第8話 花嫁から天使へ
誤字報告ありがとうございました。
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この世界のコンサートに、アンコールの風習はありません。
コンサートも終盤に差し掛かり、いよいよラストの曲を残すのみになった。もちろん本番前の控室へ行き、リナリアに精気を渡してある。スタッフやデイジーさんが覗きに来ようとするので、追い出すのが大変だったけどね!
「もう終わり……ちょっと残念」
「次はきっとすごいステージになるわよ、最後まで精一杯応援してあげなさい」
「うん……わかった」
なんかアイリスとカローラちゃん、すっかり仲が良くなってるな。並んで座りながら、横断幕を上下に動かしている。やっぱり黒が好きな者同士、気が合うんだろうか。
出番直前のリナリアに会ってるけど、衣装にどんな仕掛けがあるのかまだ知らない。とにかくアレだけの重量があったんだ、間違いなく奇想天外な細工をしているはず。カローラちゃんだけでなく、会場中の度肝を抜く演出になりそう。
「りなおねーたん、でてきたよ!」
「あれはなんというか……動きにくそうな服だな」
「フリルが一杯ついてて可愛いね」
「ご主人さまでもきっと似合うぜ」
ステージ背面のセットが開き、そこからゆっくり出てきたリナリアは、円錐形に大きく広がったドレス姿だ。レースやフリルがふんだんにあしらってあり、以前のコンサートで着ていた服よりウエディングドレスっぽい。ステージ裏で最終的な着付けをするとか言ってたけど、なるほどこれは納得できる。とてもじゃないけど、狭い廊下をこの格好で歩けない。
確かに動き回ることをまったく考えてない服だけど、カメリアにも似合うと思うよ。ひまわりの咲く丘のチャペルで、純白のウェディングドレスに身を包んだ君と……なんてね!
しかし僕が楽屋から戻ってくるこの短時間で、あれだけ豪華な服を着せられるとは。
やっぱりプロは凄いな。
「あの時と同じ……髪の毛キラキラしてる」
「今から流れる歌を聞くと、気持ちが落ち着いたり元気になったりすると思うよ」
「前もそうだったから……楽しみ」
僕の前に座ってるカローラちゃんとそんな話をしていたら、静かなイントロが流れ出す。ラストの曲は歴代歌姫たちのヒット曲を集めた、コンサートのみで披露されるノンストップメドレーだ。そのうちの一曲は、祖母のカトレアさんが歌っていたものが含まれている。そういえば本人に歌唱指導を受けてたっけ。
「私たち使い魔の心まで穏やかにしてしまう、リナリア様が持つ歌の力は本当に凄いです」
「……すごく落ち着ける。ユグちゃんはどう?」
「げんきなのも、しずかなのも、どっちもすき!」
「うんうん、私もユグちゃんの意見に賛成だよ」
「リナリアの歌……どれもいい」
余剰精気をきらめかせながら静かに歌うリナリアは、とても幻想的に見える。歌に合わせてコールやジャンプしていたアリーナ席のファンたちも、今は肩を寄せ合いながら聞き入ってる程だ。
そのまま数曲しっとりとした歌が続き、急に曲のテンポが上がりだす。するとスカートの端からドレスがどんどん解け、中からまったく別の服が現れた。
「うわっ、リナリアの背中から羽が出てきたよ!?」
「あの服は魔道具で出来てるらしいぜ、ご主人さま」
「羽根を動かしながら一枚一枚光らせるなど、恐ろしく凝った道具だぞアレは。とんでもないものを作ったものだ……」
それでやたら重かったのか!
シアが呆れるくらいのギミックが仕込まれてるなら、重量が増えてしまうのは当然だよ。
コンサートを見ているお客さんたちも、花嫁から天使に変わったリナリアを、呆然と眺めている。そして背中から出てきた羽根が広がり終わると、曲に合わせて踊りながら、ステージを縦横無尽に駆け始めた。周囲に舞い散る余剰精気が羽根の動きによって軌道を変え、光の海を飛んでいるような錯覚を生み出す。
「これは凄いという以外の感想が出てきません」
「うん、僕もスズランと同じだよ。凄いとしか言いようがないよね」
元の世界でも光る服とか、稼働するアクセサリーとかはあった。だけど、ここまでファンタスティックな効果は出せないだろう。異世界ならではの演出に、僕の心はどんどん高揚してくる。
「リナリアーーー」
「りなおねーたーん」
ついに我慢できなくなり、手を大きく振りながら名前を呼ぶ。ニナの膝に座っているユグも、釣られるように声を出す。それがきっかけとなり、会場のあちこちから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。近くにいる探索者たちも、すっかりリナリアに魅了されてるみたい。
ステージ上のリナリアも湧き上がる声援に応えようと、最高のパフォーマンスを披露してくれている。
こうしてゼーロンで開かれたソロコンサートは、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
◇◆◇
少し人の波が落ち着いてから、僕たちは会場をあとにする。露店や屋台で賑わっている広場を進むと、噴水の横に黒スーツ姿の男性が立っていた。あれはロータスさんだな。切れのある細い目で僕たちの方を見て、ゆっくりと頭を下げてくれる。
「こんにちは、ロータスさん。カローラちゃんをお連れしました」
「この度は盟主様をお誘いいただき、誠にありがとうございました」
「いえ、ちょうど団体席の余裕がありましたので」
「お礼と言うにはいささか粗末なものですが、感謝の気持をどうぞお受取り下さい」
ロータスさんが差し出してくれたのは、高級そうな装飾のされた化粧箱だ。大きな箱の割にかなり軽いし、中身はお菓子っぽい。この人がわざわざ持ってきてくれるものだし、きっと有名な銘菓なんだろう。後でデイジーさんに聞いてみよ。
「ありがとうございます、お気を使わせてしまい恐縮です」
「とんでもございません。盟主様が楽しみにしておられたコンサートのチケットが手に入らず、とても困っていたところだったのです。カレンデュラからも感謝の言葉を預かっております、本当にありがとうございました」
コンサートの興奮が冷めやらないカローラちゃんは、少し離れた場所でカメリアやアイリスと熱く語り合ってる。今のうちにちょっとお願いをしてみよう。
「あの。カローラちゃんに手紙とか書きたいんですけど、住所を教えてもらう事ってできませんか?」
「申し訳ございません。盟主様の個人情報は、旦那さまの許可がないとお伝えできないのです」
「あっ、そうでしたか。不躾なことをお聞きして、申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ上級探索者の方に礼を欠く対応になってしまい、心苦しい限りです」
出かけるときは必ず付き添いがいるし、かなり厳格な家なんだろう。今日こうして単独行動を許されたのは、カレンデュラさんが特別な配慮をしてくれたってことか。もしかすると家の人は、この子が精霊だということを隠しておきたいのかも。僕たちだってスズランが精霊だということは、できるだけ漏らさないようにしている。それと同じことを考えてもおかしくない。
「(おいダイチ、俺様がこっそりついていってやろうか?)」
「(探るような真似をして万が一バレたら二度と会えなくなりそうだし、正当な方法で教えてもらえるようにした方がいいと思う)」
「(そんなことになると、ご主人さまが悲しむな。わかったぜ、今回はお前の意見を聞いてやる)」
内緒話をしに来てくれたクロウはカローラちゃんの方へ飛んでいき、別れを惜しむように肩へ降り立つ。その様子を見ていたロータスさんが、僕の方に視線を戻す。
「あれほど楽しそうな盟主様の姿を見るのは久しぶりです」
「僕たちはリナリアの参加するコンサートには必ず足を運ぶようにしてるんですが、もしカローラちゃんを見かけたときはまた誘っても構いませんか?」
「はい、もちろんでございます。上級探索者の方でしたら旦那様も咎めることはないと思いますので、そのときは是非お声がけ下さい」
今はこうして約束を取り付けられただけで、よしてしておこう。やっぱり上級探索者の地位って、色々な場面で役に立つな。このランクに上がっておいてよかった。
そして名残惜しそうなカローラちゃんと別れ、僕たちは帰路につく。
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ロータスさんからもらった菓子折り、実は予約しないと絶対に買えないという、超有名なものらしい。しかも予約は抽選なので、何ヶ月も手に入らないとかあるそうだ。コンサートスタッフにも差し入れしたけど、かなり喜んでもらえている。
そんなものが予約無しで手に入るんだから、もしかするとカローラちゃんの家が経営や出資をしてるのかも。
次回から事態は急転「第9話 手がかり発見」の更新をお待ち下さい。