第5話 キャストオフも出来るらしい
ユグの周りでフヨフヨ浮いているフィギュアを見ながら、バンブーさんがなにかつぶやいている。土地神たちが分け身で宿ると、普通の人間と同じ状態で実体化するからなぁ……
元のフィギュアが持っていた錫杖や剣は手放せるし、どうやら服を脱ぐことも出来るらしい。デフォルメキャラになってるとはいえ、絶対にやらせないけどね!
「ダイチが持ってる魔剣と同じように、器物に魂が宿るってのは俺も理解できる。だが、いくらなんでも土地神ほどの力を持った霊が宿るのは、無理じゃないか? こう言っちゃなんだが、俺自身も自分の作品がその域に達してないことは、わかってるつもりだぞ」
「それなんですが、フィギュアの型を作る材料って、木くずが含まれてますよね?」
「ああ、確かに。おがくずを特殊な薬剤で固めると、加工や修正がしやすい素材になるんだ。しかも塗料のノリがいいしな」
「それで、実はこの子って神樹の意識体。つまり樹の妖精と同じ存在なんです。そんなユグが人形を気に入って、一緒に遊んだり枕元に置いて寝たりしたんですよ――」
僕はエトワールさんたちにやったのと同じ説明を、バンブーさんにも伝える。ついでに新しい事実も話したので、またジト目で睨まれてしまう。使い魔たちも人と変わらない存在に進化しているし、土地神本人が顕現することだって出来るしね。
「まあユグの力添えがあったとはいえ、それだけのモンをあんたは作ったんだ。誇っていいぞ」
「ありがとうございます、イグニス様」
「いい作品が出来たら山まで見せにきな。武具じゃないからって遠慮するなよ」
なんかイグニスさんが綺麗にまとめてくれた。さすが世紀末系姉御。直接話ができたバンブーさんは、すごく嬉しそうにしてる。
「俺の作品に力を与えてくれてありがとよ、ユグちゃん」
「おねーたん、みんなかあいいから、ゆぐ、だいすき!」
「この島がとんでもない場所というのは、儂にもわかったのだ。それよりバンブーとやら、これを見てほしいのだ。独特なパーツの組みかたや機構の合わせ方。刻んでいる術式は独自のものだが、かの名工が作ったものと瓜二つではないか?」
なかなか本題に入れないから焦れてたんですね、バードックさん。話が一段落した途端、待ってましたとばかりに割り込んできた。
「あー、確かにこれは爺さんがよくやってた手法だな。俺がまだガキの頃、工房で何度も見た覚えがある」
「この技術を継承した人って、職人さんの中にいますか?」
「俺はこの通り彫刻師をやってるし、親父は鍛冶の道に進んだからなぁ……」
そう言ってバンブーさんは考え込んでしまう。とりあえず身内にはいないみたいだけど、お弟子さんとか採ってなかったんだろうか? なにせ職人の最高峰に位置する[巨匠]だったんだ、師事したいって人は大勢いたはず。
「同じ様式は彼の作品以外で見たことがない。ゆえに一代で終わってしまった可能性があるのだ。確か実装コストが重すぎて、誰も見向きしなかったと聞いているのだ」
「おかげでうちは貧乏でな。親父やその兄弟が魔道具職人を目指さなかったのは、それが原因なんだ」
「でもあたいは好きだぜ、自分のこだわりを持った職人ってのは。それくらい尖った部分がなけりゃ、[巨匠]になんて認定してやらないからな。これを作ったやつの腕はまだ荒削りだけど、修行を積めばいい線いくかもしれないぞ」
「売り物にするわけじゃないからコストは度外視できるとして、わざわざこの手法を選ぶ理由ってなんなんでしょう?」
「この手法で魔道具を作ると、耐久性が大きく上がるのだ。これを作った者は、それを知っていたのではないか」
「さすが魔道具マニアだけあるな、バードックさん。俺は身内だから本人に直接聞けたが、職人の間でも知らないやつは多いんだ」
僕がアスフィーで真っ二つにしてしまったけど、あの男はモンスターを捕獲していた。恐らくそのために必要だったのが耐久性なんだろう。魔道具は別の人に作らせていたのだとしても、こんなマイナーな技術まで調べ上げる情熱を、彼らは持っていたってことか。名工の技術を、あんな事に使うなんて……
考え込むバンブーさんを見る限り、お弟子さんと呼べる人はいなかったみたいだ。組織へ繋がる手がかり、あるいは協力者の情報でも得られればと思ったけど、なんか難しいそう。
「それにしても、イノーニが総力を上げても解き明かせなかった術式を解析しちまうなんて、やっぱり吸血族の始祖ってのはすごいね。私も弟子入りしたくなっちまうよ」
「大討伐以降は表立って動いておらんが、これでも人の歴史をずっと見てきたのである。それに人魚族を苦しめていた邪神を封じる手段を研究しておったので、理解できたのである」
「バンダ君は歴史の生き字引だもんね」
「始祖が言う通り軍事技術の応用であるなら、読み解けないのは当然なのだ」
「そんなモノに俺は巻き込まれたってわけか……」
「申し訳ございません、バンブー様」
「あー、いや、いいんだ、スズランさん。俺も納得済みでここに来てるし、世界の有名人や幻の種族、おまけに神とまで知り合えたんだ。それにこうした知識に触れるのは、ドワーフ族の血が騒ぐしな。逆に感謝してるくらいだぞ」
ニカッと笑ってくれた顔を見る限り、嘘は言ってない感じがする。とはいえ、大きな秘密を背負わせてしまったことは確かだし、出来る限りのお返しはしたい。取り敢えず今日は温泉に入って、ニナの美味しいご飯を食べてもらおうかな。
「くぅー……これをコレクションに加えられないのは、非常に残念なのだ」
「これは国が管理することになってますから、諦めてください」
「あー、そうだ。家に爺さんの作ったガラクタが、いくつか残ってるんだ。それでよけりゃ譲ってやろうか?」
「本当か!? 是非お願いしたいのだ!!」
「帰りにダイチへ渡しておくから受け取ってくれ。それから爺さんの技術を継承したやつも、こっちで当たってみとく」
「すいません、よろしくお願いします」
そのあと、今日は男女に分かれて温泉へ行き魔道具談義をしたり、魔人族の進化スキルについて色々教えてもらった。というか、バードックさんがものすごく上機嫌で語ってくれたってのが正解だけど……
なんでも五つのスキルを進化させた者は、神話に出てくる神を倣って、魔神族と呼ぶそうだ。カメリアは[魔皇]の称号に興味はないみたいだし、心の中でそう呼ぶことにしよう。
みんなに来てもらったおかげで、新しい手がかりや組織へ繋がりそうな線も見えてきた。
迷宮解放同盟に関する調査は、カローラちゃんのことが気になるからやっているだけ。全くの無関係ならそれで良し、もし利用されていたり騙されてるなら助けてあげたい。ある意味、僕の個人的な感情で動いているわけだし、それにいろいろな人を巻き込むのは心苦しくもある。
だから僕にしか出来ないことがあったら、どれだけ困難な要求でも可能な限り協力しよう。
――それがまさかあんなことになるなんて、この時の僕は全く予想すらしていなかった。
主人公の身に降りかかる試練とは……?
次回「第6話 人魚族も知らない噂話」をお楽しみに!