞いてないぞ! 上でなにが起こってるんだ」
「最新の情報では、カンロックからキナーナまで埋め尽くしていた全てのモンスターが、たった一発の魔法でほとんど消滅したそうです」
「さっきの振動はそのせいか。まったく無茶なことをしやがって……」
主任の男性は、制御パネルを操作しながら、部下へ質問をづづける。
「それで、どんな魔法を使ったんだ?」
「上空から炎につつまれた石を、多数落下させる魔法だそうです。観測員によると、地表に落ちたものから爆発し、次々モンスターを屠っていったのだとか。なんでも、この世のものとは思えない光景が広がっていた、と……」
「それでこの有様か。砦の輝石を超大型にしておけと言った大賢者様は、こうなることを予想していたのかもしれんな」
実は面白がって輝石をどこまで大きく出来るか試しただけなのだが、当時生まれてもいなかった技師たちがそれを知る由もない。しかも今回の一件で限界が見えてしまったため、さらなる大型化を企てていたりする。
「割れ目が発生したあとは、迷宮内のモンスターが減少するとか言われてますけど、これだけあれば安心ですね」
「前回は大氾濫のあとに輝力不足で大変だったらしいからな。我々は少しでも無駄が出ないよう、均等に割り振ってやらねばならん」
輝力を貯めることの出来る輝石は、時間の経過とともにエネルギーを放出してしまう。充電池の自然放電と同じ現象だ。しかもキャパシティーの上限に近づくほど、放出量が増していく。そのためこの貯蔵施設には、多数の大型輝石が並べられている。
どの輝石にチャージするかは手動操作のため、技術者たちは腕の見せ所だと意気込む。
「あっ、そうそう聞きました? 中央塔に歌姫が残ってるらしいですよ」
「天空の翼に所属しているのは、リナリアたんだったな。ということは、この真上にリナリアたんがいるのか! うぉー、萌えてきたぞーッ!!」
主任技師は、リナリアの大ファンであった。
次回の舞台は中央塔。
そこにはリナリアとアイリス、そしてエアリアルの姿が。
「第6話 セントラル・タワー」をお楽しみに。




