第9話 手がかり発見
誤字報告、いつも助かってます。
転移ゲートを抜けると、目の前に懐かしい風景が広がる。ここに来たのは一体何ヶ月ぶりだろう。まだ一年経ってないはずなのに、ずいぶん昔のように思えてしまう。
ゼーロンで開催されたリナリアのソロコンサートが終わり、ウーサンへ戻ってきた僕たちに一つの知らせが届く。イノーニの神域が迷宮化したときに見つかった、精霊たちにプレッシャーを与える結界針、それの国外持ち出しが認められたらしいのだ。
そこで早速アプリコットさんが手に入れ、バンダさんの協力を得て解析してもらうことに――
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
学園長室にある執務机の前で真剣な顔をしたバンダさんが、様々な方向から黒いピンを精査している。イノーニが国を挙げて調査したものの、術式が独特すぎて手に負えないと結論が出た。大賢者であるエトワールさんも協力したけど、解析できなかったらしい。
その報告を受けたアプリコットさんが、学園でも調査すると貸し出しを申請。さすがに世界最大の学府だけあり、すんなり通ったそうだ。
「これはかつての世界大戦時代に使われていた術式と、よく似ておるのである。詳しい資料と突き合わせてみねばわからぬが、恐らく干渉系の術式なのである」
バンダさんの予想によれば、複数の結界針を共鳴させ、力場のような効果を生み出すものだろう、とのこと。それが波とよく似たものを発生させて、スズランたち精霊に影響していたってことか。
「この構文を見る限り、安全性など露ほども考慮しておらんであろうな……」
この大陸でも国同士で覇権を争っていた時代があった。その当時は軍事目的で様々な研究が行われ、独自の理論や技術体系が生み出されていく。もちろん戦いに勝つためのものなので、非人道的な兵器も開発されている。
そんな時代に武力を持たない人魚族がどうしていたかというと、結界を使った海上封鎖で籠城を続けていたそうだ。それを応用した技術で作ったのが、邪神を封じ込めていた結界らしい。つまり当時は侵略から国を守るため、多くの人魚族が人柱になったということ……
「この国にも基礎研究の一部が、資料として残されておるのである。恐らくこれも同じ理由で、現代に受け継がれた可能性が高いのである」
世界中に大きな爪痕を残した戦争が終結し、各国は同じ過ちを繰り返さないよう、協定を結んで軍事技術を封印した。かなり徹底的にやったらしく、今ではそのほとんどが失われたそうだ。しかし一部の技術は民生転用され、今の社会を支える礎になっている。
元の世界でも電子レンジとか位置情報システムとか、同じような経緯で生まれているはず。この世界で異様に魔道具が発展しているのは、そんな過去の歴史があったからだろう。
「例えば現存している古い資料を参考にしたとして、これを作った人ってかなり優秀なんじゃないんですか?」
「ここに刻まれておる術式も、今の技術体系とは大きく異なっておるのである。もし独学でこの域にたどり着いたのだとすれば、天才と言えるであろうな」
「エトワール様ですらお手上げの術式を組める人物がいるとは、世間は広いと言ったところか」
「当時の公式や定理は、国や研究機関によって独自の方言があったのである。安全性や機能的な問題が出て使われなくなったモノの方が多いゆえ、数百歳程度の若いエルフが知らぬのは仕方のないことであるよ」
さすが力を失っても干からびるだけの肉体を持った、不老不死の存在だ。寿命の長いハイエルフといえども、若輩者扱いしてしまってる。
「方言があるということは、この結界針の元になった術式がどこで使われていたとか、バンダさんにはわかります?」
「吾輩の記憶が間違っておらんのなら、大昔にアーワイチで見たものに近いのである」
「なら迷宮解放同盟のアジトが、アーワイチにあるってこと? ボク、すぐ行って探してみる」
「俺様が絶対見つけてやるからな、ご主人さま」
そこが拠点だと特定するには、まだ証拠として足りないものが多い。なにせ戦争があったのは千年以上昔だ。当時の資料がそのままの場所に残っている確率は低いだろう。それでもただ闇雲に探すより、あの男に近づけるはず。貴重な情報が手に入ったんだし、ここはこっちから積極的に動いていくべきか……
その時、棚で調べ物をしていたアプリコットさんが、一冊の本を持って近くに来てくれた。
「年が二十代後半で学問……特に古代の術式を研究しておった者に、一人だけ心当たりがあるのじゃ。アーワイチから短期留学に来た男で、名前はタマラック。十年ほど前じゃったか、当学園の図書館に入り浸っていおったのを、親父殿の話を聞いて思い出したのじゃ」
「どんな人だったんですか?」
「とにかく目立たん生徒じゃったな。授業のないときは常に図書館で本を読んでおる物静かな青年、くらいしか印象が残っておらんのじゃ」
アイリスの幻影で姿を確認してもらったけど、顔に残された傷跡のせいで特定はできなかった。大怪我のせいで人相が変わってしまい、当時の面影は残ってなかったんだろう。
だけどこれで迷宮解放同盟に繋がりそうな、複数の点が見えてきた。小さなことを線でつなげていけば、必ず尻尾をつかめるはず。カメリアは今にも飛び出したそうにしているし、僕たちも現地で捜査に参加しよう。
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
逸る気持ちを抑えつつ自然公園を抜け、繁華街の方へ歩いていく。学籍情報に残されていた住所に行ってみたいけど、僕たちは顔を知られている。もし街中で鉢合わせして以前のようにモンスターでも出されたら、無関係な人を巻き込んで大惨事になってしまう。
そんな事態を避けるため、まずは現地の協力者と会うことに。ウーサンがバックに付いてくれるというのは、こういうとき本当に助かる。
「ちゃんと見つかるかな」
「俺様がついてるんだ、心配はいらねえぜ。だからご主人さまは、焦らずどっしりと構えてな」
「うん、前みたいに一人で飛び出したりしないようにするね」
「いま私が持っている【分配】のストックを使って、子供たちのスキルを上げています。きっとカメリア様の力になってくれるはずです」
「スズランもありがとう!」
今まで上げてこなかったサクラの持つ【隠密】を、一気に四つ埋めてみた。過信は禁物だけど、確実に気づかれにくくなってるはずだ。まさかこんなことに使うとは思ってなかったけど、自分たちの持つアドバンテージは最大限活用させてもらおう。
血の繋がりという枷をはめられ、奴隷のように虐げられていたカメリアが、ずっと心の支えにしていた願いなんだ。例え法以外の手段で裁くことになっても、僕はそれを受け入れようと思っている。
「あそこがアプリコットの言っていたお店ね、準備はいいかしら?」
「注文は私がやろう」
そう言って進み始めたシアを先頭にお店へ入ると、落ち着いた雰囲気の店員さんが迎えてくれた。ちょうど空いている時間なのか、店内には数組のカップルしかいない。
「いらっしゃいませ! 今の時間はお飲み物のセットがお得になっております。期間限定のフェアもやってますので、この機会にぜひお試しください」
「では、こちらのセットを二つ、そしてこれとこれを一つづつ――」
差し出されたメニュー表を指差しながら、シアは次々とお菓子を注文していく。この店に来たのは初めてだけど、カラフルなイラストが添えてあって、見ているだけで口の中が甘くなってしまう。
人魚族には【細工】ってスキルがあるんだけど、それを持った人はとても繊細なアクセサリーを作ることが出来る。その技術をお菓子に応用すると、こうした高級スイーツのお店になるらしい。
「ご一緒にこちらもいかがでしょうか?」
「ではそれと、そちらのお菓子も頼む」
「ありがとうございます。お席の方にご案内いいたしますので、店内へどうぞ」
店員さんについていくと、お店の奥にある個室へ通された。ドアがいくつか並んでいるけど、一番大きな部屋みたいだ。全員でそこに入ると店員さんがドアを閉め、こちらへ深々と頭を下げてくれる。
「初めまして。私の名前はポピーと申します。アプリコット学長の命でいらっしゃった、天空の翼の皆さまでよろしいですか?」
さっきシアがやった注文は、特別な意味を持つ。順番と個数、そして最後の受け答が暗号の役割をしてるんだけど、僕には覚えられなかった。さすが【知術】のスキルを持ったエルフ族だよ。シアがいなかったら、カンペを用意しないとダメだっただろう。
だけど、ああいうやり取りはスパイ映画みたいで、ちょっと興奮したのは秘密。
それはともかく、ここに来た目的を果たさないと……
タマラックという人の情報を集めよう。
カトレアと結ばれた後のバンダは、邪神の封印に使える技術研究をしていました。しかし迷宮内に強力な結界を作るには軍事技術の転用しか手段がなく、人柱がどうしても必要だったという過去があります。
◇◆◇
アメリカカラマツ:タマラック
唐松:ラーチ
ということで、もちろん同一人物。
次回は「第10話 繋がる線」です。