第4話 次の日の朝
――朝日が眩しい。
この世界に来て早寝早起きが身についたけど、今日は寝過ごしてしまったかも。なにせスマホやゲーム機なんて無いし、明かりの魔道具で使う輝力だって無駄にできない。暗くなったら寝る、ここではそれが基本だ。
いつもは森に行ったあと少し仮眠を取るけど、昨日はずっと起きたままだった。徹夜してしまったんだから仕方ないね、うん。
「おはようございます、マスター。よく眠れましたか?」
「おはよう、スズラン。サクラとリョクもおはよう。昨日は寝落ちしちゃったみたいだけど、おかげでよく眠れたよ」
女の子が増えて緊張して眠れなくなるかも、なんて心配してたけど気がつけば寝てしまってた。ゲームで徹夜した翌日とか、もっと頑張れた気がするんだけど、やっぱり年かな。
……って、僕の年齢でそんなこと言ってたらダメだ。ずっと座ってやるゲームと違って、森や街を歩き回ったから疲れが出たんだ。そうに違いない。
「あっ、シアはまだ寝てる?」
「はい、私の横でよくお休みですよ」
軽く頭を持ち上げてスズランの向こう側を見ると、すぐ近くにシアの寝顔があった。少し丸くなるような格好は、ちょっと猫っぽくて可愛い。寝る時はもっと向こうにいたけど、いまはスズランに触れそうなほど近づいてる。暖かい場所を探してたとかかな。
「スズランはベッドの段差とかで寝にくくなかった?」
「全く問題ありません。むしろお二人に挟まれて、幸せなくらいです」
元々離して置いてあったベッドを、いまは横に連結した状態で使っている。その中心部分に寝てるのがスズランだ。それは眠る直前に、こんなやり取りがあったせい。
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「今日は色々あったから、そろそろ寝ようか」
「そうですね。マスターは昨夜寝ていませんし、早めに休まれる方がいいでしょう」
「私も薬を使った睡眠ばかりだったし、同じく休むことにしよう」
「ではマスター。隣、失礼します」
「待てスズラン。君はこっちのベッドで眠るんだ」
「私はマスターの精霊です。たとえ眠っている間でも、離れるわけにはいきません」
「みだらな行為は禁止といったはずだぞ」
「添い寝のどこが淫らなのですか、これはただの信愛行為です」
「しっ、しかし、年頃の男女が一つのベッドで眠り、間違いが起きたらどうする」
「間違いとは一体どのようなものを指すのですか?」
「それは、せ、せ、せぃ……って、私の口から言えるかっ!」
「ふふふ、ではこうしましょう。私はマスターの隣で眠りたい、シア様は私を自分のベッドで眠らせたい、この二つを同時に叶える名案があります」
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そんなことがあって、ベッドを連結することになった。昨日はシアを煽りすぎて逆効果じゃないかと思ったけど、気がつけばこんな結果になっている。スズランが策士すぎて怖い! これが有名な孔明の罠ってやつなのか? 僕はとんでもない精霊を生み出してしまったようだ。
まあ、シアの前でなにかするつもりはないけど、あれだけぐっすり眠ってたら監視もなにもないよな。
「スズランもこんなこと、よく思いついたよね」
「マスター以外の方と一緒に過ごしてみて気が付きましたが、私ってとても欲張りみたいです。シア様ともっと仲良くなりたい、マスターともっと一緒にいたい、そう考えた時に閃きました」
「そうやって隣でぐっすり眠ってる姿を見る限り、仲良くなりたい作戦は成功かな」
シアと繋がったからだろうか、なんか二人の仲がすごく良くなってる。森の小屋で何があったのか、気になって仕方がない。だけど女の子同士が仲良くしてるのって、ちょっといいと思う。日常系アニメみたいに、もっとキャッキャウフフしてほしいかも……
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「いきますよシア! そーれっ」
「こらスズラン、どこに打ってるんだ」
「シアが取りにくい場所にばかりボールを打つから、おかえしです」
「運動部の君と文化部の私では基礎体力が違うんだから、ハンデだハンデ」
「見た目や言葉遣いはシアのほうが運動部っぽいのに、体力はからっきしですからね」
「おしとやかな見た目と言葉遣いで、スポーツ万能のスズランには言われたくないな」
「そんなあべこべの二人だから、こうして仲良くなれたんですよ」
「まさかこの私が夏の海辺でビーチボールに興じるなど、思いもよらなかった」
「私は同じクラスになった時から、シアとこうやって二人だけで遊びたいって思ってました」
「まったく……スズランは可愛いやつだ」
「可愛さという点では、シアに勝てる気がしません」
「ふふっ、スズランにそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」
「私にとってシアの全てが愛おしいですから」
「……スズラン」
「……シア」
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どんな妄想してるんだよ、僕の頭は。そもそも二人が日本の学生という設定に無理がある。制服とかむちゃくちゃ似合いそうだけどっ!
しかも二人はなんで水着なんだ。そりゃあスズランのビキニ姿は見てみたいし、シアの妖精プロポーションだって捨てがたい。大小に貴賤はないからね。だけど背景に百合の花が咲き乱れている絵面は、僕の想像力だと映像化は困難。残念とか思ってない、思ってないから!
「ん……あれ? ……ここは、どこだ?」
妄想の波に飲み込まれそうになっていたら、シアが目を覚ましてくれた。
危うく溺れるところだった、危ない、危ない。
「おはようございます、シア様」
「おはようシア。よく眠れた?」
「あぁ……そうか、今日から宿で寝泊まりしてるんだったな。薬を使わなかったから、久しぶりに本当の睡眠が取れた気分だよ」
ゆっくり意識が覚醒してきたらしく、シアは目をこすりながら上半身を起こす。白くて長い髪が少し乱れてるし、あとでブラシを通したほうがいいかも。スズランにお願いしておこう。
「それで、君たちは朝っぱらから何をやってるんだ?」
「おはようのなでなでだよ」
「これをマスターにやってもらわないと、一日が始まった気になれないんです。よろしければシア様もいかがですか?」
「なっ!? 子供じゃないんだから、頭を撫でもらう必要はない!」
顔を赤くしたシアが、座ったまま反転して後ろを向いてしまった。昨日は普通に撫でさせてくれてたけど、今日はだめなんだ。そういえば一緒に寝たり、手を握られたりしたらドキドキするけど、頭を撫でる時は変に意識しないですむ。なんでだろう?
そんな事を考えていたら、後ろを向いたままのシアが近づいてきた。頭にそっと触れてみたけど嫌がらないし、このままなでなでを続けても良いのかな……
こうして、新しい一日が始まった。
次回はいよいよイベント発生です。
お楽しみに!
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新しいPCが到着予定なので、更新が少し滞るかもしれません。
間が空いたら「環境移行に失敗したな」とでも思って下さいw