第2話 子は鎹
ゼーロンという国は街に色が溢れている。様々なものを取り込んだ無国籍な街並みに加え、鮮やかな髪をした獣人族が多いからだろう。
魔人族が統治するアーワイチは赤系の髪と白い石の色が目を引き、農業国であるイノーニは土の色が目立つ。これは人族の髪に茶色が多いことも一因だ。
人魚族が暮らしているウーサンはやっぱり青。常夏の青い空にマリンブルーの海、そして人魚族の持つ水を思わせる髪が、それを強く印象づける。
ドワーフ族が大勢いる鍛冶の国エヨンは、当たり前だが金属と火を目にすることが多い。最北にある寒い土地にも関わらず、意外と過ごしやすいことに驚いた。街の中がそうした環境に保たれているのは、火山ダンジョンの地熱と火を絶やさない炉が多いおかげなんだとか。
ほとんど馬車の中からだったけど、オッゴといえばやはり豊かな自然から生まれる緑。そんな風景の中で見るエルフ族は、黄色に咲く花のような存在だった。シアの場合は清楚で可憐な白い花ってところかな。
それぞれの国はその環境や産業を反映した特徴を持つが、ゼーロンはそれらをゴチャ混ぜにして詰め込んでる感じ。街の境界もはっきりせず、場所によってその印象がガラッと変わる。首都機能のある中央駅の周辺は、雑多な繁華街といった街並みになっていた。大通りを外れたら、迷子になってしまいそう。
「さあデイジーさん。おいしい水が湧いている場所へ連れて行って下さい」
「コンサート会場のすぐ近くにあるから、下見が終わったら行ってみようか」
「ゼーロンの名水をお土産にしたら、ユグは喜んでくれるかな」
「ユグちゃんにはピッタリの贈り物だと思いますよ、マスター」
コンサートの関係者用に借り上げている宿についたら、すぐ帰ってユグと過ごしたいところだけど、ここが我慢のしどころだ。リナリアの付き添いはちゃんとした仕事なんだし、最後までやり遂げないとパーティーメンバーだけでなく、スタッフや関係者全員に迷惑がかかる。
「待っててね、ユグ。お父さん頑張るよ!」
「下僕の親バカっぷり、旅の間で悪化してきてるわね」
「スズランが落ち着かせてくれなければ、途中で精神崩壊してたのではないか?」
いやだなー、シア。いくら娘と離れ離れだからって、そこまではないと思うよ。ユグのことが心配で、全然眠れなかったけどね!
「今日のダイチって、いつものテンションと違う感じがする」
「寝不足で頭が回ってねえだけだろ。まあ近くで眺めているぶんには面白いから、放置でいいと思うぜ」
「睡眠不足で元気になる人、リナリア何人も見たことあるの」
たしかに今の気分って、やめ時を見つけられず徹夜でゲームしてしまった時に近いかも。だけど朝日を浴びながら飲むエナジードリンクって、最高に美味しんだよ? 三本の鉤爪で引っ掻いたようなロゴのやつとか、赤い牛が印刷されてるアレとか。この世界では売ってないけどさ。
「子供に会うの、楽しみで興奮する。やっぱり主様、小さい子が好き」
「天使みたいに可愛い子を、好きになるのは当たり前だよ。だからアスフィーのことも、大好きだからね」
「ついに開き直ったわね」
「私のダイチがどんどん壊れていってる気がする」
「あーん、うん、そうだね。お姉さんもちょっと心配になってきた。早く正気を取り戻してもらうために、急いで下見を終わらせちゃおうか。そんなわけだから、みんな手はず通りよろしくね」
「「「「「はーい」」」」」
降車の手続きをしてくれていたスタッフの女性たちが、デイジーさんの号令で一斉に返事をしている。色々気を使わせちゃってるみたいで申し訳ないけど、今回ばかりは甘えさせてもらおう。なにせ娘の笑顔がかかってるので。
◇◆◇
今回のソロコンサートが行われるのは、円形の競技場みたいな会場だ。すでに機材の運び込みは終わっていて、明日セッティングをしながらリハーサルをするらしい。そして明後日が本番になる。
ウーサンでやった歌姫の祭典と違って、日中に行われるので子供も来やすいとのこと。ゼーロンに住んでると言っていたカローラちゃんも、見に来るんだろうか。そんな話をしていたら、やっぱり子供好きだと言われてしまった。
まあロリコンの称号ぐらい甘んじて受け入れよう。その程度のことは今の僕にとって、些事でしかない。だってこの扉の向こうには、愛しの愛娘が待っているのだから。
「ただいま、ユグ。帰ってきたよ」
「おとーたーん!! おかえいなさぁぁぁーーーい」
ニナに手を引かれながら玄関ホールに来たユグが、しゃがんで腕を広げた僕の胸に飛び込んできた。一日半ぶりに娘の顔を見て、僕の心は幸せで満たされていく。あー、やっぱり子供の笑顔はいい。この子のためなら、どんなことでも頑張れそうな気がする。親子の絆は血の繋がりだけじゃないことを、改めて実感できた。アプリコットさんがリナリアを大切にしている気持ち、今ならとても良くわかるよ。
「ちゃんといい子にしてた?」
「あい! おかーたんのいうこと、ちゃんときいたよ」
「そっか、ユグは偉い子だね」
頭を撫でてあげると、僕の顔に頬をこすりつけながら、離れていた間のことを一生懸命話してくれる。嬉しそうに話すのを遮るのも可哀想なので、僕たちは玄関ホールから動けない。
「――そえでね、そえでね、みつおねーたんとおふおにはいったの。そえかあ、いちおねーたんに、べっどでだっこしてもあった」
「いっぱい遊んでもらえてよかったね、ユグ。お土産を買ってきてるから、リビングで続きを聞かせてもらえる?」
「あい!」
話が一段落したので、ユグを抱き上げてリビングへ向かうことにした。駅で別れた直後はぐずってたけど、すぐ元気を取り戻したみたい。旅の間ずっと引きずっていた僕とは大違いだ。
「イチカとミツバもありがとう。二人がいてくれたら、安心して家を開けられるよ」
「子供ができた時の予行練習だと思えば、何の問題もございません。ユグ様のおかげで子供が何人増えても、やっていけそうな自信が付きました。新しい家族をご希望の際は、ぜひこのイチカにご用命ください」
「ほんと、子供って可愛くていいよね。私も欲しくなってきたよ。その時はよろしくね、ダイチ」
「わっ、私だって百年か二百年くらいかければ、何十人でも子供を生めるからな!」
「近々屋敷を増築しないとダメかしら」
「イルカ島がお兄ちゃんの子供で、一杯になりそうなの」
なんかユグが生まれたおかげで、みんなの絆が一層深くなった気がするな。そういえば〝子は鎹〟なんて言葉があったっけ。今のみんなを見てると、それを体現してる感じがする。ただ、このままだと僕は枯れるまで搾り取られそうだけど……
とにかく今回も無事に旅を終えることができた。だけど夕方からコンサートの打ち合わせがあるので、また出かけないといけない。それまでユグとの時間を目一杯楽しもう。
次も日常回「第3話 自然公園へおでかけ」をお送りします。