第6話 僕は昔の電気製品じゃありません
露店の後片付けを終わらせると、コンサート開始まで丁度いい時間になった。ホールへの入場はすでに始まっているようで、円形の建物にいくつもある入口へ向かって、どんどん人の流れが生まれていく。
「やっぱり高い場所……よく見えて楽しい」
「主様、家族で一番高い。ここ特等席」
「とおくまでみえうの、おとーたんがいちばん」
「後でボクも抱っこしてあげるからね」
「うん……中に入ったら……やって欲しい」
今の僕は背中にアスフィーをぶら下げ、左腕でユグを右腕でカローラちゃんを抱っこした状態だ。さすがにこのまま場内を歩くのは危険だし、中に入ったらカメリアとニナに手伝ってもらおう。なにせ子供を三人も抱えていると、心配そうな目で見てくる人が多い。でも大丈夫なんですよ、今も精霊の恩恵を受けてるので。
実は今回のコンサートで着るステージ衣装の一つに、ちょっと特殊なものがある。それを着こなすために、メロンのスキルを発動しっぱなしなのだ。デイジーさんが面白がって持たせてくれたけど、かなりの重量に思わず「十二単かよ!」とツッコミをいれかけた。着物とか持ったことないけどね。とにかく衣装ケースの中に、天然水のペットボトルでも詰めてるんじゃないか、そんな疑いを持ったほどだから、かなり特殊なもののはず。
これまで一緒に活動していたスタッフたちに、リナリアの力と体力が急激に伸びたことを、隠し通すのは難しい。だからその辺りは、あらかじめ正直に伝えてある。その状態に合わせて作られてるとはいえ、職人さんたち悪乗りし過ぎだよ。今まで諦めていたアイデアを詰め込んだ、究極のドレスとか言ってたけどさ……
ちなみに身に着けた姿は、まだ見ていない。
年末の歌合戦に出てくるような、自立すら難しい衣装だったりして?
「やっぱり……重い?」
「あっ、そんなことないよ。ちょっと考え事してただけだから」
おっといけない。こうして考え込む癖は直さないとダメだな。
「心配しなくても大丈夫よ。多少負荷をかけたくらいでは壊れたりしないし、叩けば直るから安心なさい」
「そう……なの?」
「これくらいへっちゃらなのは事実だけど、叩くのは勘弁して欲しいな」
僕は昔の電気製品じゃありません。そういえば以前、ナーイアスさんにマッサージをしてもらったことはあるけど、この世界に肩たたきって治療法はあるのかな。娘から肩たたき券をもらえるような父に、僕はなりたい。
「おとーたんをたたくの、めーなの!」
「斬る?」
「きるのも、めーなの!」
ユグが僕の顔に抱きついて守ろうとしてくれる。
うん、うん。やっぱり僕の娘は優しくて健気だ。お父さんすごく嬉しいよ!
「それで、どんな妄想に思いを馳せていたのだ?」
「妄想じゃないよ、シア!? リナリアがどんな衣装で登場するのか、楽しみにしてただけだって」
「キラキラしてたの……すごくきれいだった」
「あの時は夜だったから、とっても目立ってたよね!」
「うん……また見たい」
カメリアの言葉であの夜のことを思い出したのか、カローラちゃんの顔が夢見る少女みたいになった。やっぱりこの子は、こうして笑ってる顔が可愛い。
「こんなふうに……大勢で話したことないから……楽しい」
「あら、普段はどう過ごしてるのかしら」
「みんな……私のいうこと聞いてくれる。でも……話しかけてくるの……ロータスくらい」
さっきまで一緒にいたカレンデュラさんも上等な服を着ていたし、やっぱりどこかのご令嬢なんだろう。両親は仕事が忙しくて、ほとんど家にいないのかも。こうしてイベントを見に外へ出るとき以外は、使用人しかいない家で過ごしてるのかな。
「いいこと、格式のある家みたいだから色々不自由なこともあるでしょうけど、決して諦めたらダメよ。家督を継いで好き放題やってもいいし、独立する道だってあるのだから。それに寂しくなったらリナリアのコンサートに来なさい。私たちは必ず見に来てるから、またこうして集まりましょう」
「うん……みんなともっと……会いたい」
「黒が好きなもの同士、あなたとは気が合いそうだもの。相談くらい乗ってあげるから、遠慮は無用よ」
アイリスってカローラちゃんのこと、かなり気に入ってるみたいだ。少し寂しい表情になった彼女を、懸命に元気づけようとしてくれてる。使い魔の三人も温かい目で見守ってるし、ほんとに優しい人だよ。
「同じ黒髪の同志、協力するのやぶさかじゃない」
「ゆぐもかおおねーたんと、なかよくなりたいー」
アスフィーが家族以外に、こうして気を使うのは珍しい。やっぱり年端も行かない子が、寂しそうな姿をしているのを見て、なにか思うところがあるんだろう。擬態してる時間が長くなっているせいで、心もどんどん成長してるんだな。
それに誰とでも仲良くなろうとするユグは、まさしく天使だ。
「はいこれ、団体席のチケットだよ」
「廊下の突き当たりにある階段を、右の方へお進み下さい。そこを登っていただくと、目の前にお席がございます」
「ありがとうございます。じゃあカメリア、カローラちゃんのことお願いね」
「任せてダイチ。ここからはボクが抱っこしてあげるからね」
「うん……抱っこ嬉しい」
「ユグはお母さんに抱っこを代わってもらおうか」
「あい!」
先頭を歩いていたカメリアが、入場整理をしているお姉さんにチケットを渡してくれたので、カローラちゃんを預けてそのまま進んでもらう。僕は背中にアスフィーをぶら下げながら、ニナをサポートしつつ階段を登っていく。
「ここ……ステージがよく見える」
「背の低い子供でも見やすい場所ってお願いしたら、ここが一番いいって言ってくれたんだよ」
僕たちが割り当ててもらったのは、二階のスタンドにある最前列の席だ。ステージからは少し遠いけど、視線を遮るものがまったく無いので、心置きなくコンサートを観覧できる。関係者特権という裏技を使ってしまっているが、こうして家族以外にも喜んでもらえたのは嬉しい。後でデイジーさんとアプリコットさんに、お礼を言っておこう。
さて、無事席についたことだし、ずっと気になっていることを片付けておくか。
「少しだけいいかな、スズラン」
「はい、何でしょうか、マスター」
コンサートが始まるまでもう少し時間があるので、スズランを誘って通路へ出てきた。すでに入場の締め切らた廊下を進み、人気のない場所で立ち止まる。
「カローラちゃんがお店に来てから、ずっと難しい顔をしてるし一言も喋ってないよね。なにか気になることでもあるの?」
僕の問いかけを受けたスズランが下を向き、何かを口にしようとして言いよどむ。彼女がこんな態度を取るのは初めてだ。主人である僕に対して隠し事はできないはずだし、一体どうしたんだろう。
「もし言いにくいことなら無理に聞かないよ?」
「いえ決してそんなことはないんです。ただ伝えてしまうことで、マスターの態度が変わってしまうかもしれないと考えたら、少し怖くて……」
今の雰囲気を壊さないよう、心のうちにとどめようとしてくれてたのか。すごく気を使ってもらってたことがわかり、スズランのことが一層愛おしくなる。この子が僕の精霊で本当に良かった。
「大丈夫だよ、スズラン。ここに来て、元の世界とは違う色々なことを受け入れられたんだから、今さらそれが増えたところで態度を変えたりしないって」
「そうですね、私のマスターですから」
そう言ってスズランがニコリと笑ってくれる。
そして僕の方をまっすぐ見ると、意を決したように話し出す。
「カローラという少女ですが、私と同じ精霊です」
――彼女の口から出たのは、そんな言葉だった。
カローラが特級精霊だと伝えるスズラン、そして主人公の反応は……?
次回「第7話 何をいまさらって気持ちにしかならない」をお楽しみに。