第3話 進化した魔法
僕たちが訓練や運動のために使っている広場までやってきた。一緒に来たのはスズランとシア、そして当事者のカメリアだ。見届人はノヴァさんとエトワールさんがやってくれる。
「最後に確認しますが、突進してくるあなたを止めればいいんですよね?」
「その条件で問題ないのだ。だが簡単にいくとは、思わないほうがいいのだ。儂を止めるのは大勇者でも無理なのだからな」
「アスフィーならなんとかなるかもしれんが、こいつはかなり硬いぞ。クラウドでぶん殴っても平気な顔してたくらいだ」
さすが魔皇だな。もしかするとカメリアと同じスキルに、進化してるのかもしれない。
「魔法も物理防御で跳ね返しちまうからね。殺すつもりでやればダメージを与えられると思うけど、あまりお薦めはできないよ」
「主様、使う?」
「多分使うことはないと思うけど、念のため剣の姿になっててくれる?」
『わかった』
姿を変えて僕の手に収まったアスフィーを腰へ差し、広場の端で準備運動しているバードックさんに視線を向けた。道すがら聞いた話だと、この人にも二つ名があり、〝暴走列車〟と呼ばれているそうだ。単身でモンスターの群れに突っ込んで戦況を引っ掻き回し、バラバラなったところをパーティーメンバーで各個撃破していくんだとか。
僕たちが安全策を取ってカメリアにやらせてない戦法を、この人は実践してるってこと。それだけの肉体強度を持っているなら、生半可な攻撃では止まらないだろう。相手に触られたら負けという条件だし、逃げ回るのも禁止だから。
鬼ごっこでは精霊の加護と地の利を持つ僕が、有利すぎる条件になってしまうので仕方ない。
「そろそろ始めるのだ。準備はいいか?」
「えぇ、いつでもいいですよ」
仁王立ちでこっちを見据えるバードックさんの視線に負けないよう、僕も睨み返す。自分の容姿だと全く迫力ないことはわかってる。だけどこれは大切な人を絶対に手放さないという、僕の強い決意を視線に乗せているんだ。
「両者準備は整ってるみたいだね。では、始め!!」
エトワールさんの合図で集中力を更に高めていく。相手も気合を練っているのか、まだ動く気配がない。だったら今がチャンス!
〈コニフォーム・グラウンド・ホール〉
僕の周りにアルファベットの魔紋が構築され、それが一周したあと発動する。足元に大きな穴が空き、バードックさんが下へ吸い込まれていく。深さはたぶん三メートル位になってるはず。きれいに落下してたし、魔人族の肉体なら怪我もないだろう。
「なっ、なんのだこの穴は! 斜めになっていて登れないのだ!!」
円錐形の落とし穴を作りましたからね、登れないのは当たり前です。
「ねえ坊や。今の魔言、ちょっとおかしかったよね?」
「魔言の基本は形状と属性の二節ですが、ミカンの持つエクストラスキルで、三節まで使えるようになったんです」
エトワールさんに説明しながら、横に浮かんでいるミカンの頭をそっと撫でる。この子の持つスキルを全てカンストさせた時、エクストラスキルの[突破]が発動した。その効果は魔言を一節増やすものだ。
普通に落とし穴を作っただけでは、すり鉢状の穴か垂直の壁になってしまう。しかし一節増やして〝円錐形の〟を意味するコニフォームを加えることで、三角フラスコのような穴が出来上がる。
前に傾斜した壁を、道具無しで登るのは難しい。無理に足場を作ろうとしても周りにあるのは土だから、簡単に崩れてしまう。これで止めてみせろという条件はクリアしたはず。
「【魔導】のスキルを持たないダイチは、特殊な形状を正確に作ることが出来ない。しかし魔言にもう一節加えることで、その弱点がある程度補えるわけです、エトワール様」
「前に岩の足を落としたことあるけど、あれはそれっぽい形をした塊だったしね」
「ハイエルフの私には及ばないにしても、単純な形ならほぼ完璧になったな」
基本的に魔法で作ることが出来るのは、誰でも安易に思いつく球体や棒状など、単純な形だけ。それがスキルの進化で、定義と公理を用いるような図形を、作り出せるようになった。自分のイメージを正確に伝えられる、【魔導】のスキルには到底及ばないけどね。あれは反則すぎだよ。
それでも一節だけとはいえ、大きさや位置なんかも付け加えられる。狙いや範囲指定の苦手な僕にとって、大きな武器となりえる進化だ。ミカンは本当にいいスキルを身に着けてくれた。
「なんかもう、この島に来てから驚くことばかりで、疲れちまったよ」
「俺はまた神降ろしでもやるのかと思ったぞ」
あれ後遺症が辛いのでやりません。それに何かを斬らないと解除できないから、すごく危険ですし。
「これでボクのことを諦めてくれるかな」
「それなりの地位を持ってるやつだし、約束を違えることはないんじゃねえか?」
「ある意味卑怯な勝ち方だし、納得してもらえないならまた別の手を考えるよ。カメリアのことは絶対に渡さないから安心して」
「うん、嬉しいよ、ダイチ」
体をそっと寄せてきたカメリアの腰に手を回し、頭を優しく撫でてあげる。シアも頭を差し出してきたので、なでなでしてあげよう。あー、もう、二人とも可愛いな!
「……盛り上がってるところ悪いが、儂の負けでいいのだ。だからそろそろ引き上げて欲しいのだ」
「あっ、すいません。すっかり忘れてました」
リョクが出してくれたロープを穴の中へ垂らし、しょんぼり顔のバードックさんを救出。落とし穴はシアの魔法で埋め戻す。
「オリーブに続き、その娘にも振られてしまったのだ」
「ボクのお母さんにも同じこと言ったの?」
「ひと目見て気に入った儂は、オリーブにも子を生んでくれと頼んだのだ」
「なあ魔皇のおっさん。初対面の男にいきなりそんなこと言われたら、大抵のやつは引いちまうと思うぜ」
「対象はおっぱいだけど、クロウも同じだよね」
「うるせえダイチ。これは俺様の生き様なんだ、そう簡単に変えられるか」
「その通りなのだ! これが儂の求婚手段なのだ!!」
いやいやそこの二人、なに意気投合してるの。普通に考えてどっちもダメでしょ。だけど魔皇の称号持ちなら、相手から言い寄ってきそうなものだけど……
「バードックさんほど強ければ、女性にモテませんか?」
「こいつには女嫌いって噂があってな、言い寄ってくる奴らを全員追い返しているうち、誰も近づかなくなったらしい」
「儂の魂を揺さぶらん相手に求愛されても、迷惑なだけなのだ。強さと可憐な姿を兼ね備えた者には、なかなか出会えんのでな。だがカメリアを見た瞬間、儂の心にティンときた! そんな女性はオリーブ以来、二人目なのだ」
つまりこの人が好きになったのは、オリーブさんとカメリアだけってことか。もしかして色々こじらせちゃったりしてませんか? 何がとは言いませんけど……
「オリーブとターニップが結ばれた後、儂はさらなる強さを求めたのだ。その結果二つのスキルを進化させた。それは【金剛】に【盤石】という上位スキルなのだ。魔皇とは限界を突破した者に、与えられる称号でもあるのだ。そこにいるノヴァと同じようにな」
「その二つがあったら、魔剣で攻撃されても怪我しないね」
「その通りなのだ! 儂は元々体が丈夫だから、上級精霊が使う魔法でも跳ね返せるぞ。約束どおり無理に迫ったりはしないが、子を生したい時にはいつでも儂の――」
奪い取るような真似はしないみたいだけど、カメリアのことを諦めきれない様子。なんか自分のことを語りだしたぞ。
それにしても、やっぱりスキルを進化させていたんだ。自力でその域に達するんだから、魔皇と呼ばれるのもうなずける。とはいえ、物理で魔法を跳ね返すってのは、チートすぎるけど……
「でもごめんね。ボクは【金剛】【盤石】【反骨】【警守】【圧倒】って、スキルが全部進化しちゃった」
「なっ……なんだとぉぉぉぉーーー」
申し訳無さそうに話すカメリアの言葉を聞き、バードックさんの叫びがイルカ島全域にこだまするのだった。
次回、魔道具の精査を始める魔皇たち。
そこである人物が浮かび上がる……
「第4話 情報が多すぎて処理しきれん」をお楽しみに!