第13話 後味の悪い結末
誤字報告ありがとうございました。
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朝に更新できなかったので、夜投稿します。
目の前にいる男を飲み込んだ精霊は、六つに割れていた頭を元の状態に戻す。そして取り込んだ獲物を消化するかのように、その場からじっと動かずにいた。
僕たちはその光景に言葉すら出せない。リョクは怯えるようにシアの胸元へすがりつき、サクラたちもスズランの近くで固まっている。
「あんな姿になるまで力を使ってしまうなんて……」
「ねえスズラン、あれは精霊の暴走?」
目の前の光景をじっと見つめていたスズランが、僕の声に反応してこちらを向く。その顔は今にも泣き出しそうな悲しい表情だ。いつも優しい笑顔を浮かべている彼女が見せる初めての姿に、僕の胸は締め付けられる。
悲しみに震える体をやさしく抱きしめると、すがりつくようにして肩へ顔をうずめてしまう。精霊が契約者を飲み込んでしまうなんて光景、同類のスズランにとっては悪夢みたいなもの。マスターである僕がしっかり支えてあげないと。
しばらく頭を撫でていたら、僕からそっと離れていく。少しだけ表情も穏やかになったみたい。
「限界以上の力を使ってしまい、精霊としての性質を失ってしまったのが、あの姿だと思います」
「あの子を元に戻すことはできないかな」
「残念ですが、もう精霊とは別の存在に成り果ててしまいました。いくらマスターのお力でも……」
あの黒い精霊が力を使うとき、僕の耳には泣き声のような音が届いている。やっぱりあれは精霊の叫びだったんだ。迷宮に入ってから何度もモンスターを素通りしてたし、普段から精霊を酷使してたはず。そして僕たちから逃げるため連続でスキルを使った結果、ああなってしまったのか。
男が最初に消えた時も鳴き声が聞こえてたから、遅かれ早かれ限界を迎えていた可能性が高い。みんなが罪悪感にとらわれないよう、後でしっかり話をしておこう。
「ねえ、あの男ってどうなったの?」
「俺様たち精霊は、何もない場所で生まれるとか言われてんだ。あの野郎はそこに取り込まれちまったんだろ。いわば存在ごと虚空に消えたって感じだな」
「永遠に抜け出せない牢獄ってところかしら。そこがどんな場所か知らないけど、自業自得というやつね」
前に夢で見た場所は大きな木があって、気持ちのいい風が吹いている草原だった。そことは違うんだろうか。もし何もない虚無な空間だったら、精神のほうが耐えられそうにない。アイリスの言う通り、自業自得だけど。
みんなショックから立ち直ってきてるし、これ以上深く考えないほうがいいな。
「カメリア様。一つお願いを聞いていただけないでしょうか」
「うん、いいよスズラン」
「今のあの子は邪霊と言っていい存在になってしまいました。あんな姿のままにしておくのは不憫ですし、誰かに迷惑をかけてしまうかもしれません。そうなる前に浄化していただけないでしょうか」
「わかった、任せておいて」
カメリアが魔剣を顕現させ、刀身を浄炎の状態に変える。
「今までずっと無理してきたから、そんな姿になっちゃったんだね。もう命令する人はいなくなったし、ゆっくり休んでもいいよ。今度精霊に生まれ変わる時は、ダイチにみたいな人と巡り会えるように祈ってる。お休み、元気でね」
ずっとその場に留まっていた黒い塊を浄化の炎で一閃すると、白い光になってサラサラと形が崩れていく。最後の光が消える瞬間、僕の耳に音のようなものが届いた。それは「ありがとう」という言葉だった気がする……
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重い足取りのまま、僕たちは出口へ向かう。なにせあの男からは、ほとんど情報を聞き出せなかった。迷宮解放同盟と関係があるのかすら不明なままだ。もっとうまい方法はあったかもしれないが、僕たちは諜報や尋問のプロじゃない。
ただ唯一の救いは、カメリアの顔がかなりスッキリとした表情になっていること。ボディーブローとビンタがクリーンヒットしてるし、敵討ちという目的を果たせたんだろう。
目の前で人が消えてしまう出来事があったのに、不思議と落ち着いていられる。まあ後味の悪い終わり方だったけどね。これはスズランが持つスキルの影響だけではない気がする。日本と比べて死が身近に存在するだけあって、僕の精神もこっちの世界に順応しはじめてるのかも。
「一つ質問をしてもいいか、スズラン」
「はい、なんでしょうかシア様」
「そのアレだ……他の精霊やリョクも、ああいった暴走をしてしまうことはあるんだろうか?」
「その心配はありません。無理に力を引き出そうとしても、精霊の心がブレーキを掛けてしまいますから。あの子にはそういった感情が芽生えていなかったので、限界以上に無理をしてしまったんです」
最初に黒い精霊を見た時に、スズランが〝空虚〟だと言ってたな。魔道具みたいなものかと思ってたけど、今日の様子を見る限りちゃんとした生命体だろう。でも心を持たない存在がどうやって生まれたのか、まだ何もかもわからないことだらけだ。
あまり考えたくないけど、スズランと同じ進化を遂げたカローラちゃんが、関わっていたりするんだろうか。仮にスズランと同じ【新生】スキルを持っているとすれば、他にも特殊な精霊が生まれているはず。
一緒にコンサートを見に行った時の様子を見る限り、彼女自身に悪意みたいなものは無いと断言できる。もしカローラちゃんが周りの大人たちに利用されてるなら、なんとかして救い出してあげたい。
「そうか、それを聞いて安心したよ。リョクとあんな別れ方をするのは嫌だからな」
「クロウも無茶しないでね。やりたくないことや辛いことがあったら、ちゃんとボクに言ってよ」
「優しいご主人さまに仕えられて、俺様超幸せだぜ。絶対に無理なんかしねえ、だから安心してくれ!」
「スズランやサクラたちもね。みんな持ってる力が特殊だから、負担も大きくなると思う。少しでも不調を感じたら、ちゃんと伝えて」
「そのように気をかけていただけると、精霊として生まれてよかったと思います。こうしてマスターの大きくて優しい心に包まれている限り、私や子供たちが我を失うなんてことはありません。どうか心配なさらないで下さい」
リョクはシアの胸へ飛び込み、クロウはカメリアに頬ずりしてる。そっと寄り添ってきたスズランは、僕の腕を抱きしめてきた。頭の上がちょっとくすぐったいし、サクラたちはそこに集合してるのかな。
「アスフィーもごめんね。今日はちょっと良くないことをさせちゃったよ」
「前に主様を傷つけてる。斬られても文句いえないことをした、だから問題ない」
とはいえ人に刃物を向けるのは、僕の心理的負担も大きい。出来ればこんなことは、二度とおこらない方がいいだろう。
「結果がどうあれ、これでカメリアの両親が抱えていた無念を晴らせたはずよ。さっき下僕が言っていた声も気になるけど、まずはポピーやアプリコットに報告して判断を仰ぎましょ。さっさと帰って寝ておかないと、早起きのユグに怒られてしまうわ」
確かにグズグズしていたら日付が変わってしまう。僕たちは気を取り直し、迷宮の出口を目指す。今日はもう何もかも忘れて、泥のように眠りたい。
次回、カメリアと……