第12話 新しい家族
誤字報告ありがとうございました!
第11章の最終話をお届けします。
家族会議が始まりました。僕とニナを中心にして座ってるので、尋問されてるみたいで少し居心地が悪い。服を着せたユグは、ニナの膝に座って水を飲んでいる。子供ってマイペースでいいな。
やはり元が樹だけあり、水でお腹が膨らむらしい。
でも果実水とかは、変な味がするから嫌みたいだ。
「まさか神樹にまでやらかすとは思ってなかったわ」
「ダイチの血にまつわる現象は、驚くばかりである」
「うーん、これくらいの子を可愛い盛りっていうのかな。アプリコットはバンダ君に任せっきりだったし、次の娘が楽しみだよ」
カトレアさんがそんなことを言いながら、下腹部にそっと手を当ててる。もしかして、おめでたですか?
「神樹様の意識体というのが信じられないほど、人の子と変わらない姿をしていたから驚いた。やはりこれもダイチの影響なのか?」
「物に宿る心、人と変わらない。主様それを認めてる。今の姿になれるの、そのおかげ。きっとこの子も同じ。親近感、覚える」
「あすおねーたん、なでなできもちいい」
そういえばアスフィーが擬態できるようになったきっかけは、僕が魔剣の人格を認めて仲良くしようと思ったからだ。そしてエヨンで神樹がお礼をしてくれた時も、同じ気持ちになっている。だからその種から生まれたユグが、こうやって人と同じ姿になれたんだろう。
でも、なんで二人とも女の子なのかな。
僕の変な願望とか入ってないよね?
まあ頭を撫でられニコニコしてるユグも、ちょっとお姉ちゃんぽく振る舞ってるアスフィーも可愛いから、細かいことはどうでもいい。可愛いは正義だし!
「私がエルフ族でなかったら、もっと早くダイチの子を授かれたかもしれない。そう思うと少し残念だ」
「確かエルフ族って妊娠しにくいんだっけ?」
「種族が違う者同士だと、特にその傾向が強くなる。エルフ族の男性が、多くの女性と関係を持ちたがるのも、ある意味本能と言っていい。私は気に入らんがな」
「そのへんは人魚族と逆だね。まあ、私たちは女の子しか生めないから、どんどん子供を作っていかないと、絶滅しちゃうんだけど」
「シアの子供だと女の子はエルフ族、男の子は人族になるのかぁ。ダイチとの子供だったら、どっちも可愛くなると思うよ!」
「おっぱいが大きくなるよう、俺様が立派に育ててやるぜ」
なんか女性同士で、赤裸々な話をし始めちゃったな。男の僕は会話に混ざりにくい。どんな状況でもぶれないクロウは、少しだけ尊敬できる。
「この子が影の中で生活できるのか、また検証しないといけないわね」
「勝手に家族を増やしちゃってごめんね」
「ふん。下僕のやらかしはいつものことだもの、今さらどうってことはないわ。それにニナの姿を見てみなさい。あの二人を引き離すなんて非道な真似、できると思う?」
確かにこれは無理だ。もしユグを置いていかないとだめな状況になったら、今のニナだとアイリスより子供を優先しそう。
「ありがとう、アイリス。みんなでゼーロンに行けるといいね」
「主人としての務めなのだから、お礼なんて不要よ。そもそも神樹であるこの子は、イルカ島のシンボルと言っていいわ。なにせ吸血族が支配する島を、象徴する存在なのだもの。それをずっと手元において置けるなんて、最高じゃない」
照れ隠し気味にまくし立ててくるけど、やっぱりアイリスは家族思いで優しい。バンダさんが生暖かい目で、こっちを見てるよ!
「おかーたん、ごちそうさま」
「……もうお腹いっぱいになった?」
「あい!」
「ごちそうさまの挨拶ができて偉いねユグは」
「おとーたんとのやくそく、ちゃんとまもゆよ」
飲み終わったコップをニナに渡し、得意げな顔で僕の方を見てくる。これは頭を撫でてあげるしかない。それにしてもこのアホ毛、いったいどんな仕組みで形を保ってるんだろう。撫でると他の髪の毛と一体化するのに、すぐぴょこんと跳ね起きてくる。
房状になった髪型のせいで独特の手触りだけど、一本一本は子供特有の柔らかヘアだ。それなのにゴムのような特性があるなんて面白い。この謎を解き明かしたくなる気もするが、気持ちよさそうにしてる姿が可愛いから、細かいことはどうでもいいや。
やっぱりこの子の笑顔は、リナリアと別のベクトルを持った癒やしだ。二人が並んで笑うと相乗効果を生み出し、癒やしの奔流ってやつが生まれそう。あらゆる悪意を浄化する、最強のコンビになれるぞ、きっと。
ウーサンに巣食っていた邪神のような存在も、それで倒せたりして?
「アイリスお嬢様、ダイチ様。ナーイアス様がお越しになりました」
そんなことを考えてたら、イチカが来客を告げに来た。後ろから現れたのは、洋服に身を包んだナーイアスさん。今日は白い長袖シャツに、水色のサロペットスカートか。清楚な感じの服装は、なんでも似合うな。
「わざわざここまで足を運んでもらってすいません」
「いえいえ、問題ありませんよ。この子が神樹のあるこの島から、どれくらい離れられるのか、まだわかりませんからね」
「あっ、みずのおねーたん!」
「はい。わたくしが水のナーイアスです。よろしくおねがいしますね」
「なーおねーたん! あたし、ゆぐ」
「思っていた以上に可愛いですね、この子。わたくしもいずれダイチさんと……」
なにを口走ってるんですか、ナーイアスさん。この前、子供を授かるのは無理とか言ってませんでしたっけ?
「マスター。四人目はユグちゃんみたいな子がいいです」
スズランまでなに言い出すの!?
最初がシアみたいな子で、次がアスフィー。そしてリナリアが増え、今度はユグ。僕はどれだけ頑張らないといけないんだろう……
バンダさんみたいに腰を痛める未来しか見えないけど、とりあえず本題を聞こう。
「えっと、エアリアルさんはなんと言ってました?」
「〝面白そうだから頑張って育ててね、近いうちに見に行くよ〟だそうです」
イグニスさんからは「火とか苦手そうだから、ちゃんとあたいのことも説明しておけよ」で、テラさんからは「ここの温泉に入れてあげるとぉー、喜ぶんじゃないかなぁー」とのことらしい。特殊な環境すぎるこの島と僕という存在があるから、みんな普通の出来事として受け止めてるそうだ。
擬態できる意志ある道具と同じ扱いをされてるけど、いいのかな。
どちらにせよ、土地神たち全員に受け入れてもらえてるし、この子はここで育てていこう。
◇◆◇
当然そうなるとは思っていた。
なにせ二人の間にできた子供として、家族になったのだから。
「……ダイチさんと一緒のベッドに寝るなんて、夢にも思ってなかった」
「使い魔は睡眠の必要がないって言ってたけど、いつもちゃんと寝てるんだよね?」
「……うん。自我を持ってから、毎日寝るようにしてる。だけど、夜中にふと目が覚めちゃうことって、結構あるんだ」
どうやらちょっとした物音や、何かの気配を感じて目が覚めてしまうらしい。その原因は森にいる動物とか、風音や建物のきしみだ。なのでアイリスの影の中にいる時は、目が覚めにくいんだとか。
「僕が隣りにいたら、眠れなかったりしないかな」
「……ちょっと緊張してるけど、たぶん平気。ユグちゃんが腕枕でぐっすり寝てるし、私も不思議と安心できる」
「なんか暗くなったら急に寝ちゃったよね」
「……やっぱり元が樹だし、明るくないと元気でないのかも」
テラさんの予想通り、温泉はすごく喜んでた。でもその帰り道の途中で日が沈み、あっという間に寝てしまっている。それこそ電池が切れるように意識がなくなったので、ちょっと怖かったよ。
この様子だと日の出とともに起きてくるだろうし、これからは早寝早起きを心がけないとダメだな。
「僕が探索者を続けてるうちは、ユグを任せっきりにする事が多いと思う。ニナの負担を増やしちゃうけど、いいのかな」
「……夫の帰りを待つのも妻の務めだって、本にも書いてあった。だからダイチさんは、気にせず活動をして。私、頑張るから」
「急に子供ができちゃってわからないことだらけだけど、僕もできるだけ協力するよ。だからやって欲しいことや出来ることがあったら、遠慮なく言ってね」
「……イチカやミツバがいるし、始祖様も手を貸すって言ってくれた。みんなで力を合わせたら、きっとこの子も健やかに育つと思う」
「子育ての先輩が近くにいて、支えあえる家族に恵まれてるユグは、世界で一番幸せかも」
その点でいえば、僕自身もすごく恵まれているだろう。違う世界からきた異物という存在が影響し、事あるごとに騒ぎを起こす僕を、気味悪がったり排除したりせず受け入れてくれている。
全く違う環境に馴染めず孤立したり、異質な力のせいで迫害されたりする、そういった結末を迎える創作物やゲームは、枚挙に暇がない。でもここにいるみんなは僕のことを慕ってくれ、家族として受け入れてくれた。
これがどれほど幸運なことかなんて、言うまでもないだろう。記憶のことはいったん置いておくとして、身の振り方をそろそろちゃんと決めないと……
そんな決意をしながら、隣で横になっているニナの頭をそっと撫でる。
「……本を読むだけじゃ良くわからなかったけど、これが女の幸せなんだね。お嬢様の使い魔として生まれて、ダイチさんやみんなに会えて本当に良かった」
「僕もだよ、ニナ。みんなと出会えて本当に良かった」
ユグが枕にしている腕の余った部分を握り、ニナがとても優しい顔で微笑む。しばらくそのまま撫でていると、静かな寝息が聞こえ始めた――
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その日のニナは、一度も目を覚ますことなく眠れたそうだ。すごく喜んでたし、できるだけ一緒に寝る時間を、増やすようにしよう。
こうして僕たちの家族に、神樹の意識体であるユグドラシルが加わったのであった。
ニナがここまで正統派ヒロイン化していくとは、このリハクの目をもってしても!!
◇◆◇
次回は毎度おなじみ幕間の資料集。
去年に引き続き、今年も年末年始にかけて執筆時間の確保が難しくなります。
お楽しみにしていただいている方には申し訳ないですが、次章より更新は土日だけになる予定です。