第2話 絶体絶命
本日2回め、昼の部の更新になります。
ひどくゆっくり時間が流れていく。
何が起きたのか理解できず、呆然としていたんだろう。
きっと間抜けな表情をしてたに違いない。
こちらを見つめる歪んだ笑顔が遠ざかっていくのを見て、二人に突き飛ばされたんだと理解できた。
そして、お尻に強い衝撃を感じた瞬間、鈍い動作音とともに開口部が閉じていく。
「どうして……」
閉じ込められる前に脱出しなければ、心は警告を発しているのに体は動かない。目の前の光景を見つめながら、口からこぼれたのはそんな言葉だ。
『悪く思うなよ、ダイチ』
『探索者なんて、いかに相手を出し抜くかで勝負が決まるんだぜ。役立たずの精霊と契約してるような田舎もんには、いい勉強になっただろ?』
「隠し通路が見つかったら、ここから出られるんだよね!? 後からちゃんと、迎えに来てくれるよね?」
アークとヤークの二人は、この世界のことをあまり知らない僕に、とても親切だった。色々なことを教えてくれたし、他国の話を聞きながら夜通し語り合ったこともある。付き合いこそまだ短いけど、この世界でできた初めての友人だと思ってたのに……
『まーだそんなこと言ってんのか、この甘ちゃんはよぉ』
『一つ言い忘れていたが、その部屋から出られた者はいない。ここにある隠し通路が攻略されていないのは、そこで全員死んでいるからだ』
その言葉を聞いた瞬間、すべての音が遠ざかっていく。外で二人はなにか話しているみたいだけど、その声は全く頭に入ってこない。
そして僕の意識は、黒く塗りつぶされていった。
◇◆◇
――リィィィィィーン、リィィィィィーン
どれくらい時間が経ったのだろう、スズランの声を聞いていると、思考がクリアになっていく。きっとこの精霊が持っている、【応援】と【安定】スキルのおかげだろう。
アークとヤークは隠し通路に入ってしまったのか、話し声は聞こえてこない。
「ありがとうスズラン、もう大丈夫だよ。僕のせいでこんな場所に閉じ込められて、ごめんね」
――リィーン
顔の近くに飛んできたスズランが、その小さな体を頬にこすりつけてくる。二人っきりのとき、よくこうして甘えてくれるけど、この姿に何度も癒やされてきた。
この世界では役に立たない精霊とされ、契約してる人は誰もいない。だけど僕にとっては、一番頼りになる相棒だ。知らない世界に飛ばされて、不安に押しつぶされそうになったとき。なかなかこの世界の暮らしに馴染めず、友人ができなくて寂しくなったとき、いつもスズランが慰めてくれた。
そんな大切な存在を守るためにも、なんとかここから脱出して迷宮の外へ帰りたい。
暗闇に慣れてきた目で辺りを観察すると、細長い部屋だというのがわかった。奥の方にも石積みの壁がうっすら見えているから、完全な密室に閉じ込められたようだ。
「どこかに扉を開けるスイッチがないか、探してみよう」
そう言って立ち上がった瞬間、部屋の中に振動が響き渡る。扉が開いたのかと思って後ろを見ても、そこは閉ざされたまま。
――リィィィィィーン、リィィィィィーン
警告のようなスズランの声に振り返ると、奥にあった石の壁が無くなっていた。その向こうには大きな空間ができていて、赤く光る目に埋め尽くされている。
「あっ、あれはゴブリン!?」
歯ぎしりのような不快な声を上げながら近づいてくるのは、尖った耳と曲がった鼻が特徴の小さな人型モンスターだ。服はボロボロの腰布だけで、手には歪んだ木の棒を持っていた。そして肌の色は明らかに人と違う。
この世界でも弱いモンスターに分類されるけど、とにかく数が多すぎる。こちらの武器は棍棒だから、あまり殺傷力は望めない。唯一の救いは部屋が狭いため、一度に襲いかかってくる数が少ないことだ。
「スズランは僕が守ってあげるからね」
――リィーン
戦いを止めようとしているのか、スズランが胸にしがみついてきた。その頭をそっとなでて、僕は棍棒を構える。襲ってきた一体に振り下ろすと、うまく頭の部分に当たり光となって消えていく。それを見て警戒したのか、他のゴブリンたちが一瞬立ち止まった。
絶対に最後まで諦めない、せめてスズランだけでも逃してあげたい。
僕はそう決意して、棍棒を構え直す――
◇◆◇
とにかく無我夢中で棍棒を振った。技術や戦略なんてまったくない。手痛い反撃を何度も受け、体のあちこちに疼痛がする。奥の部屋から湧き続けているのか、ゴブリンの数は全く減っていなかった。絶望に何度も押しつぶされかけたけど、スズランの声を聞くたび心が沸き立つ。
しかし、そんな奮戦も長くは続かなかった。
――バキィッ!!
「あっ!?」
持っていた棍棒が連戦に耐えきれず、持ち手の先から折れてしまう。それを見たゴブリンたちが、一斉に襲ってくる。こちらに向かって振り上げられる武器を見た瞬間、スズランを両手で胸に抱きよせ、その場にうずくまった。
「スズランだけは絶対に守ってみせる!」
――リィィィィィーン、リィィィィィーン!?
背中や肩に当たる木の棒がすごく痛い。ゴブリンたちは声を上げながら何度も棒を叩きつけ、弱い僕をなぶって遊んでるみたいだ。どこか切れてしまったらしく、顔をぬるりとした液体が伝ってくる。
流れ落ちた血がスズランにかかると、腕の中で手足を振りながら暴れはじめた。大切なものを守る力もない、そんな自分の不甲斐なさを感じ、目の前の光景が涙で歪む。
「ダ……ダメだよスズラン、いま出ていくと殺されちゃう」
――リィィィィィーン! リィィィィィーン!
「大丈夫……僕は………大丈夫、だか……ら」
――リィィィィィィィーーーン!!!
いつもより強い声が聞こえた後、突然スズランの体が光だし、腕の中からするりと抜け出してしまう。そしてゴブリンたちが湧き出す部屋の方に飛んでいくと、その体をさらに明るく発光させる。溢れ出る光は部屋を白く染め、驚いたゴブリンたちの攻撃も止んだ。
「スズラン、何してるの!? そんな所にいたら危ないから戻ってきて! お願いだよ」
僕の声を無視するように、スズランの体から出る光はどんどん強くなっていく。そしてそれが弾けると、辺りに静寂が訪れた……
「そっ、そんな。スズランのことは僕が守るって言ったのに。どうして、どうしてこんなことを……。うっ、うっ、うわぁぁぁーーーーーっ!」
―――――・―――――・―――――
そこから先のことは、よく覚えていない。
いつの間にか開いていた扉を抜け、闇雲に走り回ったんだと思う。
そして気がつくと、この街で利用している宿屋のベッドで泣いていた――
夕方に第3話を投稿し、プロローグは終わりです。
色々と説明不足ですが、本編開始までお待ち下さい。