閑話24 ロータスとカレンデュラ
誤字報告ありがとうございました!
今回も閑話をお送りします。
大地たちと別れたカレンデュラは、通りを歩きながら大きく息を吐く。ボディーラインを強調する服を着た女性が、扇情的な仕草で吐息を漏らしているため、すれ違う人々の注目を浴びる。そうしたいつもの視線を無視し、カレンデュラはポツリと言葉を漏らした。
「はぁー、助かったわ。人形の機嫌を損ねて、また精霊が消えたりすると、たまったもんじゃないからね」
歌姫のフェスティバルを見に行って以降、盟主が癇癪を起こしたことは一度もない。あの日の出来事は、彼女の心にそれだけのものを残していた。しかし以前より少ない頻度とはいえ、何度か機嫌を悪くしている。ロータスたちは子供にありがちな、情緒の乱高下だと考えているが、それは思い違いだ。
彼女も精霊である以上、自分へ向けられている心の波動に、翻弄される体質を持つ。幸いなことにまだ未発達な部分があるゆえ、悪意や畏怖といった感情まで読み取れていない。しかし上辺だけの親愛を向けられていることは、本能的に感じ取っていた。
そういった周りの環境に影響を受けると、どうしても心の安定さを欠いてしまう。それは大地から大きな愛情と全幅の信頼を寄せられ、尋常でないほど落ち着いているスズランとの大きな違いである。
「それにしても……」
カレンデュラは自分のために都合よく動く人材を、探すことに長けた女性だ。そのため世界中を旅しながら、様々な人物と関係を重ねていた。もちろんその中には探索者も大勢おり、雑多な情報が耳に入ってくる。あれだけ目立つ上級探索者がノーチェック状態だったことに、少し自信をなくしてしまう。そして彼女を気落ちさせる出来事が、もう一点……
「ダイチとかいうあの男、私みたいな女に性欲がわかないのかしら」
誰にも聞こえない声で、思わずそんな言葉を吐き出す。内緒話をするふりをして迫ってみたものの、まったく反応されなかったことが、かなりショックだったのだ。
とはいえ、彼の後ろに控えていた人魚族の女性は、女の自分が見ても息を呑むほど美しかった。それに獣人族の子供に父と呼ばれているのなら、あの場にいないメンバーが存在するはず。カメリアという魔人族の女もかなりレベルが高かったし、最近話題の大賢者を真似たエルフ族までいる。加えてオーダーメイドの黒ドレスを着た少女と、周りにいた従業員っぽい三人も容姿端麗。
そんなハーレムクランで活動しているなら、自分の色仕掛けに反応しないのも無理はない。カレンデュラはそう自分を納得させ、前を向いて歩き出す。
しばらく進んでいると、沿道の端に見知った人物を発見した。
「その様子だと、チケットはまだ手に入ってないようね」
「ん? カレンデュラか。どういうわけか、どこにいっても手に入らないな。たかが小娘一人に熱を上げるなど、私には理解できん」
「史上初の上級探索者資格を持った歌姫なんて宣伝してたし、会場の周りも獣人族や魔人族が多かったわよ。今回は運が悪かったと思う他ないわね」
いつもの軽い調子でしゃべるカレンデュラの態度を見て、ロータスはわずかに眉をひそめる。そしてつい愚痴をこぼしてしまった自分の迂闊さに、頭を抱えそうになった。あれだけコンサートを楽しみにしていた盟主に、今の言葉を聞かれるのは非常にまずい。このところ機嫌よく新しい精霊を生み出しているのに、以前の状態に戻ったりすると台無しだ。失言してしまった自分を恨みながら視線を下げるが、カレンデュラの横には誰もいない。
「おい、盟主様はどうした」
「アレなら今頃コンサートを見てるわよ」
「一体どういうことだ。まさかお前……」
ロータスは細い目をさらに鋭くしてカレンデュラを睨む。
「ちょっと、そんな怖い顔しないでよ。前にアレを保護したっていう探索者と偶然会ってね、その子たちが予約してる席に余裕があるって言うから、一緒に連れて行ってもらったの」
「ああ、確か人族と魔人族の二人組みだったな。そうか、あの連中がいたのか」
そう言ってロータスは怒気をすっと収める。正直なところ今回の件は、八方塞がりの状態だった。数倍の金額で買収を持ちかけても、承諾する者は現れない。すでに開演ギリギリの時間になり、残されているのは非合法な手段だけ。しかし人魚族に目をつけられる事態だけは、なんとしても回避する必要がある。
そこまで追い詰められていたため、組織の重要人物が他人の手に委ねられていることを、受け入れてしまった。もちろんリスクが有るのはわかっているが、盟主の機嫌を損ねて計画が遅れることを天秤にかけ、結果的に良い方へ傾いたと判断したのだ。
「お前が直接会って判断したのなら間違いない人物だと思うが、アレの素性が漏れたりしないだろうな」
「本人すら気づいてないんだもの、漏洩する心配なんていらないわよ。それにアレが知ってる情報なんて、住んでる場所から家族の名前まで、全部でたらめなんだもの」
「それもそうか。で、どうだった、あの連中は。我々の組織に取り込めそうか?」
「それはやめといた方がいいわね。上級探索者に手を出したりすると、世界中のギルドを敵に回してしまうわ」
「上級だと? 確か前に会った時は、銀色の腕輪をしていたと思ったのだが」
「あら、まだ若い子ばかりだったのに、短時間でランクが上がるなんて凄いじゃない。そんな実力者が揃ってるのに、どうして私の耳に入ってこなかったのかしら」
そもそも大地たちは、表立って活動する機会が多くない。なにせ迷宮内でも野営をしたことはなく、普段も離島か影の中を生活の場にしているからである。そして最大の難関でもある上級探索者への試練を難なく乗り越え、推薦人募集の告知も一瞬で取り下げられた。カレンデュラの耳に入らなかったのも、無理からぬ事であろう。
「とにかくアレが異様に懐いてて驚いたわ。獣人族の子供までいたし、ただのハーレムクランってわけじゃなさそうね」
「獣人族は自分より弱い奴には決してなびかないからな。探索者らしからぬ物腰をした少年だったが、見た目で判断するのは危険ということか……」
ロータスは大地とカメリアにしか会っていないことを知っていたため、他のメンバーについてカレンデュラは語っていく。自分の魅力に絶対の自信を持つ彼女の口から聞かされるスズランの情報に、ロータスは驚きを隠せない様子だ。そしてオーダーメイドの服を着たアイリスやアスフィーのことを聞き、かなり裕福なクランで間違いないと判断する。
そうしたクランは醜聞を嫌うため、少しの間盟主を任せるくらいは平気だろう、そう最終的な答えを出す。大手になると社会貢献の一環として、孤児へ施しをすることも多いからだ。そして有望な者がいれば、クランで引き取ったりもする。もっとも大地たちにそんな意図はないのだが、ロータスたちにそれを知るすべはない。
「とにかく今回ばかりは助かった。そいつらとは適当な距離を開けて、うまく利用できればいいだろう」
「まあ、その辺はロータスに任せるわ。私の担当じゃないもの」
最大の懸案事項が消え、二人とも心底ホッとしていた。人通りの少ない道を歩きながら、待ち合わせ場所や時間の確認をしていく。
「二度とこんなことで私を呼び出さないでくれる? もう朝から生きた心地がしなかったんだから」
「私の心労を知ることができただろう?」
「今回の件は貸しだからね。しばらく好きにさせてもらうけど、文句は言わせないわ」
「アレには会っていかないのか?」
「まっぴらごめんよ。それにあの連中と会ったら、また自信を無くしそうだもの」
そう言い残して立ち去ろうとするカレンデュラに、ロータスが声をかける。
「最近どうも各国の様子がおかしい、お前も気をつけておけ」
「いくら探りを入れたって、無駄だと思うんだけどね」
「大事な時期だ、用心に越したことはない。ラーチに会ったら伝えておいてくれ」
「そういえば滅多に発生しない実験場で、道具をいくつか使い捨てにしたとか言ってたわね。材料を集め直すみたいだし、居るとすればアーワイチかしら。そっちに用事ができたら探してみるわ」
カレンデュラは一度も振り返ることなく、片手をひらひら振りながら大通りの方へ歩いていく。それを見送ったあと、ロータスはコンサート会場の近くにある噴水へ向かうのだった。
リナリアのソロコンサートもいよいよクライマックス。
観客の度肝を抜く演出とは?
明日更新予定の「第8話 花嫁から天使へ」をお楽しみに!