第5話 再会と委託
お客さんが少なくなり始めた頃、お店に来てくれたのはカローラちゃんだった。ウーサンで迷子になっていた時は、ロータスという男性が迎えに来てくれたけど、いま隣りにいるのは二十代に見えるきれいな女性だ。ロータスさんやカローラちゃんと同じく、ブレスレットを装備せず精霊も連れていない。きっと家の関係者なんだろう。
「あら、盟主ちゃんのお友達?」
「始めまして、僕の名前は大地といいます。以前ウーサンでカローラちゃんが迷子になった時、保護者の方を一緒に探したことがあるんです」
「そういえば、ロータスから聞いてるわ。あなた達がそうだったのね。私の名前はカレンデュラよ。今日はロータスの代わりに、この子の付き添いをしているの」
そう言ったカレンデュラさんは、ちょっと困った笑みを浮かべている。使用人って雰囲気の服装じゃないし、二人が母娘という感じもしない。見た目で言えば仕事をバリバリこなす、できる女性ってイメージだ。普段は別の仕事をしている人なのかも。
「おねーたん、だえ?」
「この子はウーサンで友だちになった、カローラちゃんだよ」
「あたし、ゆぐ。よおしくね!」
こちらに手を伸ばしてきたユグを抱き上げ、しゃがんでカローラちゃんと目線を合わせる。最初はどうしたらいいか戸惑ってる感じだったけど、ゆっくり手を伸ばして頭を撫でてくれた。きっとユグの魅力に負けたんだろう。この子は天使だからね!
「髪の毛……ふさふさしてる。緑だけど……かわいい」
「髪の色といい、着ている服といい、あなた黒が好きなの?」
「黒……一番落ち着く」
「なかなか見どころのある子ね、仲良くできそうだわ。私の名前はアイリスよ、覚えておきなさい」
「黒い髪、仲間が増えた。私はアスフィー」
お客さんがいなくなって手が空いたので、みんなが集まってきてしまう。
「えーっと、この人たちは全員クランメンバー?」
「はい。みんな大切な家族です」
「若いのに全員が上級探索者なんて凄いわね。従業員も複数雇ってるみたいだし、こんなクランがあるなんて知らなかったわ」
まあ拠点がウーサンだし、基本的にイルカ島で引きこもってますから。そもそも上級に上がったのはつい最近なので、知らないのも無理はないと思いますよ。
「かおおねーたんのなでなで、すずおねーたんといっしょ。きもちいい」
「そっか。よかったね、ユグ」
「あい!」
ちらっとスズランの方を見たら、ちょっと難しい顔でこちらを見ていた。他の人は気づかないような変化だけど、ずっと一緒にいる僕にはわかる。珍しい表情だけど、どうしたんだろう?
「おう! 前に鳥の人形を買ってくれた嬢ちゃんだな。新作もあるから、良かったら見ていってくれ」
「珍しい人形を売ってるって聞いたのだけど」
「あー、すまん。土地神のフィギュアは売り切れちまったんだ。残ってるのは、木彫りの動物だけだな」
「あら、そうなの。もっと早く来ればよかったわね」
最後はサンプルでいいから売って欲しいって人まで、出てきちゃったからな。まさかここまで売れるとは予想してなかったので、バンブーさんも驚いていたくらいだ。今後は増産体制を整えるみたいだし、イグニスさんから[名匠]の称号をもらったので、弟子入り希望者も来たらしい。もしかするとゼーロンに支店ができたり、雑貨屋で売り出されるなんてことがあるかも。
「カレンデュラ……人形、見たい」
「ええいいわよ、好きに見てらっしゃい」
「気に入ったのがあったら、ボクが買ってあげるよ」
「……いいの?」
「友達と再会できた記念だからね、ボクに任せて!」
カメリアと手をつないだカローラちゃんが、露店に並べてる人形を物色しだす。さっきまで表情が硬かったけど、人形を目の前にすると以前みたいに子供らしい顔になってきた。やっぱり子供は笑顔が一番だ。
「ここって、あなた達のクランで経営している店なの?」
「いえ。ここの店主と顔見知りなので、少し手伝っていただけなんです」
「あら、そうだったの。なら代金はちゃんと支払うわ」
「カメリアがすごく喜んでますし、ここは彼女に花を持たせてあげて下さい。それより、このあとは歌姫のコンサートに行くんですか?」
強引に話題を変えようと、コンサートのことを聞いてみたけど、ちょっと様子がおかしい。内緒話をするみたいに、カレンデュラさんが僕に近づいてくる。
「あの子は楽しみにしてたみたいなんだけど、チケットが取れなかったのよ。なんでも一瞬で売り切れたとか言っていたわね。今ロータスが心当たりを回ってるところなの」
なるほど。ロータスさんがここにいないのは、そういう訳だったのか。今回は普段コンサートに来ない人まで押しかけてるし、そのせいで即完売したんだろう。
「僕たちは団体席を確保してるんですが、良かったらお二人で一緒に来ませんか? それくらいの余裕はありますので」
「そこまで甘えちゃっていいのかしら」
「えぇ、構いませんよ。お互いに知らない仲じゃないですし、あの子が喜ぶ顔をもっと見たいですから」
「それなら甘えついでに、コンサートの間だけあの子のことをお願いできない? 私はロータスを捕まえて、報告をしておきたいの」
「それくらい構いませんけど、良家の息女を他人に任せたりすると、問題になったりしませんか?」
「もしあなた達が悪人だったら、大問題になるでしょうね。でもその心配はないと思ってるの、これでも私は人を見る目がある方だから。それにこんなに小さな子が懐いてるんだし、上級に昇格できるくらいだもの。十分信頼できると思うわよ。ね?」
「あい! おとーたん、とってもやさしい」
カレンデュラさんに問いかけられたユグが、元気に返事をしながら頬ずりしてくる。父親が僕だとわかって一瞬驚いてたけど、次の瞬間には微笑ましい顔に変わった。この子の笑顔には、人の思考力を奪う破壊力があるな。さすが僕の娘!
「わかりました。責任を持って、カローラちゃんをお預かりします」
「向こうに見える噴水の前で待ってるわね。コンサートが終わったら、そこで落ち合いましょ」
カローラちゃんに事情を話して、みんなと一緒にコンサートを見ようと誘ったら、とても喜んでくれた。どうやらウーサンで見た祭典の、ラストステージが忘れられなかったらしい。今日も最後の曲は僕が協力する予定だから、きっと喜んでくれるはず。
とりあえずこれから過ごす時間を、目一杯楽しんでもらおう。
カレンデュラの意図や思惑は、第7話のあとに投稿する閑話で判明します。
次回は「第6話 僕は昔の電気製品じゃありません」をお送りします。
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