第10話 リナリアとデート
人がごった返すゼーロンの大通りを、ウインドショッピングしながら歩く。隣りにいるのは、ニコニコ顔で僕の腕につかまっているリナリアだ。
「これだけ人がいっぱいいるのに、のんびり歩けるなんて夢みたいなの」
「サクラのスキルが進化してるし、よっぽどのことがない限り騒がれたりしないと思うよ」
「ありがとうなの、サクラちゃん」
胸元からそっと頭を出したサクラを、リナリアがなでなでする。今日のリナリアはいつもよりお粧ししていて、数割増しで可愛らしい。なんだか今まで見た中で、一番上機嫌な表情かも。
なにせ歌姫の中でもトップクラスの人気を誇るのがリナリアだ。ソロコンサートが大成功に終わり、探索者のファンが一気に増えたもんな。そんな彼女が中央大迷宮のあるこの街を歩いてたら、すぐさま人に囲まれてしまうだろう。
でもこうしてのんびり出来るのは、サクラの[隠密]スキルをカンストさせて進化した、[隠伏]という効果のおかげ。どうやらこのスキルには、対象から注目をそらす効果がついているみたい。気配に敏感な人が見つけてしまっても、そこにアイドルがいると認識される前に、立ち去っていく。
「前に言ってたお願いって、本当にこんなことで良かったの?」
「うん! お兄ちゃんと二人だけでお出かけしたかったから、リナリアすごく嬉しいの」
あー、もう、本当にこの妹は可愛すぎだよ。空いた方の手で頭を撫でてあげると、「えへへへ」とはにかみながら僕を見上げてくる。
今日のデートは、カメリアの件で仲間外れにした埋め合わせだ。とはいえ実は僕も楽しみにしていた。サクラたちが同伴してるとはいえ、二人だけで出かけるのは初めてだしね。アイドルとデートしてるんだぞって、ちょっとだけ自慢したい気持ちはあるけど、せっかくの時間を大切にしたいから自重しよう。
「あっ、お兄ちゃん見て見て! あそこでなにかやってるの」
「あれはカードを使った大道芸みたいだね。ちょうど開いてる場所があるし、見ていこうか」
「リナリアの身長でも見られそうなとこある?」
「んー……最前列は無理そうだから、僕が抱っこしてあげるよ」
「やったーなの!」
ギュッと抱きつかれた僕の腕がまろやかなものに包まれ、ミルクのような甘い匂いが鼻に届く。声や仕草もそうだけど、この子は存在全てがお菓子みたいに甘くて柔らかい。身長が百五十センチに届かないくらいのリナリアをひょいと抱き上げ、僕は人の少ない場所まで歩いていった。
「うわー、すごいの! お兄ちゃんの見てる世界と同じなの」
「視点が二十セル高くなると、見える範囲もだいぶ違うでしょ」
「なんだか、ステージの上に立ってる気がするの」
こういう感想が出てくる辺り、やっぱりアイドルだなぁ……
コンサート会場にあるステージだと、アリーナ席にいる人は完全に見下ろす高さだしね。スカートの短い衣装だと、覗かれないかと心配になってしまうよ。もし目の前にローアングラーな不届き者がいれば、僕は躊躇なく魔法を放つ自信がある。
今日はふくらはぎが隠れる長さがある、明るいベージュのトレンチスカートだし、抱き上げても覗かれる心配はない。そして白いレース袖のカットソーは、少し大人っぽい感じ。
見た目や身長が中学生くらいなので、ちょっとギャップを生み出している。だけどかえってそれがいい雰囲気だ。きっとこの後のことも考えて、一生懸命選んでくれたんだろう。せっかくできた時間だし、それまで目一杯楽しんでもらわないと。
僕はデートの予定を振り返りつつ、リナリアを抱き上げたまま大道芸を鑑賞した。
◇◆◇
気になる場所やお店を回ったあと、以前訪れたことのある自然公園に到着。少し奥まった場所で見つけた芝生に、大きめのレジャーシートを広げる。
「いっぱい歩いたから、ちょっとお腹が空いたの」
「スキルを使ってると、お店で困るのは新しい発見だったね」
「店員さんに気づいてもらえないのは、ちょっと悲しかったの」
便利に使えるスキルな反面、意外な盲点もあった。混んでいる店内でスキルを解くわけにもいかないし、結局買い物は諦めてしまう羽目に。サクラのスキルは効果の調整ができるので、うまくやれば特定の人物だけに気づいてもらえるはず。だけど今日のところは保留にしておく。最優先事項は、二人でゆっくり楽しむことだから……
ということでここまで来たけど、間食を諦めたぶん、かえって美味しく食べられるかもしれない。
「僕もお腹が空いたから、早速食べようか。なんかニナが張り切って、たくさん作ってくれたんだ。遠慮しないでいっぱい食べてね」
ラムネの収納からお弁当を出してもらい、レジャーシートの上に広げる。フタを開けるとまず目に入るのは、色とりどりのおかず。そしてその横には、香ばしい匂いが漂ってくるホットサンドだ。
「うわー、おいしそうなの!」
「作りたてを時間停止収納にいれてたから、ホットサンドやおかずはまだ温かいよ」
「ラムネちゃん、ありがとうなの」
お礼を言われたラムネが、リナリアの胸に飛び込んでいく。こうしたお出かけのときにも、精霊のありがたさを感じてしまう。本当にこの子たちが生まれてくれて良かった。
「はい、リナリア。あーんして」
「あーんなの」
僕の方を期待のこもった目で見ていたリナリアに、ホットサンドを一切れ差し出す。すると小さな口を目一杯開けて、ハムハムと食べ始めた。ちょっと小動物みたいかも。
「どう? 美味しい?」
「ニナちゃんの作る料理、最近ますます美味しくなってるの」
「ご飯が食べられるようになってから、色々な味付けを研究してるみたい」
「これってお店で食べるより、絶対においしいの」
「世界各国を旅してるリナリアが言うんだから、本当にそうかも知れないね」
そんな話をしながら、ホットサンドやおかずを互いに食べさせ合う。するとあれだけ入っていたお弁当箱が、すっかり空になってしまった。かなり体力を使う仕事をしてるだけあり、リナリアはかなり健啖家だもんな。僕だって男だから、それなにの量を食べられる。
作ってくれたニナに感謝しつつ、二人でイチャイチャしながら食休みをし、いよいよ今日の目的を果たしに行く。自然公園にあるモニュメントの下で待ち合わせしてるから、遅れないように行こう。
次回は主人公とバードックのデート(違)
「第11話 魔皇と待ち合わせ」をお送りします。
3人で例の屋敷に向かったが、そこには……