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特級精霊の主、異世界を征く ~次々生まれる特殊な精霊のおかげで、世界最強になってました~  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第13章 来訪者たち

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第8話 囮

 手に持った小さな明かりだけを頼りに、僕はゼーロンにある千二百六十番地区を歩く。この辺りにはお店もないし、民家の数も少ない。日本と違って街灯のない道が多いから、二メートル先が見えないほどの闇に覆われている。


 それに今日は新月の夜。吸血族の力が一段と強くなるので、目印を付けに現れる確率が最も高いそうだ。そういえばアイリスと初めて会った時、眷属を増やすには新月の晩に血を吸う必要がある、とか言ってたっけ。目印を付けに来たついでに、眷属にされたりしないよね? ちょっと不安になってきた。



「確かにこんな場所を、女の子一人で歩かせるわけにはいかないよな……」



 不安を紛らわすため、誰にも聞こえない声でそっと呟く。なにせ声でバレるかもしれないから、喋るなと言われてる。喉仏の部分もスカーフで隠してるくらいだし。


 それにしても下がスースーして落ち着かない。単に履きなれてないだけだろうけど、女性はこんな格好でよく平気だな。風が吹くたびに緊張するし、歩きかたにも気を配らないと、ついスカートを大きく揺らしてしまう。


 ズボンにするとバレる危険性が高くなるからって、こんなの履かせなくてもいいのに。みんな面白がって、いじり過ぎなんだよ。僕の尊厳をなんだと思ってるんだ、まったく……


 なんて憤ってたら、ふと背後になにかの気配を感じた。



「あら、なかなか勘のいい子ですね」


「……ッ!」


「声も出ないくらい驚かせてしまって、ごめんなさいね。危害を加えるつもりはありませんから、少しだけじっとしててくださいね。すぐ記憶は消してあげますからね」



 髪の長い女性が、いつの間にか僕の後ろに立っていた。足元がぼやけているということは、吸血族の【霧化】で近づいたんだろう。目元が隠れるくらい伸ばした髪の隙間から、オレンジに近い金色の目が覗いている。背の高さは僕と変わらないくらいだろうか。人魚族の平均身長は百五十センチ台なので、コンプレックスになっても仕方ない。


 そして種族の特徴である胸がかなり立派だ。スズランより確実に大きいぞ、この人。



「それにしても……あなたとても可愛らしいですね。背の高さは理想的ですし、私を見る目がとてもきれいね。眷属は作らないと決めてたけれど、その誓いを破ってしまいそう。今夜は新月ですし、このまま……」



 そんな事になったら、アイリスに怒られまくる。家族や仲間を大切にしてくれてるんだろうけど、あれで独占欲がすごく強いんだよ。吸血族が暮らす島になっても、僕の血を他の同族に与える気はないなんて、明言してたしね。



「マスターにそれ以上近づくのはやめてください」



 あれこれ思考を巡らせていると、消えた状態で近くに控えていたスズランが、僕の隣に姿を表す。カーテシーこそ決めなかったものの、空中でくるりと回転する現れ方、本当に好きだなぁ。ゲームで転生や蘇生を手伝ってくれる、黒い服の女性が登場するシーンを参考にしたんだけど、気に入ってくれてるようで嬉しい。



「ふえっ!? なんで空中に? もしかして、人魚族の幽霊……?」


「いえ、(わたくし)は――」


「いやー、幽霊怖い! 誰か助けてー!! 私が悪かったです、もう二度とこの人は襲いません。ついカッとなって……じゃなくて、出来心だったんです。これからは真面目に生きていきます。死んだ始祖様に誓いますー」



 バンダさんは死んでませんよ、ちゃんと生きてますって。今もアイリスの影に入って待機中ですから。そもそも暗闇が平気なのに、なんで幽霊を怖がるの。霧になって消えることのできるあなたのほうが、よっぽど幽霊っぽいでしょ。



主様(ぬしさま)、平気?」


「びぇぇぇー!? こっ、今度は変な服を着た子供のお化け!!」



 なんでお化けや幽霊が怖いのに、夜の街を徘徊してるのかな。見た感じ血に飢えてるって様子もないし。



「落ち着いてくださらないかしら、ナルキッソスお姉さま」


「いやーーーっ、まーたーでーたー。ふえぇぇぇーん。もう、おうち帰るー」


「逃さないわよ」



 〈凝影(ぎょうえい)



 今度は僕の影に〈潜影(せんえい)〉で隠れていたアイリスが現れ、対吸血族用捕縛呪文でナルキッソスさんを拘束する。ちょっとお姉さまっぽかった口調が完全に崩れ、幼児退行してしまってる。大丈夫かな、この人。ショックでどこか壊れた?



「あっ、あれ!? 霧化できないよー……これ始祖様の技だ!? 少女になって化けて出た始祖様に、お仕置きされるー、たすけて、おとーさん、おかーさん」



 なかなか斬新な発想ができる人だ。というか、アイリスの顔を覚えてないの?

 いや、むしろパニクって思い出すどころじゃないのかも。



「なんだか子供をいじめている気になってきたわね」


「ふえーん、おそとこわいー。もうずっと家の中にいるー。ゆうれいやだよー、おばけこわいよー、おしおきもやだよー」


「あの、ごめんなさい。脅かすつもりはなかったんです」


「はうっ! 少年みたいなお声も素敵ね。あなたが私の王子様?」



 あっ、なぜか復活した。この人の脳内で、危ないところを助けに来たヒーローという、設定になってる感じ。だけど力いっぱい抱きついてくるのは、やめてください。胸に詰め物をしてなかったら、ちょっと大変な事になりそうです。



「よくわかったわね、ナルキッソスお姉さま。あなたが抱きついているの、女装した男よ」


「重ね重ねすいません。騙すつもりはちょっとありましたけど、ちゃんと理由あってのことですから」



 僕は頭を下げながらウイッグを外す、それを見ていたナルキッソスさんは完全に固まってしまった。



「――きゅぅぅぅぅ」


「見事にとどめを刺したわね」


「いや、死んだわけじゃないよ!? 気絶してるだけだから!」



 目をぐるぐる回しながらぐったりするナルキッソスさんを抱え、僕は途方に暮れる。二重人格とは違うだろうけど、喋り方や雰囲気がガラリと変わったり、なかなか個性的な人みたいだ。できればイルカ島へ移住してもらって、仲良くやっていきたい。僕に抱きついたことが、トラウマにならなきゃいいんだけど……


 とにかくこのままアイリスの影に連れていき、気がつくのを待とう。


ナルキッソスの口から意外な事実が。

次回「第9話 これは私のものよ」をお楽しみに!

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