第12話 チェックメイト
なにやら小説家になろうの新機能で、一話毎に〝いいね〟が押せるようになったみたいです。
以前似たような要望を送ったことがあるから、実装されて嬉しい。
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少し離れた場所に身を潜め、男の行動を観察する。サクラが持つ【隠密】スキルのおかげで、相手に気づかれている様子はない。きっと気配察知みたいな特殊な感覚を、持ってないんだろう。
「(あれ、モンスターを捕まえてるんだよね?)」
「(ご主人さまに向かって投げつけたのも、同じボールだったな)」
「(あんな小さな玉にモンスターを封印するなど、恐ろしく高度な技術だぞ)」
男が黒いボールをモンスターに投げつけると、まるで吸い込まれるように消えていく。同じボールを何度も投げつけているので、一つのボールに複数封印できるみたいだ。あれはゲームに出てくるものより高性能だぞ。
時々捕獲に失敗するけど、モンスターは男を襲うこともなく離れていく。その場から立ち去るというより、何かを嫌がってるような感じがする。以前カメリアに振りかけられた液体は、モンスターを呼び寄せるものだったけど、逆に忌避させる成分でも開発したんだろうか。
「(モンスターに襲われないことといい、私たちの知らない技術をいくつも持ってそうね)」
「(あれを商品化すれば、多くの探索者を助けられるだろう。だが他人を害するために使うなど、実に嘆かわしい……)」
「(ねぇ、そろそろ声をかけてもいいかな)」
「(ボールから出てくるモンスターは、僕たちが対処する。カメリアはあの男に集中して)」
「(うん。ありがとう、ダイチ)」
投げつけたボールを回収する男から、以前のようなザワザワした感じは出ていない。いざという時は【交神】を使えば、大抵の事態に対応できるはず。ナーイアスさんには迷惑をかけてしまうことになるけど……
こうして見る限り今日は冷静に対応できそうだし、僕は露払いの方に専念しよう。そう心に決め、カメリアとともに男の方へ飛び出す。
「見つけたよ!」
「ん? ……確かイノーニで会った連中だな。何の用だ、俺の邪魔をしたいのならさっさと帰れ」
「モンスターを捕まえて、またどこかを襲わせるつもり? そんな実験はもう二度とさせないからね」
「てめえの命運はここまでだ。おとなしく捕まりやがれ、タマラック!」
クロウの言葉を聞いて、男の顔が一瞬歪む。間違いなく名前に反応したんだろう。
「どこでその名前を嗅ぎつけたのかは知らんが、その男はもう死んだ。後ろにいる人魚族の入れ知恵か? 他人の情報を勝手に探るなど、まったく度し難い種族だな」
「さっき出てきた家の地下に酒場があるとか、色々とネタは上がってるんだぜ。安息の地はもうないと思いな!」
「ピーピーとうるさい鳥だ。しかし話ができるとは面白い。実験材料として俺が有効活用してやろう」
「ボクの大切な子は絶対に渡さないよ。それに実験、実験って、それしか考えることはないの?」
「知識を追い求めることに、何の問題がある。我々人類は様々な試みを繰り返し、発展してきた。俺も同じことをしているに過ぎん」
「だからといって以前ばらまいたような、共鳴効果を利用した干渉波は関心せんな。安全性を全く考慮していない軍事技術を蘇らせるなど、あってはならん」
「ほう……あれを読み解けるとは、さすがエルフ族と言ったところか。どうだ、その知識を俺と一緒に活かしてみないか?」
「他人を害する行為に加担するのはお断りだ」
まあ解析してるのはバンダさんだけどね。それをここで言う必要はない。
どうでもいいことは置いておくとして、こんな状況にも関わらず平然としたままだな。なにか逃げる算段でもあるんだろうか。以前と同じように何をしでかすかわからない以上、十分に警戒しておこう。
「あなたがどんな理念を持って行動しているかなんて、とるに足らないことよ。ただ許されないことをやった、それだけで追い立てる理由は十分だもの。善悪の区別もつかない狂った集団は、滅ぼすに限るわ」
「ガキが偉そうに、何様のつもりだ。代わり映えしない日常を、ただ漠然と生きているだけの連中に、一体どんな価値がある。つまらん理想や正義感で、進化の歩みを止めることこそ愚行だと、なぜ理解できん。俺の追い求めている技術は、世界に革命を巻き起こす。その時になれば、どちらが正しかったのかわかるだろう」
「毎日一生懸命働いてたボクの友達や、村のために探索者を頑張ってたお父さんとお母さんに価値がないなんて、よくもそんなこと……」
「やっぱりてめぇだけは許せねえ……」
「二度も俺の貴重な時間を奪いやがって、とにかくお前らと議論するだけ無駄だ。俺は行かせてもらうぞ」
「そのまま動かないでもらえるかな」
精霊のスキルを全開にした肉体強化で素早く回り込み、男の背後から抜身のアスフィーを首筋に当てる。カメリアには飛び出すなと言っておきながら、今度は僕のほうが我慢できなかった。首筋にザワッとした感触があったので、先手を取ろうと思ったからだ。
アスフィーをこんなことに使いたくないけど、今はそれを言っている場合じゃない。何より優先すべきは、みんなの安全だから。
「大した力もない人族だと思っていたが、なかなかどうしていい動きをするじゃないか」
「イノーニの迷宮で会った時もそうだったけど、その自己中心的で他人の気持ちを全く考えない物言い、聞いてるだけで腹が立つんだ。技術を発展させるためなら何をやってもいいってその考え、狂った科学者と同じじゃないか」
「ふん、なんとでも言え。他人の言葉でやり方を変えるくらいなら、最初からこの道には進んでない」
「色々と聞きたいことがあるから、このまま迷宮の外まで付き合ってもらうよ」
「それで俺を捕らえたつもりか?」
そう言った男が、横に浮かぶ黒い精霊をチラリと見た。
「おい! 【潜行】を使え」
――オォォォーーン
悲しい叫び声のような音が聞こえると、目の前にいた男の姿が消えてしまう。やっぱりクロウから逃げたのは、精霊の持つスキルだったのか。
「隠れたって無駄だよ」
「ぶちかませ、ご主人さま!」
「……そこっ!!」
走り込んできたカメリアが、一見なにもない壁を思いっきり殴りつける。するとバラバラとなにかが落ちる音がして、腹を殴られくの字になった男の姿が現れた。
「ぐっ……ごほっ。お、俺の大事な道具を……粉々に、しやがっ……て」
「自分の体より道具の心配?」
「これを集めるために、どれだけ苦労したと……」
ローブのポケットに手を突っ込んだ男が、モンスターを閉じ込めていたボールを掴む。それを地面に投げつけようとしているが、最大級の警戒をしていた今なら。
――スパン!!
地面へぶつかる前に真っ二つにすると、何もおこらず迷宮の床をコロコロと転がっていく。破壊すると閉じ込めたモンスターが飛び出し、野良になってしまう作りとは違うみたい。
「くそっ! 次から次へと忌々しい。もう一度【潜行】だ。さっさとしろ!」
――オ……オォーン
また悲痛な叫びが聞こえ、再び姿が消えてしまう。
しかし今度は黒い影が、男の体にまとわりついたままだ。
「だから消えても無駄だって言ってるのに」
――パァーン
カメリアのビンタが、男の顔に命中する。
フードが完全に脱げ、露出した男の顔から鼻血が流れていた。
「自分の置かれた状況に気づかないなんて滑稽ね。状態異常を防ぐ手段は持っているようだけど、それを過信した結果かしら」
アイリスの使った〈纏影〉は、対象物に影で目印を付けてるだけだからね。スミレの【探査】でも消えた男は追えるけど、今の状態だったらどこに顔があるかまでわかってしまう。
「けったいな術を使いやがって。その術式を俺にも教えろ、新たな研究材料にしてやる」
「てめえはまだそんな事を言ってやがるのか」
「もう研究とか実験って言葉は聞き飽きたよ。気を失うまで殴って連れて行くから、覚悟してよね」
「ちっ……。ボーッとしてないで、もっと力を引き出せ。こいつらを撒いて、収集の続きをするぞ」
――オッ、オッ……オ
「その黒い子は限界まで力を振り絞ってます。それ以上命令するのはやめて下さい、きっと苦しくて泣いていますから」
「ただの道具に、お前はなにを言ってる。たとえここで潰れても、作り直せばいいだけだ」
――オ゛、オ゛、オ゛、ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーー
断末魔の叫びみたいな声がしたあと、男の横に浮かんでいた黒い精霊がゆらぎ始めた。
「いけません! マスター、カメリア様、離れて下さい!!」
緊迫したスズランの声で、僕とカメリアは慌ててみんなのいる場所まで戻る。そのとたん揺らいでいた黒い精霊は、人の背丈と変わらない大きさへ変化していく。
「面白い。これは精霊の暴走か? いい実験の材料に――」
――バクン!!
「えっ!? ……うそ」
「やべぇ……あの精霊、契約者を喰いやがった」
大きくなったクリオネの頭に相当する部分が六つに割れ、目の前にいた男を飲み込んでしまう。僕たちはそれを唖然と眺めるしかなかった。
あれはバッカルコーンといいます。
次回「第13話 後味の悪い結末」は来週公開予定。