第11話 魔皇と待ち合わせ
二人で手をつなぎながらモニュメントの場所まで行くと、独特のオーラを放つ人が立っている。待ち合わせ場所として有名らしいんだけど、そこにいるのは一人だけだ。周りに人は大勢いるものの、遠巻きに眺めるだけで誰も近づこうとしない。
僕たちはサクラのスキルを切ってモニュメントを目指す。
「こんにちは、バードックさん」
「お待たせしましたなの」
「儂もさっき着いたばかりでな、全く問題ないのだ」
まさかこの人から、待ち合わせの定番セリフが聞けるとは思ってなかった。だけどさすがに有名人だけあって、周りからの視線がすごいな。更にリナリアまでいるものだから、広場全体が騒然としている。隣りにいる男は誰だ、なんて声が聞こえるけど無視しておこう。ただの兄ですので!
「今回は色々協力してもらって、ありがとうございます」
「気にしなくてよいのだ。これはお前たちだけの問題ではないのだからな」
ナルキッソスさんがロータスさんとカローラちゃんを見たという屋敷は、数ヶ月前まで空き家だったそうだ。そこを投資家と名乗る人物が買い上げ、自宅兼事務所にしているとのこと。
「サクラちゃんありがとうなの。少しだけお別れなの」
リナリアの胸元からそっと顔を出したサクラが、手を振りながら消えていく。これで準備は整った。
「ところでダイチよ」
「なんでしょうか?」
「どうしてあの格好で来なかったのだ?」
「嫌ですよ! 人の多い場所であの格好をするのは。それに今日はリナリアとデートしてるんです、無理に決まってるじゃないですか」
「リナリアは可愛いお姉ちゃんでも、かっこいいお兄ちゃんでも、どっちでも良かったの」
ちょ!? リナリアまでなに言ってるの。あの時は夜だったからごまかせたけど、こんな昼間に女装なんかしたら、絶対にボロを出してしまう。そもそも喋った時点でモロバレでしょ……
「そっ、それより仕事の話をしましょうよ」
「非常に残念だが、仕方がないのだ。とりあえずこれをダイチに預けておくのだ」
バードックさんが渡してくれたのは、円筒形の小さなアイテム。サイズ的にはポテチの入った、筒状のパッケージに近いだろうか。長さはロングタイプじゃなく、ショートな方。サワークリーム&オニオンとか時々無性に食べたくなるんだよね。
「アイテムボックスというから箱型かと思ってたんですが、こんな形のものもあるんですか」
「もちろん四角いものもあるのだ。他にも丸いものや袋なんてのもあるのだぞ」
人魚族の情報網で調べてもらった結果、該当する住所から仲介ギルドに依頼が出ていた。それには特殊な条件が付けられており、運ぶ際には精霊の収納スキルを使わず、アイテムボックスを利用してほしいというもの。加えて実績があるクラン限定の条件もあったので、それを満たすバードックさんの協力を仰ぐことに。
なにせこの国で活動している二大巨塔は、バードックさん率いる〝紅に染まる地平線〟と、獣王が率いる〝雷の咆哮〟というクランだ。この名前を使わせてもらったおかげで、簡単に依頼を受けられた。
バードックさんから使い方のレクチャーを受けつつ、心の中で感謝する。
「精霊と違って物の名前とかでなく、番号で管理してるんですね」
「これはスロットの数が三十二個しかないが、中には百個を超えるものもあるのだ」
「メモをとっておかないと、忘れちゃいそうなの」
まあ今回の依頼は荷物の数も少ないし、メモなしでも大丈夫だろう。だけど精霊を使う運搬が禁止されていたのは謎だ。以前に迷宮内で使っていたような、精霊にとって不快な波動を出す道具とかだったりするのかな。ロータスさんもカレンデュラさんも、精霊を連れていなかった。その辺りにヒントがあるかもしれない。
ただ依頼で受け取った荷物を勝手に持ち逃げするのは無理だ。いくら疑わしいからって、窃盗のマネだけはやめておこう。ギルドからかなり大きなペナルティーを受けるし、バードックさんのクランに迷惑がかかる。
とりあえず考えるのを中断し、アイテムボックスの所有者を僕へ変更しておく。そして騒然とする広場を離れ、依頼主の待つ場所へ向かうことに。果たしてカローラちゃんには会えるだろうか……
◇◆◇
この地区を歩いた時は夜だったので気づかなかったけど、なんだかやたら古い家が多い。いわゆる歴史ある街並みとでもいうんだろうか。雑多な中央区とは違い、区画もある程度整然としている。
「なんだかこの辺りって、ずいぶん雰囲気の違う場所ですよね」
「街の喧騒を嫌った金持ちたちが、昔はこの区画に大勢住んでいたらしいのだ」
「今は空き家が多いみたいなの」
「この辺りは街の再開発から取り残されたのだ。なんでも一部の金持ちが変化を嫌ったそうでな、やがて公共の設備や施設が老朽化して、住む者が減っていったと聞いとるのだ」
そんな事情があったのなら、ナルキッソスさんにとっては住みやすかったのかも。なにせ男嫌いなうえ、昼夜逆転の生活をしてて、暗くならないと起きてこない。ここは昼間でもかなり静かだもんな。
「あっ、この通りの先みたいですね」
「危なくなったら、儂の影に隠れるのだぞ」
「はいなの」
仮にそんな事態になったら、アスフィーが顕現するだろう。それにクロウもどこかで監視しているはず。今のところ危険はないと思っておいて、良いかもしれない。
「門のところに呼び鈴があるから、鳴らしてみましょう」
さすが立派な屋敷だけあり、高い塀と重厚な門で周りを囲っている。そして門の横には、鈴の形をした魔道具が。確かこれ片方を鳴らすと、ペアになったもう一方が反応するんだよな。
その鈴を軽く揺らすと、リーンという澄んだ音が響く。そういえばスズランがまだ普通の精霊だった頃、こんな可愛らしい音で僕を癒やしてくれてたっけ。
「誰も出てこないみたいなの」
「留守なのかな?」
「儂らが来ることは伝わっとるはずなのだ。例え依頼者が留守でも、使用人くらいいると思うのだが……」
確かにこれだけ大きな家を、家族だけで維持するのは難しい。従業員が多くいて、その人たちが管理してる可能性もあるけど、それならそれで誰かがいるはず。
念のため何度か呼び鈴を鳴らしてみたけど、誰も出ては来なかった。
「なんか人の気配もしないですよね」
「すごく静かなの」
「門の鍵も閉まっておらんようなのだ」
「それはちょっと不用心すぎませんか?」
「儂らを応接できん何かが起きているのかもしれんのだ。これは上級クランとして見過ごすわけにいかん。家の中を覗いてみるのだ」
そういえば上位クランには、街の治安維持に協力する義務があったっけ。住人同士のトラブル解決とか、警ら活動をするとか言ってたもんな。
ピリピリした感じがしないので、家の中に危険なものはいないと思う。精霊たちやアスフィーをすぐ呼び出せるよう心構えをし、どこかで見ているクロウに合図を送っておく。
バードックさんを先頭に門を開けて庭を横切り、ドアノブにそっと手をかける。やはりこっちも鍵はかかってないようだ。
「お兄ちゃん。多分だけどこれ、血の匂いなの」
「言われてみれば確かに僕にも感じられるよ」
なにせ毎晩アイリスに供血してるから、嗅覚が鈍感になって気づくのが遅れてしまった。
「それはいかんのだ! 儂は上級クラン紅の地平線のリーダー、バードックなのだ。緊急事態ゆえ入らせてもらうのだ!!」
大きな声で宣誓したバードックさんが、扉を開けて中へ入る。玄関ホールには誰もいないが、血の匂いは廊下の方から漂ってくるみたい。
「お兄ちゃん、あそこ。女の人が倒れてるの!」
「大丈夫であるか!? いま助けてやるのだ」
駆け寄ったバードックさんが、うつ伏せに倒れている女性を抱き上げた。
「カレンデュラさんじゃないですか! なんで血まみれになって……」
その女性はゼーロンでリナリアのコンサートがあった時、カローラちゃんと一緒にいたカレンデュラさんだ。息はまだあるようだけど、顔色はかなり悪い。
――この屋敷でいったい何がおこったというのだろう。
この場で一体何がおきたのか、そして屋敷にいた住人たちは?
更に新たな手がかりも見つかる。
次回は「第12話 捜索」です。