第12話 捜索
血を流して意識のなかったカレンデュラさんを治療し、とりあえずアイリスの影に入れて保護しておいた。そのあとシアやカメリアに来てもらい、屋敷の中を捜索してみることに。カレンデュラさんを襲った何かが潜んでいるかもしれないので、精霊たちのスキルを全開にしたまま進んでいく。
「最低限の手入れはされているようだが、生活感というものがまるで無いな」
「俺様が見張ってる間は、人の出入りもなかったぜ」
「黒い精霊で姿を消してたとか?」
「前もそれでクロウに気づかれず家に入ってたし、その可能性があるかもしれないね。スズランはどう、なにか感じる?」
「申し訳ございません、マスター。精霊の気配みたいなものは、まったく感じません」
謝らなくてもいいからね、スズラン。そもそも精霊同士ってかなり近づかないと、感応できないんだしさ。
とにかく吸血族のナルキッソスさんが目撃した以上、ここにカローラちゃんが出入りしていたのは確定だろう。なにせ彼女も吸血族の第一世代である〝純潔〟だ。暗示や洗脳の類は完全レジストできる。そして闇に紛れて[霧化]した彼女を、目視で発見するのは難しい。そんな存在を警戒した可能性は低いはず。
「あっ! ここって、カローラちゃんの部屋じゃないかな」
カメリアが開いたドアから見えるのは、ベッドと机だけ置かれた小さな部屋。目を引くのは黒で統一された寝具類。掛けカバーやボックスシーツ、それにピローケースまで真っ黒だ。
「こりゃ間違いないぜ、ご主人さま。ここまで黒一色にするとか、なかなかやるじゃねえか」
「しかし私物が見当たらんな。以前買っていた人形は、どこに置いているんだ?」
「もしかして、もう引っ越したあととか……」
カレンデュラさんは忘れ物を取りに来て、トラブルに巻き込まれてしまった?
その辺りは意識が回復してから聞くしかないか。最悪のパターンは、カローラちゃんの契約主が命を落としてしまうこと。そうなれば精霊である彼女は、この世界にとどまっていられない。
その人物はいったい誰なのか。ロータスさん自身、あるいは彼が言った〝旦那さま〟なる存在。その辺りもカレンデュラさんに聞いてみるしか無いな。
今はここで出来ることをしよう。
「二階の捜索は終わったか?」
「はい。いま見ている部屋で終了です」
「なら一階に集合するのだ」
バードックさんに呼ばれて一階へ降りると、紅に染まる地平線に所属しているクランメンバーも集合している。さすが昔の富裕層が住んでいただけあり、僕たちが捜索していた母屋の他に、離れと土蔵が奥の方に建っていた。そっちはバードックさんが応援を頼み、クランメンバーで調べてみることに。
こうして玄関ホールに集まっているということは、一通り捜索し終わったんだろう。かなり広い敷地だったのに、手際がむちゃくちゃいいな。
「隊長。取り急ぎご報告したいことが」
「何があったのだ?」
「北側の土蔵に隠し通路があり、その地下が広い空間になっていました。使用用途は不明ですが、中へ入ると精霊たちが落ち着きを無くします。魔道具を使って探査した限り、危険物や罠のたぐいは存在しません」
「そこは儂とダイチたちで調べてみるのだ。引き続き皆は周囲の聞き込みを進めつつ、探索者ギルドと行政府へ提出する報告書をまとめておくように。ウーサン国が全面協力してくれるので、連携を取りつつ当たるのだぞ」
「「「「「はい!」」」」」
いきなり結婚を申し込んだり、魔道具を手にして子供みたいな顔をするところしか見てなかったけど、クランリーダーとして振る舞っているときのバードックさんは、とても頼もしく感じる。種族や年齢もバラバラなのに、これだけ統率が取れているのはすごい。普段の姿はさておき、こういったところは見習わせてもらおう。
それにしても精霊が落ち着きをなくすか。イノーニの迷宮と似た波動でそうなってるのかも。とにかくそっちは僕たちでなんとかしないと。なにせ怪我人が出ている以上、一刻の猶予も無くなっている。
◇◆◇
土蔵の中には大きな木箱がいくつも置かれ、その一部がどかされていた。荷物の後ろにあったであろう柱の一つが扉になっており、下へ向かって伸びる細い階段が。
「よくこんなものを見つけましたね」
「迷宮にもこのようなギミックは多いのだ。それを見つけ出す専門の探索者も、いるくらいなのだぞ」
この世界に来て間もない頃、そこに閉じ込められましたよ、僕は。それがきっかけになってスズランと出会えているし、今となっては懐かしい思い出だ。
そういえば、あのとき僕を閉じ込めた二人がどうなったか調べてもらったけど、どちらも探索者をやめたらしい。なんでも男性しか入れない酒場で、ボーイとして働いてるんだとか。あれから彼らの身に一体なにがあったんだろう……
「なあ魔皇のおっさん。隠し財産とかはなかったのか?」
「報告では、そのようなものは見つかっておらんのだ」
「なんだよ、しけてやがるなぁ」
「残念だったね、クロウ」
「まあ俺様にとって一番の宝物は、ご主人さまだからな。至高のおっぱい枕さえあれば、他には何もいらねえぜ」
もしかしてクロウ、場を和ませようとしてくれてる?
口数の減っていたカメリアに、ほんの少し笑顔が戻ってきた。
「とにかく下へ降りてみよう。スズランとクロウがいれば、精霊たちに何がおきたのかわかるはずだ」
シアの号令で階段を慎重に降りていく。ザワザワした感じはないけど、なんだろう。空気が淀んでいるからなのか、まとわりつくような抵抗感みたいなものがある。後ろを歩くスズランと目が合ったので、小さくうなずいて手をつなぐ。
そして階段を降りた先に広がっていたのは、自然の洞窟を人の手で加工したような場所だった。
「壁が光ってますし、なんだか迷宮みたいですね」
「住宅街のど真ん中に迷宮が広がっていたら、大騒ぎになるのだ。外界との境界もなかったから、ここは単なる洞窟のはずなのだ」
「中央付近に見えるのは石でできた舞台か?」
シアが指さした先に見えるのは、周りとは少し違う色をした床。他の場所と違いデコボコがないので、たしかに舞台っぽい。
「申し訳ありません、マスター。アスフィーちゃんを呼び出してもらえませんか?」
「わかったよ、スズラン。アスフィー、来て」
僕の呼びかけで、赤と白の服を着た小さな人影が、隣に顕現する。
「主様、呼んだ?」
「スズランが話をしたいみたいだから、聞いてあげて」
「この場所の感覚、アスフィーちゃんならわかりませんか?」
「ここ霊気が濃い、〝憑依〟やりやすそう」
「やはりそうですか。マスターと一体になったときの感じに、似てると思ったんです。精霊たちが落ち着かないのは、アスフィーちゃんの言う霊気のせいですね」
「じゃあこの地下空洞って、一種のパワースポットってことかな」
「ダイチの解釈でほぼ間違いない。このような場所は世界各地に存在するが、まさか住宅街の地下にもあったとはな……」
憑依がしやすいってことは、カローラちゃんを使ってここでなにかを呼び出したとか? そのせいでカレンデュラさんが大怪我をしてしまった。ダメだ。考え出すとどんどん悪い方向へ行ってしまう。
様々な考えで頭が埋め尽くされそうになったとき、クランメンバーの一人が地下空洞へ入ってくる。
「保護していた女性の意識が戻ったそうです」
その言葉で思考を一旦破棄し、アイリスの影へ向かうことにした。とにかくこのままじゃ埒が明かない。何があったのか知っていそうな人に聞くのが一番だ。
カレンデュラに尋問を始める主人公たち。
次回は「第13話 全てがつながっていく」をお送りします。