第14話 ロータスの目的
あれから少し時間を開けたあと、起き上がれるようになったカレンデュラさんに、リビングまで来てもらう。人数が増えていて驚いたのか、扉の近くで立ち止まってしまった。
「ウーサンの国家元首までいるとは、驚いたわ。でも、あそこまで調べが進んでいたこと、これなら納得できるわね」
「一本の糸を手繰り寄せてみると、そこには様々なものが繋がっておったのじゃ。偶然の要素が強かったのじゃがな」
「それにしても、コンサート会場で会ったときより、女性が増えてるじゃない。容姿が人間離れしていて、また自信を無くしそうなのだけど……」
まあ人じゃないですから、それは仕方がないんじゃないかな。だけどこんなに美人でセクシーな人でも、自信をなくしちゃうことってあるんだ。前に会ったときも男性の目を集めてたし、不用意に接近されてドキッとした。思わず手を出したくなる女性なのは、間違いないと思うんだけど……
「わたくしは水を司るナーイアス。ウーサンの土地神です。よろしくお願いしますね」
「あたいは火の守護者、エヨンの土地神イグニスだ。言っておくがあたいたちの前で、嘘やごまかしは通用しないからな」
「私はオッゴにある神樹の管理者、風のエアリアルだよ。ちゃんとお話してくれたら、あなたの身の安全を保証してあげる」
「私わぁ、イノーニの土地神テラだよぉー。お話は手短にしてねぇー。このあとユグちゃんと遊びたいんだからぁー」
ユグを可愛がってくれるのは嬉しんですが、場の空気を読んで下さいよ。なんていうか、最後で台無しって感じじゃないですか。
「神ってどういう事?」
「言葉通りの意味ですよ。水・火・風・土それぞれの属性を司る、高位の存在ですね。人からは神と呼ばれていますが、本人たちによると妖精に近いらしいです」
隣に立っているカレンデュラさんをソファーへ案内し、四人のことを説明してみる。最近は僕たちが贈った服を着ているし、見た目は普通の女性と変わらない。神威も出していない状態だけど、信じてもらえるだろうか。
「参ったわね。こんな存在にも目をつけられていたなんて。ラーチが行方不明になってるのも、ロータスが焦りだして暴走したのも、これが原因なのかしら」
「すいません。ラーチさんというのはモンスターを捕獲して、外に持ち出していた人ですか?」
「そうよ、彼はエーテルの保存に関する研究をしていたの。いずれ地上で輝力を生成して、エネルギー問題を解消するとか言ってたわね。でも、その研究は誰も見向きをしなかった。だから迷宮解放同盟に参加したのよ」
僕たちが調べたタマラックという名前を告げた時、その男はもう死んだと言ってたけど、偽名で活動してたんだな。だけどそんな理想を持っていた人が、どうしてあれほど自己中心的な性格に、変わってしまったんだ?
「あやつは昔、マーレ学園に短期留学しておったのじゃ。その頃の印象は研究熱心で物静かな青年、といった感じじゃったがの」
「昔の彼のことは知らないわ。でも私と知り合ってからも、研究の方向性はどんどん変わっていったわね」
「不可能と言われている輝力の生成。それに民間の研究機関が資金を出すなど、あり得んじゃろうな。じゃが、あえてその道を選んだということは、何かしらの道筋が見えとったのかもしれん。その過程でモンスターの捕縛が必要じゃったのだとしても、最終的にあやつは何を目指しとったのじゃ?」
「彼は一度だけモンスターを、地上へ持ち出すことに成功したの。その頃には地上をエーテルで満たす、なんて口にしてたっけ」
「それは迷宮解放同盟の最終目的じゃな」
「世界中が戦火に包まれていた時代も終わり、人は平和というぬるま湯の中で堕落しきっている。モンスターという驚異を身近に感じることで危機感が芽生えれば、人類は大きく発展していくだろう。事あるたびにロータスは、こう言っていたわ。そんなスリリングな生活は楽しそうだから、私は迷宮解放同盟に参加したの」
カレンデュラさんって快楽主義者なところがあるのかな。自分の研究が第一で、周りの迷惑を一切考慮していなかったラーチって人もそうだけど、迷宮解放同盟にはこんな志向の人が多いのかもしれない。
「エーテルの保存や輝力の取り出しを目指していたのに、いつの間にか目的が迷宮解放同盟と同じになっていた、そういうことですか?」
「いま思うと不思議なのよね。あそこには様々な理由で来た人が多いのだけど、なぜか全員の目的が同じになってしまうのよ。私は自由気ままに生きていければいいから、適当に聞き流してたんだけど」
「不思議なこともあるものじゃな。もしや思考誘導されとったのではないか?」
今の話からすれば、ロータスさんが組織の方向性を定めていたってことで、間違いなさそう。だとすれば、黒い精霊がそんなスキルを持っているのかも。
「ロータスさんは黒い上級精霊と契約していますよね。その子が精神干渉系のスキルを持っていたのでは?」
「人には注意しろって言っときながら、自分が精霊の姿を見られてるじゃない。まあそれは置いといて、上級精霊を持ってるのは、彼だけなのよ。私やラーチは中級精霊しかもらってないし、四つ目のスキルになにが存在するのか、本人以外はだれも知らないわ」
黒の中級精霊の持っていたスキルは、姿を隠す【潜行】、特殊な攻撃を防ぐ【無効】、そしてモンスターを遠ざける【忌避】があるらしい。アイリスの暗示は攻撃とみなされたから、スキルで無力化されたんだろう。
「その黒い精霊を生み出したのが、特級精霊であるカローラちゃんですね」
「そうよ。アレに霊力の宿ったものを与えると、黒い精霊へ変えてくれるの。機嫌次第で失敗することも多いから、苦労していたみたいよ」
スズランのように新たに生み出すのではなく、形あるものを変質させていたのか。いくら霊力の宿ったものでも、元が物質だから心を持たなかったのかな。
「お主に与えられた精霊は、どこにおるのじゃ?」
「私が暴走した精霊に襲われた時、身代わりになってしまったの。そうでなければ、私は死んでいたかもしれないわ」
「あの子たちは心を持たない存在ですが、きっとカレンデュラ様のことを助けてくれたのですよ」
「そうなのかしら。でも不思議ね。あなたに言われると、それが真実のように聞こえるわ」
まあスズランも特級精霊ですので。
「とりあえずカローラちゃんは無事なのか、それとロータスさんの居場所を知っていたら、教えてください」
「迷宮の神を地上へ呼び出す鍵にすると言っていたし、まだ何もされてないはずよ。最初に引き起こされるのは、迷宮の暴走だから」
「それが真なら、一大事なのだ」
「ロータスの目的は迷宮の神を開放して、取り引きを持ちかけることだもの。この世界をより良くするためなんて言ってたけど、今となっては本当かどうかわからないわ」
取り引きっていうくらいだから、願いを叶えることとは別なんだろう。無理やり言うことを聞かせたいとか?
「そんなことをすれば、地上と迷宮のどちらかが消えかねません」
「そのための〝憑依術〟なんじゃないの?」
「ロータスって野郎と精霊の子供、捧げるのは迷宮自体ってか? 成功するわけねーだろ、そんなの」
「失敗したとしてもぉ、荒れると思うよぉー。迷宮は活力を失うだろうしぃ、地上にも影響が出るのは確実だねぇー」
「そんなことに手を貸すのはバカらしくて、私は組織を抜けることにしたの。誰かを利用するのは好きだけど、逆はゴメンだしね。それを伝えるためロータスに会ったのだけど、私の精霊を開放するなら認めてやるなんて言われて、ノコノコついて行ったのが運の尽きだったわ」
そこで一緒にいた構成員の精霊を暴走させ、カレンデュラさんを襲わせたらしい。契約主だった人物が取り込まれているスキに逃げ出し、なんとか屋敷へたどり着いたところで追いつかれてしまう。しかしその時、自分と契約していた黒い精霊が飛び出し、飲み込まれてしまった。
その直後に怪我のショックで意識を失い、気づいたらここだったそうだ。
暴走した精霊は現場にいなかったし、クロウやスズランもそれらしい気配を感知していない。もしかすると、同じ存在を取り込んだことで、消滅してしまったのだろうか。そうでなければカレンデュラさんは、生き残れなかったはず。バードックさんのクランが付近の捜索をしているし、そっちは任せておこう。
「吾輩は外へ戻って、ロータスの目的を上層部へ伝えるのだ」
「俺も行くぞ。アイツラには顔が利くからな」
「私も付いてくよ。その前に聞いときたいんだけど、暴走を起こすのはゼーロンの迷宮なのかい?」
「世界中から末端構成員や役員、それに暗部まで集めてたもの。やるとすればゼーロンの迷宮だと思うわ」
それを聞きバードックさんがリビングを飛び出す。その後ろをノヴァさんとエトワールさんもついて行った。三人とも、ここが影の中って忘れてるな。やれやれといった表情でアイリスも出ていったから、そっちはお任せします。
たとえ神降ろしに成功したとしても、どんな対価を要求されるかわかったものじゃない。僕たちはできるだけ情報を聞き出し、カローラちゃんを取り戻す方向で動こう。
あの子とロータスさんを引き離すことができれば、計画自体をご破産にできるのだから。
次回より世界会議編が始まります。
まずはメンバー集めから。
来週の更新は「第15話 三人の賢聖」です。