第3話 自然公園へおでかけ
誤字報告ありがとうございました。
〝親子の絆は血の繋がりだけじゃないのことよ〟にしておけば、テンプレ外国人キャラになったのに!(コラ
布団の中で何かがもぞもぞ動いてる。足元からズルズル這い上がってくる刺激が、少しくすぐったい。これは足に抱きついて、木登りみたいに移動してる感じかな。
うっすら目を開けて横を見ると、隣で眠るシアにも動きが伝わってるようだ。可愛い眉根がピクピクしてるし、じきに覚醒するだろう。
「……ぷはーっ!」
「おはよう、ユグ」
「おとーたん、おはよ!!」
胸まで這い上がってきたユグが、ひまわりのような笑顔を浮かべながら、勢いよく布団から顔を出す。昨日は打ち合わせが長引いて、家へ帰るとユグはもう寝てしまっていた。動かすのは可哀想なので、そのままニナの部屋で眠らせたけど、起きると同時に僕の部屋へ来てくれたみたい。
「ん……ふわぁー。おはようダイチ。ユグは今日も元気だな」
「おはよ! しあおねーたん」
「おー、よしよし。私とダイチを起こしに来てくれたのか?」
「あい!」
シアに抱きついて頭を撫でてもらってるユグは、とても幸せそうだ。この子が母として認識してるのはニナだけど、こうしてみると全員がユグのお母さんって感じ。なにせ最年少のリナリアや、見た目が子供のアイリスまで、ユグに対して母性をあふれさせている。
それから最近、カメリアの熱い視線を感じることが多い。やっぱり子供が欲しいのかな。体の成長に心が追いついてきたってことだから、喜ぶべき変化なんだろう。黒ローブを着た男の件が片付いたら、ちゃんとその気持に向き合ってあげないと。
「ダイチは朝っぱらから、なにか考え事か?」
「おとーたん、へんなかおしてう」
「変な顔って酷いなー、ユグは。そんな失礼なこと言う子は、こうしてやる」
「やー、あははははは。くしゅぐったーい」
「こらこら、腕の中で暴れるな。寝間着が脱げてしまうじゃないか」
着衣が乱れて、あられもない姿を晒すシアの姿を見てみたいけど、今は自重しておこう。今日は家族全員でリナリアを会場へ送り届け、そのまま自然公園へ行く予定だ。この時間から一戦申し込む余裕はない。
「おはようございます、マスター、シア様、ユグちゃん」
「おはようスズラン。それにみんな」
ノックのあとに部屋へ入ってきたのは、スズランと精霊たちだった。リョクの姿が見えないなと思ってたら、スズランと一緒に寝てたのか。シアの肩に飛び乗って頬にキスしてる。いつも気を使わせちゃってごめんね。
「あっ、すずおねーたん。おはよ!」
「ユグちゃんはマスターを起こしに来てくれたのですか?」
「あい! おかーたんに、おねがいさえたの」
「ユグは立派に使命を全うしたし、今度は僕が役目を果たす番だね。着替えてニナの手伝いに行くよ」
「うむ、そうだな。私も配膳を手伝うとしよう」
「ゆぐも、おてつだいすゆー!」
やっぱり娘の笑顔で目覚める朝はいい、今日一日の活力が湧き上がってきた。朝イチでもらった元気を有効活用するため、さっそく行動開始だ。スズランが抱き上げたユグの面倒を見てくれてるから、今のうちに着替えをすませてしまおう。
◇◆◇
リナリアをコンサート会場まで送り届け、僕たちは自然公園へやってきた。本当は家族全員で来られるといいんだけど、今回ばかりは仕方がない。ちなみにクロウはいつものように、リナリアを見守ると言いつつスタッフの女性を眺めに行ってる。
まあ今後はラムネのスキルでゼーロンまで飛べるから、機会を改めて全員でピクニックに来よう。
「おかーたーん、かわいいおはなみつけた」
「……それはコヒナタソウのお花だね。お日さまのよく当たる場所が好きで、白の他にも黄色やピンクがあるよ」
「おひさますきなの、ゆぐとおなじ!」
「おかーたん、こっちのあかいのは?」
「……これは花とよく似てるけど、実は葉っぱなんだよ。形がロウソクを立てる台に似てるから、ショクダイソウって名前がついてるの」
「おもしおいね!」
本当にニナは植物の名前に詳しいな。イルカ島にない花や木を見つけるたびユグが質問してるけど、それに全て淀みなく答えている。
「私も薬になる植物ならわかるが、ニナの知識量には驚いたよ」
「ボクなんか毎日食べてる野菜の名前も知らないのに、すごいよねニナ」
「庭の手入れをしているうち、興味が出てきたとか言ってたわね」
「同じ依代から生まれた私たちに、これだけ個性の差がでるというのは不思議です」
「私たち三人とも、名前に植物の意味があるんだっけ?」
「そうだよ。一花には花の意味があって、二菜は野菜だね。そして三葉には葉っぱって単語が含まれてる」
即興で考えた名前だったけど、もうすっかり馴染んでしまった。ちょっとこじつけになるけど、今の三人を名前と関連付けるなら、こんな感じになるだろう。
イチカの洗ってくれる洗濯物は花のようないい香りがするし、ニナの育てている野菜は市販のものより遥かに美味しい。ミツバが掃除してくれた部屋はきれいになるだけでなく、空気まで入れ替わったような爽やかさがあってリラックスできる。いわば植物の葉から作った、エッセンシャルオイルと同じ効果を持つ。
家事ひとつとっても、使っている道具や手法だけでは再現不可能な、三人の特技が反映されてるってわけだ。それと名前を紐付けできるのが面白い。
「ユグがオッゴにある神樹様のように成長したとき、いったいどんな姿になるんだろうな」
「ボクより背が高くなるかな」
「下僕が世界樹と名付けたくらいだもの、きっとどこかの大勇者より身長が伸びるわ」
うーん……そこまで大きくなったら、笑い声が「ぽぽぽ」になりそう。なんか嫌だな。
「大丈夫ですよ、マスター。どれだけ成長しても、ユグちゃんは可愛いままです」
「むしろ今のまま成長が止まってくれないでしょうか……」
あれ? もしかするとイチカって、ガチの子供好きなのかな。大量に揃えられていた子供服コレクションは、それが理由だったとか。性癖をこじらせて、小さな男の子を見て興奮する人にならないよう、祈っておこう。
「主様と同じ匂い、する」
「待って、アスフィー。僕は自分の娘が好きなだけだから!」
「私はアイリスお嬢様やユグ様のように、可憐な子供が好きなだけです」
「あら。主人を子供扱いだなんて、イチカも言うようになったわね」
うっかり口を滑らせたらしく、イチカがアイリスに怒られてる。以前、精気酔いしたアイリスを見たとき、鼻血が出そうになってたし、つい本音がポロリと漏れてしまったみたい。いつもは母親っぽく小言を言ってるイチカが、必死に言い訳してる姿は新鮮だ。
「なんかさー、子供を好きすぎる気持ちがダダ漏れだし、もうイチカに血を飲ませてみるしか、ないんじゃない?」
「斬る?」
「こんな場所にダイチの血を振りまいたら、一帯の草木が一斉に意思を持ち始めるかもしれんぞ」
「そんな騒ぎを起こしたら、リナリアのコンサートが中止になっちゃうよ。ボク楽しみにしてるんだからね」
「僕の血を怪しい薬物みたいに言わないでよ……」
自分でも気をつけようって思ってるけど、人から言われると心に突き刺さる。僕をいじって遊ぶのは、程々にしてくれないかなぁ。
「おとーたぁーん、へんなのみつけた。こっちきてー」
「うん、すぐ行くよー、ユグ」
よし、傷ついた心は娘に癒やしてもらおう。
元気よく手をふる娘を目指して、僕は走り始めた。こうした穏やかな日が永遠に続けばいい、そんなことを考えながら。
「ぽぽぽ」はマキシムトマトが好きなピンクの玉ではありません(笑)
ドミトレスク夫人……じゃなかった、八尺様。
次回はドワーフ族の彫刻職人再び。
「第4話 大ブレイク」をお送りします。