第1話 出だしから帰りたい
第12章の開始になります。
本作の影に当たる迷宮解放同盟とすれ違い、追いかけ……そして。
いよいよリナリアのソロコンサートに向け、ゼーロンへと旅立つ日が来た。本来ならウーサンから海を渡り、列車で防壁都市のクハチかケーキュウまで向かう。そこで乗り換えをして、首都のゼーロンを目指す。
僕たちはラムネの【転移】でケーキュウへ飛べるため、ギリギリまでウーサンにとどまることに。その理由はこれだ。
「おとーたぁぁーーーん、いっちゃやぁぁぁぁー」
「ごめんねユグ。明日のお昼すぎには帰ってくるから、それまでお母さんといい子にしてて」
「ゆぐもいっしょにいくぅぅぅーーー」
「……ダイチさんは大事なお仕事があるから、お母さんたちとお留守番してよ。ね、ユグちゃん」
元の空間と重ね合わせた状態で収納しているためか、アイリスの影に取り込んだ屋敷は聖域の効果を維持していた。これは距離制限のある通信の魔道具が繋がる原理と同じだろう。
そのため神樹の一部であるユグも、影の中で島と変わらない生活ができる。それはそれで嬉しいことなんだけど……
「新しい街についたら、一緒にお出かけしようね。この大陸で一番大きな都市だから、ユグの見たことないものがいっぱいあるよ」
「ひっく……きのいっぱいあゆとこ、いきたい」
ちらっとデイジーさんの方を見ると、笑顔でサムズ・アップしてくれた。さすが元歌姫、世界中を飛び回っていただけあり、観光情報もバッチリだ。
「もちろんあるぞ。みんなでお出かけして、そこでお弁当を食べよう」
「うぅぅぅぅぅ……じゃあ、がまんすゆ」
「よしよし。ユグは偉い子だね。なにかお土産買ってくるから、楽しみにしてるんだよ」
ユグを抱き上げて頬ずりすると、首に手を回して抱きついてくる。人通りの多い駅前だから、通行人がすごく微笑ましそうな顔で通り過ぎていく。
この子が聖域外で活動できるのは、最長で一限半くらい。地球の時間に直すと、六時間ってところかな。それ以上は疲れて眠ってしまう。だから出かける時は、下見をしっかりして計画的に行動しないと……
頭を撫でていると首にしがみついてくる力が弱くなったので、抱っこをニナに変わってもらった。
「それじゃあ、行ってきます」
「ユグ様のことはお任せ下さい」
「ダイチの部屋を借りて、みんなで一緒に寝るよ」
「……ほら、ユグちゃんも行ってらっしゃいの挨拶しよ」
「はやくかえってきてね、おとーたん、おねーたん」
なんとか泣き止んでくれたユグと別れ、僕たちは予約していた列車を目指す。何組かに分かれて移動するコンサートスタッフも一緒なので、実は一両まるまる貸し切りだ。
芸能人の移動だからかなり注目を浴びてるけど、こんなときにこそ役立つのが上級探索者のブレスレット。金色の腕輪を付けた集団がリナリア周囲を固めているため、誰も近づこうとしない。
「うぅ……やっぱり帰ってユグと一緒にいてあげたい」
「下僕が来ないとラムネが転移先を覚えられないんだから、諦めなさい」
「アイリスに先行してもらって、あとから合流する手段が使えないのは、つらすぎる」
「元気をだして下さい、マスター。ゼーロンさえ覚えれば、ほぼ全ての主要都市へ行けるようなります。今後はユグちゃんと離れないといけない時間も、減っていくはずです」
ラムネの【転移】は、僕の移動をトレースした情報で、転移場所を特定している。クロウに乗って空を飛ぶのは大丈夫だけど、アイリスの影に入った状態で知らない場所に行くと、転移先の登録ができなくなってしまう。ゼーロンは初めて行く場所だから、今回だけは地道に列車を使わないとダメってわけ。誰だよこんな仕様にしたのは、クソゲすぎるだろ。
「でも、ユグと丸一日以上会えないのは初めてなんだよー」
「お兄ちゃん、すごく子煩悩なの」
「この様子だと何人子供がいても、等しく愛情を注いでくれそうですね。どうでしょう、姉と禁断の関係になってみませんか?」
「姉はダメだけど妹なら大丈夫と、誰かが言ってた気がしますので遠慮しておきます」
確か色彩がどうのというネット小説で、登場人物の一人が言ってたはず。リアルの人間関係は全て忘れてるのに、創作物のキャラとかは記憶に残ってるんだよな。本当に厄介な記憶喪失だ。
でもデイジーさんにツッコミを入れたおかげで、少しだけ冷静さを取り戻せた。なんだかんだで頼りになるお姉さんだよ、この人は。拳を握りしめながら腕を直角に曲げ、もう片方の手を二の腕に添えるポーズが似合いそう。
「しかし、ダイチの気持ちはよくわかるよ。あの姿を見ると、私も心が揺らいだ。子供というのは、不思議な力を持っているものだな」
「ずっとそばにいて、構ってあげたくなるもんね」
「確かにユグは可愛くて将来有望なやつだが、俺様のことをペット扱いするのは、やめてほしいぜ」
「クロウちゃんに紐をつけて飛ばそうとした時は、びっくりしたの」
「あの時ニナが叱っていたけど、あの子もすっかり母親らしくなったわ。逆に下僕は威厳が足りてないのよ、もっと精進しなさい」
「主様、甘やかすの上手」
「甘やかすだけじゃダメだって、頭の中ではわかってるんだけどね」
ニナは甲斐甲斐しく世話をするだけじゃなく、しっかり躾もやっている。そうした教育の賜物だろう、ユグは僕よりニナのいうことを優先に聞く。さっきだってニナが言い聞かせてなければ、もっと駄々をこねて泣き叫んでいたはず。
親として厳しく接することを、いつまでも苦手だなんて言ってられない。そんな意識を変えていくために、今はバンダさんやアプリコットさんから、子育てについて学んでる最中だ。なかなか実践できないことも多いけど、少しずつ僕も成長してると思う。
「子供ができると女は変わるなんて言われてるけど、ニナちゃんを見るとそのとおりだなって思うよ。私も子供を生んだら変われるかな」
そこで僕の下半身を見るの、やめてもらえませんか?
「いつも男の人から言い寄られてるのに、どうして子供を作らないの?」
「うーん。今の仕事が楽しいってのもあるけど、一番の理由は理想の人に巡り会えないからだよ」
だからデイジーさん、視線、視線!
「デイジー様の理想とは、どのような方なのでしょうか?」
「やっぱり一緒にいても気を使わなくていい人なのが必須の条件。それと、からかいがいがあれば、なおベスト」
いま僕の方をニヤリとした顔でチラ見した。
「下僕のことをそんなに気に入ってるのなら、強引に迫ればいいんじゃないかしら。簡単に流される性格だから、思うがままに貪れるわよ」
「あの……アイリスさん。もっと言葉を選んで欲しいな」
「私って求められると燃えるタイプなんだよ。だから今のダイチ君に足りないのは、ずばり〝じゅ・う・よ・く〟だね!」
「大きな声でなに口走ってるんですか、あなたは。ここが公共の場なのわかってます? 恥ずかしいこと言ってないで、さっさと列車に乗りますよ!」
「(デイジーさんがあんなこと言うのは、お兄ちゃんだけなの。やっぱりすごく仲がいいの)」
リナリアがなにか言ってるけど、とりあえず今は乗車を急ごう。やたら強調して言うもんだから、近くにいた乗客が一斉に立ち止まってしまった。
出だしから波乱含みで、僕はもう疲れたよ。
今回の旅も無事目的地へ着けるよう、創造神とかいう人に祈っておこうかな。もしなにかトラブルがあったら、ユグと会えるのが遅くなってしまうしね!
「色彩がどうの~」という話の元ネタは、前作「色彩魔法 ~強化チートでのんびり家族旅行~」の第254話で出てきます(笑)
娘と離れ離れになり、壊れ始める主人公。
次回「第2話 子は鎹」をお楽しみに!