第15話 三人の賢聖
ゼーロンで対策会議が開かれることになり、世界中の要人を集める準備が進められていく。迷宮の暴走がいつ引き起こされるのかわからないため、翌日の早朝からラムネの転移を使って各国を回ることに。まずはオッゴにある神樹の聖地だ。
転移門をくぐると、いつか見た立派な樹が目に入る。あの頃より葉っぱが生い茂り、幹も一回り大きくなってるな。封印していた妖虫がいなくなり、本来の姿を取り戻してるってことだろう。
「おとーたん、すごくおっきいひといゆ!」
「あそこにいる神樹からもらった種で、ユグが生まれてきたんだよ」
「じゃあ、ゆぐのおかーたん?」
「うーん。お母さんはニナだから、ユグのお姉さんかな」
エアリアルさんのお願いで、ユグもこの場に来てもらった。緊急時に子供を連れ回すのは、どうかと思うんだけどね。なにか重要な意図でもあるのかな? まああの人の性格だから、長老や賢聖を驚かそうとしてるだけかも。
「久しいな皆の衆」
「ご無沙汰しております、長老様。上級昇格認定の時に推薦していただき、ありがとうございました」
「それくらいなんてことはない。お前たちは神樹様を救ってくれたのだからな」
「ところで、お前さんの抱いておるのは、どこの子供かの?」
三人の長老が挨拶に来てくれたけど、僕が抱っこしてるユグに視線が集中してる。
「おはよーございます、ふぁーおじーたん、あどおじーたん、すとおじーたん」
「来孫ができたようで、なんとも面映ゆい」
「幼子にしては挨拶がしっかりしていて、立派ではないか」
「めんこいのー」
来孫って確かひ孫の孫だったっけ。さすが長寿種族だ、五親等とか普通にありえるっぽい。だけど不審そうな表情をしてたのに、一瞬で目尻が下がったぞ。やっぱり僕の娘は最強だ。
「やっほー、よく来てくれたね」
「あっ! えあおねーたーん」
神樹の上から降りてきたエアリアルさんが、リナリアの後ろから抱きついて頭におっぱいを乗せる。その姿勢大好きですよね、あなた。
「あー、今日も癒されるー」
「おはようございますなの、エアリアルさん」
リナリアも慣れちゃったのか、あまり文句を言わなくなったな。もしかすると、もう諦めて受け入れることにしちゃったとか。クロウはその上に乗りたそうな視線を送ってるし、場がカオスになってきた。
僕がそんなことを考えていると、詰め所の方から三人の男女が現れる。ユーフォルビアさんも居るということは、あれが三人の賢聖みたいだ。一人は人間なら五十歳くらいに見える男性、もう一人は四十歳くらいの女性。どちらも威風堂々としていて、なんていうか隙がない。
こちらに近づいてきた三人がエアリアルさんの前に並び、片膝を付きながら胸に手を当てお辞儀をする。
「第百二十六代賢聖ラディッシュ」
「第百二十七代賢聖エシャロット」
「第百二十八代賢聖ユーフォルビア」
「「「只今参上いたしました」」」
軍隊のような歩き方と隊列、そして一糸乱れぬ礼のしかた、もしかして練習しまくってませんか? それくらいきれいに揃ってたんですけど……
「キミたちは相変わらず堅いなー」
「畏敬する土地神様の御前ですので」
「ご尊顔を拝覧できるだけでも光栄の極み」
「全てはエアリアル様の御心のままに」
ファーイさんがこっそり教えてくれた話によれば、神樹が抱えてきた負担を他種族が解消してしまい、賢聖のプライドはズタズタに打ち砕かれてしまった。それをエアリアルさんが、うまく立ち直らせたらしい。そんな出来事があって以降、あんな感じで崇めまくってるそうだ。
まあ信仰の対象になってるエアリアルさん本人は、リナリアの頭におっぱいを乗せて、だらけまくってますが!
「君たちが神樹様を救ってくれたという者たちかね」
「はい、僕が天空の翼のリーダー、大地です」
「エアリアル様の前だ、とりあえず礼を言おう」
三人で頭を下げてくれたけど、なんか素直じゃないな。エアリアルさんも苦笑してるじゃないか。まあ自分たちのプライドを傷つけた相手だし、思うところはあるんだろう。
「ですが子供連れというのは感心しません、ここは遊び場とは違うのですよ」
「うぅ……ごめんなさい、えしゃおばたん」
「いっ、いえ、絶対に来てはいけないという話ではありません。ただ、今は緊急時ということで……」
ユグに謝られたエシャロットさんの声が、尻すぼみになっていく。よしよし、ユグは偉い子だね。本気で怒ってるわけじゃないみたいだから、気にしなくてもいいよ。しょんぼりしてしまったユグの頭に、僕はそっと手を置く。
「その子は私が呼んだんだよ。なにせイルカ島にある神樹の意識体だからね」
「「「「「「……なっ!?」」」」」」
「私たちはここで少しお話してるから、ユグちゃんはあそこの神樹と遊んでもらっておいで」
「おとーたん、いっていい?」
「ユグのお姉さんだから、ちゃんと挨拶するんだよ」
「あい!」
僕の腕から降りたユグが神樹の根本に走っていき、ペコリと頭を下げる。すると枝が数本伸びてきて、そのままユグを持ち上げた。
「わーい、おとーたんよりたかーい」
「うわー、あんな高い場所まで行っちゃったよ。いいなー、ボクも登ってみたい」
「まあ俺様が連れてってやってもいいが、それは今度の機会にしておくぜ。とりあえずユグの様子は見といてやる、安心して話をしときな」
そういえば[伝意]の星が三つ埋まって、相手の耳が捉えた音を聞けるようになった、とか言ってたっけ。ホントこの二人って、どんどん一心同体になっていくな。
眼の前で繰り広げられる様子を、賢聖の三人と長老たちは唖然と眺めてるけど、情報が多すぎて処理できないんですよね。わかります、みんな同じですから。
◇◆◇
とりあえず現状と今後の予定、そして迷宮解放同盟について情報共有していく。最初に特大のインパクトを与えたおかげで、特殊な精霊の能力やハイエルフになったシアについて、ツッコミが入らなかったのは僥倖だ。
とりあえずオッゴにはユーフォルビアさんが残り、二人の賢聖と長老たちがゼーロンへ向かうことになった。それが決まったタイミングで、枝に乗ったユグが神樹から降りてくる。
「おとーたん、ただいま!」
「面白かった?」
「あい! いっぱいおはなしして、ぷえぜんともらった」
ユグが差し出してくれたのは、透き通った緑の玉だ。大きさはビー玉くらいかな。よく見ると中央に、少し濃い色をした葉っぱが浮かんでいる。
「キレイな玉をもらえて良かったね、ユグ」
「こえもってたら、そとでいっぱいあそべゆんだって」
「いいもの貰えたじゃない。さすがユグちゃんの姉だね」
「えっと、これはユグが外で活動できる時間を増やすアイテムってことでしょうか」
「うん、そうだよ。キミが前に言ってた〝もばいるばってりー〟みたいなものかな」
いやいや、ユグは電気で動いてるわけじゃないですから。言いたいことはわかるんですけど。でもこれがあると、六時間制限がなくなるのか。確かに凄いアイテムだ。人魚族の細工師にお願いして、アクセサリーにでもしてもらおう。
「ありがとうございます、神樹様。これがあればユグにもっと色々なものを、見せてあげられます」
僕がお礼を言うと、神樹の枝が伸びてきて、腕に絡みつく。それはまるで「妹のことをよろしくね」、そんなふうにお願いされているようだった。
エアリアルさんがユグをここに呼んだ理由は、きっとこれだったんだろう。神樹が姉妹に会いたがっていた気持ちを、感じ取ってくれたに違いない。おかげで打ち合わせもスムーズに進んだし、ユグには感謝だな。
さすが僕の娘は世界一だ。
次回はエヨンとイノーニへ向かいます。
主人公たちを救世主呼びするチーフ受付嬢の名前など、終盤へ向かうこのタイミングで色々と判明していきます(笑)
次回「第16話 メンバー集め」の更新をお待ち下さい!
◇◆◇
◎ラディッシュ(Radish:二十日大根)
第126代目の賢聖
プライドは高いが権力には弱い
◎エシャロット(Echalote:西洋玉ねぎ)
第127代目の賢聖
プライドは高いが子供には弱い
◎ユーフォルビア(Euphorbia:トウダイグサ属)
カクタスの父親で歴代最年少の賢聖
プライドは高いが過去に振られたカトレアには弱い
◎三長老(ファーイ/ストアムール/アドニス)
エルフ族を取りまとめる重鎮
名前の由来は福寿草
(ファー イースト アムール アドニス)
三人ともとても柔軟な考え方ができる人物
保守的なエルフ族が徐々に変わっていくきっかけになっている