第7話 何をいまさらって気持ちにしかならない
「カローラという少女ですが、私と同じ精霊です」
ずっと気を遣って黙っていてくれたスズランが伝えてくれたのは、予想をはるかに超える事実だった。でも、なんでだろう。驚きはしたけど、なぜかすんなり受け入れられる。
「だとすれば、あの子に両親っていないのか。まだ子供なのに、ちょっと可哀想だね」
「あの……マスター。それだけなんですか? 驚いたりはしないのですか?」
「あー、うん。まさか精霊だとは思ってなかったし、驚きはしてる。でもそれがわかったからって、何かが変わるわけじゃないよ」
つまるところ、僕の考えとしてはこうだ。
「以前迷子になってた時も、楽しそうに遊んだりお菓子を美味しそうに食べてたし、今日だってコンサートに行くことができて、すごく嬉しそうにしてた。付き合いはまだまだ短いけど、カローラちゃんは素直で可愛い、普通の女の子だしね。あの子の境遇に思うところはあるけど、今はそれだけで十分じゃないかな」
「やはりマスターは素敵な方です。あなたが私のマスターで本当に良かった」
ちょっと感極まった感じのスズランが胸にすがりついてきたので、その頭をゆっくりなでながら片方の手を腰に回す。誰も見てないし、少しくらいイチャイチャしても問題ないよね?
「スズランがいるから、こうして受け入れられるんだよ。でもそうだとすれば、あの子も白の精霊だったりする?」
「そこまでは私にもわかりません。自分の子供たちなら見なくてもわかりますが、他の精霊たちは同じ色でもそれぞれ違った個性を持っていますので」
「髪の色が影響してるなら前に見た黒の精霊なんだけど、それだけじゃ判断できないってことか。スズランだって、きれいな銀髪だしね」
「この姿になれたのは、マスターの気持ちや私の内面が反映されていますので、あの子に関しても同様の影響を受けていると思います」
なにせ本人も黒が落ち着くって言ってたくらいだし、そうした部分が強く出てるのかもしれない。あの子に【新生】スキルがあって、黒い精霊を生み出したなんて頭をよぎるが、今の時点で変に先入観を持つのは危険だ。この世界で生まれる精霊は四色だけじゃないことを、僕たちが一番良く知っている。広い視野を持ち短絡的な判断をしないことが大切だと、大勇者と大賢者からさんざん学んだじゃないか。
それに黒い精霊を連れたカメリアの仇だって、まだ迷宮解放同盟の一員だと判明したわけじゃない。仮にあの男と繋がりがあったとしても、執事っぽいロータスさんや、さっき会ったカレンデュラさんと、結びつく要素がなさすぎる。雰囲気や言動、それに物腰もまったく違ってたからね。
現時点では疑い出すと全てが怪しくなるほど、決定的な証拠が揃ってないんだ。とにかく今はスズランと同じ進化をした存在が、他にもいたことを喜ぼう。
「ちょっと聞きづらい質問だけど、構わないかな?」
「はい、何でしょうか、マイ・マスター」
「あの子が邪悪な存在ってことはない?」
「それは大丈夫です。あの子はとても純真無垢な心を持っていますから。そうした心根だけを捉えるなら、白の精霊かもしれません」
万が一ユグに変な影響を与えたら困ると思って聞いてみたけど、カローラちゃんに対してあまりにも失礼だったな。動物の形をしたグミを食べるとき、可哀想なんていう子が邪悪な存在なわけない。
「前に会ったロータスさんや、今日一緒だったカレンデュラさんとか、カローラちゃんが精霊なことを知ってると思う?」
「私のような存在がいないと精霊だと気づくことはないはずので、身寄りのない子供だと思われているかもしれませんね」
「知ってるのは引き取った人物だけで、使用人には知らせてない可能性もあるか……」
とにかくここでスズランと議論したって、答えは出ないだろう。ましてや保護者に「お嬢さんは精霊ですよ」なんて言えるはずもない。もしかすると本人も気づいてない可能性だってある。
「ともかくスズランと同じ姿になれた精霊が、他にもいるなんて嬉しいよ。だけどカローラちゃんの前で、この話をするのはやめておこうね」
「はい、その方がいいと思います。おそらくクロウも気づくと思いますので、騒ぎになる前に戻りましょうか」
そういえば開演の直前に合流するとか言ってたっけ。会場のボルテージも上がってきたみたいだし、そろそろ戻ったほうが良さそうだ。
◇◆◇
みんなのいる場所へ戻ると、最前列の席で横断幕の準備をしていた。そこには〝目指せトップアイドル!〟〝頑張れリナリアちゃん〟と、二段に分けて書いてある。あれはイチカが気合を入れて準備していたやつだな。文章の部分に光沢のある材料を使ってるので、ラメ文字みたいに光を反射してよく目立つ。
「みんな、ただいま」
「ただいま戻りました」
「おかえり。なに……してたの?」
「応援して声を出すと喉が渇くから、飲み物を買ってきたんだよ」
カメリアの膝に座って、横断幕の端を持っているカローラちゃんには、途中の売店で買ってきた果実水を、そしてニナの膝に座っているユグには、用意しておいた水を渡す。
「ちょっと冷たくて……美味しい」
「おとーたん、おいしい!」
「お代わりはまだあるから、のどが渇いた時は遠慮なく言ってね」
改めて意識してみたけど、やっぱりどう見ても普通の子供だ。それに僕の家族には擬態化した魔剣のアスフィーや、神樹の意識体であるユグがいる。なにより使い魔の三人だって元は人形だもんな。人とは異なる存在が増えたところで、何をいまさらって気持ちにしかならない。
嬉しそうに果実水を飲むカローラちゃんを見ていたら、遠くの方から黒い物体が近づいてきた。僕たちの方へ急降下して、カメリアの肩にフワリと降り立つ。
「あ……黒い鳥」
「この子が前に言ったボクの友達だよ、名前はクロウっていうの」
「前にご主人さまが言ってた、カローラってのがお前だな。俺様はおっぱいの救護精霊クロウっていうんだ、よろしくな!」
「話ができる鳥……初めて見た。なでても……いい?」
「あー、ちょっとダイチ宛の伝言を頼まれててな。少しだけ待ってくれ」
そう言って僕の肩に飛んできたクロウが、小声で話しかけてくる。ちゃんと空気を読んで騒がなかったのは、すごく助かるよ。ありがとう、クロウ。
「(おい、一体どういうことだ。ありゃスズランと同じだぞ)」
「(私も会った時は驚きましたが、あの子は特級精霊ですよ)」
「(すごくいい子だから心配しないで)」
「(それくらいは俺様もにもわかる。あいつからは邪な波動が出てないからな)」
やっぱりその辺はクロウにもわかるんだ。逆にカローラちゃんが他の精霊に気づかないのは、まだ感覚が未発達だからだろうか。容姿が子供になったのも、心や能力の違いが影響していそう。
「(とりあえずこの場では、黙っておいてもらえませんか?)」
「(それくらいは構わねえぞ、スズラン。ご主人さまに懐いてるみたいだし、いい子じゃねえか)」
「(あの子は黒い色がすごく好きみたいなんだ、悪いけど相手をしてあげてくれないかな)」
「(黒が好きってのは、見どころがあるぜ。俺様に任せときな!)」
前は迷いなく黒の鳥を選んでたし、今日もカメリアに黒猫を買ってもらっていた。喋って意思疎通のできるクロウが相手をしてくれると、すごく喜んでくれるはずだ。
「おう! 待たせて悪かったな。俺様のことは遠慮なく撫でていいぞ」
「クロウ……すごく可愛い。私もこんな子……欲しい」
「なんだ、ペットとか飼ってねえのか?」
「動物飼うの……ダメって言われてる」
「家庭の事情なら仕方ねえな。よし! コンサートの間だけでも、俺様を存分に可愛がっていけよ」
「うん! すごく……うれしい」
小鳥サイズになっているクロウを両手で持ち上げ、愛おしそうに頬ずりをしている。確か動物を飼うのは、情操教育にいいとか言われてたはず。限られた時間だけど今日の出来事は、カローラちゃんの心が成長する糧になると思う。
「よかったね、カローラちゃん」
「今日……カメリアたちに会えて……よかった」
「クロウもありがとうね」
「どうってこと無いぜ、ご主人さま」
微笑ましいやり取りも一段落したとき、開演の合図になる音楽が流れ出した。ステージの袖からリナリアが登場すると、会場の熱気が一気に上る。
「今日はリナリアのコンサートに来てくれて、ありがとうなの。初めてコンサートで歌う新曲から、聞いてくださいなの!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉー!!!」」」」」
初っ端から初披露の曲が聞けるとわかり、観客たちは大興奮だ。
歓声に応えたリナリアが、ステージ上で元気に手を振る。すると手首にはめられた金色のブレスレットが、陽の光を反射してキラキラ輝く。それを見ていた近くの観客から「確かに上級探索者の腕輪だ」とか「噂は本当だったのか」なんて声が聞こえてきた。
アリーナ席には生粋のファンが多いみたいだけど、スタンド席の方は獣人族や魔人族の姿が目立つ。上級探索者かつ現役の歌姫という史上初の存在を、ひと目見てみようと来てくれたんだろうな。これがきっかけでリナリアのファンが、ますます増えそうな気がする。
そして曲のイントロが流れ出すと、会場のざわめきが消えていく。
こうしてリナリアのソロコンサートが始まったのだった。
誤解やすれ違いを繰り返しているのは、相手も同じだったりします。
次回「閑話24 ロータスとカレンデュラ」をお楽しみに。