第4話 大ブレイク
リナリアのコンサートが始まるまで半限を切り、会場へ続く通りは人で溢れかえっている。メインストリートには地元の商店が臨時の売り場を出し、軽食やお土産品を並べていた。広い通りは馬車の通行が規制され、地球で言うところの歩行者天国といった感じだ。そんな中を僕たちは、家族全員で歩いていく。
「ゆぐとおなじひと、いっぱいいゆ」
「頭に三角の耳が出てるのは、猫人族だね。向こうにいる人は変わったしっぽをしてるけど、なんだろう?」
「あれは竜人族だな。ゼーロンでもないと目にする機会がない、希少な種族だぞ」
「ボク聞いたことがあるよ。しっぽが武器になるんだよね」
へー、この世界では竜も獣人族になるのか。ドラゴンは伝説の生き物とされてるのに、その特徴を受け継いだ竜人族が実在するのは面白い。獣人といえば毛の生えた耳としっぽのイメージがあるけど、竜人族も人とは違う耳と太いしっぽを持っている。そうした外見的特徴で、カテゴライズされてるのかも。
遠目ではわかりにくいが、よく見るとしっぽが細かい鱗のようなものに、覆われているようだ。あれで殴られたら痛そう……
「あっちのひとは?」
「……あれは犬人族か狼人族だと思う」
「これだけ獣人族が多いと、カラフル過ぎて目が痛くなるわ」
「この街だと、ユグ様も目立ちませんね」
「そういえばウーサンに獣人族が少ないのって、やっぱり暑くて蒸れるからかな」
確かにミツバの言うとおりかも。フサフサのしっぽをした人が多いし、髪は他種族よりボリューミーだ。湿気を嫌うなんて話も聞いたことがあるから、ウーサンの迷宮と相性が悪いのも一因だろう。濡れてしっとりしたら、重くなりそうだもんね。
ここにはそうした外見の種族が多いおかげで、緑色で房状の髪型をしたユグが、違和感なく街に溶け込んでいる。ちょうど耳の部分も髪に覆われてるし、きっと獣人族の子供に思われてるはず。
「今の時間帯に、こんなに大勢の獣人族をお見かけするのは、初めてです。今日こうして歩いてらっしゃるのは、やはりコンサートに参加するためでしょうか?」
「リナリアが上級探索者になったって、かなり話題になってるみたいなんだ。実力のある人に敏感な獣人族だから、ひと目見てみようって押しかけてるんじゃないかな」
「りなおねーたん、すごい!」
「勉強と歌と探索者を全部こなしてるんだから、リナリアって本当にすごいよね。とてもじゃないけど、ボクには真似できそうもないよ」
スケジュール管理や雑事の大半をデイジーさんがやってくれてるとはいえ、普通の人なら一つこなすだけでも大変だろう。それなのにリナリアは、どれも全力で取り組んでいる。僕たちのパワーレベリングがあったことを差し引いても、現役アイドルが上級探索者にまで登り詰めるなんて、あの子にしか出来ないことだ。こうして話題になるのは、必然と言ってもいい。
「おとーたん、あそこ、ひといっぱいいゆ」
「ホントだね。奥に屋台があるみたいだけど、なにを売ってるんだろう?」
コンサート会場に近い広場の一角に人が集中して、ちょっとした渋滞がおきていた。お昼時という時間なので、どこのお店も賑わってるけど、あの周辺だけ異常だ。デイジーさんから、会場限定グッズとか売り出す予定は聞いていない。もしかしたら有名なお店が、臨時で売り場を作ってるんだろうか。
こんな時クロウがいれば即座に判明するんだけど、今日もリナリアとスタッフたちを見学中なので、この場にはいない。
「在庫は十分にあるから並んでくれ! 一気に押しかけられたら捌ききれん。サンプルはそこにあるから、一人ずつ順番に頼む」
有名店の限定スイーツなんかを思い浮かべていたら、お店の方角から怒鳴り声が聞こえてくる。男性の声だけど、むちゃくちゃ聞き覚えがあるぞ。ちょっと申し訳ないと思いつつ、人をかき分けながら奥へ進ませてもらう。
「バンブーさん! どうしたんですか、この人だかり」
「おぉ、ダイチか。例のフィギュアを売ってたんだが、口コミで広がっちまったらしいんだ。おかげでこの有様でな、にっちもさっちもいかん」
我先にと無秩序に人が押し寄せてるから、お店の周りは大混乱だ。一部で喧嘩になりそうだし、列からはじき出された子供は半泣きになっている。これは考案者として、お店を手伝うしかないな。
「事故や騒ぎになる前に僕たちで手伝いますよ」
「本当か! そいつは助かる」
みんなのいる場所に戻って事情を話すと、全員が手伝ってくれることになった。これだけ人数がいれば十分回せるだろう。目を引く人材が揃っているし、更に売上が伸びるかもしれない。とにかくまずはお客さんたちを落ち着かせて、列整理から始めないと……
◇◆◇
僕たち家族がヘルプに入った途端、一気にお店が回り始める。
「ナーイアス様とイグニス様、それぞれ一点ですね。少々お待ちくださいませ」
接客経験なんてないはずなにの、スズランはベテランの店員みたいだ。それに最初の混乱も、彼女がアルカイックスマイル浮かべながらお願いしただけで、収まってしまった。もしかしたら、こういった仕事が向いてるのかも。
「えっとね、こっちがイノーニにいる土の神様で、テラさん。それでこっちはオッゴにいる風の神様で、エアリアルさんだよ」
「あそこにいるおねーちゃんのは無いの?」
「ごめんね。スズランは神様じゃないから、人形にはなってないんだ」
「そっかぁ……じゃあ、これちょうだい!」
カメリアもお客さんの相手が上手だよな。厳つい探索者から小さな子供まで、別け隔てなく接しているので、来店者のウケがとてもいい。
「この結界から内側は進入禁止だ。隣の店に迷惑をかけてしまうから、線に沿って進んでくれ」
シアは線状の結界を作って、お客さんを誘導してくれている。すごい技術力の無駄遣いをしてる気がするけど、まあいいか。
「ほらそこ、割り込みはダメよ。言うことを聞かないとオシオキをするから、覚悟なさい」
「お願いします! 黒の女王様」
「むしろご褒美です!」
あー、うん。あっちは無視でいいな。
「こっちの検品終わりました」
「じゃあ、そいつは売り場の方に頼む」
「ここバリ出てる、削っとく」
「頼む、アスフィーちゃん」
あまりに売れすぎてるので、急遽在庫を増やすことになった。担当してるのは僕とアスフィー、それにバンブーさんだ。元の世界で接客の経験はあるけど、やっぱり女性の方がいいだろうと、裏方をやっている。背中にぶら下がっていた子供が、擬態した魔剣だとわかって驚かれたものの、今はそれどころじゃないってことで黙々と作業中。元が刃物だけあって、細かい加工が上手だな、アスフィーって。
「こちらがお釣りになりますので、お確かめ下さい」
「輝力で支払う人は、こっちに来てねー」
「……ありがとうございました」
「あいがとー、おねーたん」
家の財務管理をしてくれてるだけあり、イチカの計算はとても速くて正確だ。そしてミツバは笑顔を振りまきながら、魔道具で決済処理をしている。鼻の下を伸ばしながら、ニナの差し出す商品を受け取っている男性も大勢いた。子持ちの女性に色目を使うとか、まったくけしからん。不埒者たちの顔、忘れないようにしよう。
それになんといっても、一番貢献しているのは僕の可愛いユグ。全方位に向けられた天使の微笑みで、老若男女問わずデレッデレにしている。ニナに抱っこされながら手をふるだけで、引き寄せられるようにお客さんが集まってくるとか、凄いとしか言いようがない。
そうやってみんなで協力しながらお客さんを捌いていたら、やっと混雑も収まってきた。
「あっ……」
「カローラちゃんだ! 元気だった? ボクのこと覚えてる?」
「うん……まえ一緒に買い物した……カメリア」
「久しぶりだね、また会いたかったから嬉しいよ」
お店の前に立っていたのは、ウーサンで会ったカローラちゃんだ。今日はきれいな女性と二人で来てくれたけど、やっぱりコンサートを見に来たのかな。せっかくここで会えたんだし、僕も挨拶をしに行こう。
ダブルで再開。
次回は「第5話 再会と委託」をお送りします。
カローラとの再会を喜ぶ主人公とカメリア。
一方、スズランの様子がいつもと違う……