第11話 もうそれでいいや
光の中から現れた子供は、アスフィーよりさらに小さい。人の姿になったアスフィーは小学校に上がりたてくらいの身長だけど、目の前に現れたこの子は幼稚園の年少さんってとこだろう。
いくつもの房みたいになった、ライムグリーンの髪が背中まで伸び、頭のてっぺんに〝く〟の形をしたアホ毛が付いてる。整髪剤で無理やり作ってない、天然のアホ毛なんて初めて見たよ!
体を丸めて自分の親指を口に咥えてる姿は、なんだか赤ん坊を見ているようで可愛い。
「……えっと、ダイチさん、これって」
「うん、多分そうだよね」
僕とニナは正面からお互いの顔を見て、うなずき合う。
「……私とダイチさんの子供」
違うよニナ!
神樹の根本から光が出てきたのを見たでしょ!?
「やっぱり僕の血が神樹にかかってたんだろうな……」
怪我をしてから時間が経ってたし、傷口の回りも血で汚れていた。それに気づかないまま神樹を触っていたせいで、あちこちに付着させてしまったんだろう。だとすればこの子は、神樹の意識が擬人化した状態ってことかな。まさか神樹にまで影響するなんて想定外だ。
これからは怪我にも気をつけないと、どんな怪奇現象が発生するかわかったもんじゃない。そんな決意をしないといけない自分が悲しすぎるけど……
「……きっと神樹が私の願いを聞いてくれたんだと思う」
あー、うん。もうそれでいいや。すごく嬉しそうな顔をしながら子供の頭を撫でてるニナに、水を差すのは心が痛む。
「うにゅぅ……」
「あっ、目を覚ましそうだよ」
閉じていた目がゆっくりと開き、つぶらな二つの瞳が僕たちを交互に見る。瞳もエメラルドみたいに、透明感のある緑色だ。
「おはよ。おとーたん、おかーたん」
「……かっ、可愛い!」
なんだかニナが、むちゃくちゃ興奮してるぞ。
ちょっとたどたどしいながら、ちゃんと言葉を話せるのはすごい。ニナが抱き上げた時に見えてしまったけど、この子は女の子だ。
「おはよう……えっと、名前どうしよう」
「……それならダイチさんが付けてあげて」
間違いなく僕の影響で生まれた子だろうし、ちゃんと責任は取ろう。そうなると名前はやっぱり、あれしかないよな。不思議そうな顔でこっちを見る子供と目線を合わせ、僕は名前を告げる。
「キミの名前はユグドラシルにするよ。それでいいかな?」
「ゆぐどあしう?」
「あー、ちょっと長すぎるし発音しづらいか。それなら縮めてユグにしよう」
「……それなら言いやすいと思う。これからよろしくね、ユグちゃん」
「あい! なまえ、ゆぐ。おとーたん、おかーたん、ゆぐ」
一人ひとり指差しながら自分の名前を確認する姿は、まるで天使のようだ。これがウチの娘かわいいっていう感情なんだろうか。ニナが興奮するのも仕方ない。
「……私がお母さんでいいの?」
「どっちもやさしいの、おなじ。そえから、ゆぐと、おかーたんと、おとーたん、においおなじ」
「……えっと、どういうこと?」
ニナが不思議そうな顔で僕の方を見てくるけど、多分ユグの言いたい意味は実際の匂いと違うはずだ。
「神樹の世話を一緒にして、たくさん撫でてあげたのが優しいだろうね。そしてこの子が生まれる直前に、僕の怪我を治療してくれたのが、同じ匂いじゃないかな」
「……あっ、ダイチさんの血(///)」
傷口の治療という言葉で思い出したんだろう、ニナの顔が真っ赤になる。こっちもユグに負けず劣らず可愛いな!
そんな姿をずっと眺めてたいけど、いつまでも裸のままじゃ体調を崩すかもしれない。とりあえず屋敷へ戻って、イチカに服を頼んでみよう。
◇◆◇
扉を開けて中に入ると、ミツバが玄関ホールの掃除をしていた。僕たちの方を見て何か言おうとしてたみたいだけど、ニナが抱いているユグに気づいて目を大きく開ける。
「ただいま、ミツバ」
「・・・・・」
「……あの、ただいま」
「たあいま」
呆然とこちらを見ていた顔がニヤリとした表情へ変わり、そのまま反転して走り出す。そんなに勢いよく階段を上がると危ないよ。
「イチカー! ねぇ、イチカー!! ニナがダイチの子供を生んできたよー」
やっぱり思った通りの反応するなぁ……
少し二人きりになっただけで、いきなりこんなに大きな子供が生まれたりしないって。ユグって人の基準だと、三歳くらいだからさ。
「何を騒いでいるのですかミツバ、廊下を走ってはいけませんよ。いくら限りなく人に近づいた私たちでも、まだ子供を作ることは……」
書斎の方から降りてきたイチカが、僕たちの姿を確認してフリーズしてしまう。リセットボタンはどこかな。
「ねぇねぇ、どうやって子供を作ったの? もしかしてシアと同じことやった?」
やっぱりこの三人、影になって僕たちを覗いてるんじゃ。おかしいな、あの状態になるにはアイリスの補助が必要だったはずなのに。
「いったい何をすれば私達に子供ができるというのですか。教えなさい、ニナ。さあ、早く」
「……えっと、ダイチさんが怪我をして血が出てたから、どんな味がするのかなって舐めたの。そしたら子供ができた」
端折り過ぎだよ、ニナ。肝心なところを言ってないじゃないか。
「ダイチ様。今度お怪我をされた時は、このイチカにお任せください」
「あ、うん。その時はよろしくね。それより、この子が着る服ってなんとかなるかな」
「こんな事もあろうかと、子供服は各種ご用意してございます。すぐ取ってまいりますので、ダイチ様のお部屋でお待ちいただけますか。あそこなら日当たりが良くて暖かいですから」
こんな事って、いったいなにを想定してたのかな。この家は小惑星に飛行中の探査機じゃないんだよ。問いただしてみたい気もするけど、捕食者の目になってるイチカから、僕はそっと視線をそらした。
とりあえず言われたとおり、子供を抱いたニナをサポートしながら二階へ行き、ユグをベッドの上に座らせる。生まれたばかりで見るもの全て珍しいらしく、視線をあちこちさまよわせる姿が可愛い。
「おとーたん、あえなに?」
「あれは木でできた、ネコとイヌの人形だよ。持ってきてあげるから、ちょっと待ってね」
バンブーさんから買った、茶色いネコと白いイヌを棚から取ってユグへ渡す。自分の本体と同じ木で出来てるから、真っ先に興味を示したんだろうか。小さな手で慈しむように、人形を撫で始める。
「ところで、ニナは何をしてるの?」
「……イチカやミツバと違って、ダイチさんの部屋へ入る機会って少ないから、ちょっと探検」
だからってベッドの下を覗き込む必要はないと思うな。いくら覗き込んでも、エッチな本が出てきたりしないよ? 第一そんな所に置いてたら、掃除してくれるミツバに見つかってしまう。もちろん引き出しの底が二重になってたり、表紙カバーを参考書に変えてたりなんてこともない。
そもそもこの世界にあるのは、ほとんどがハードカバー本だ。あとはタブロイド判っていうのかな、ちょっと大きめの紙を折りたたんだ冊子もある。
「おかーたん、だっこ」
「……あっ、ユグちゃんのこと放ったらかしでごめんね」
「えへへ。おかーたんのだっこ、すき」
好奇心の方は一段落したらしく、木彫りの人形を脇へ置いてニナに甘えだす。僕も隣りに座って頭を撫でてあげよう。
「おとーたんのなでなで、きもちいい」
「……ユグちゃん寝ちゃいそう」
「すぐ着替えが届くから、もう少しだけ起きててね」
三人で和気あいあいやっていると、階段を登ってくる音が聞こえてきた。すごく急いでる感じの足音だけど、そんなに服を着せるのが楽しみなんだろうか。
――バァァァーン!!
「ミツバに聞いたぞ。子供が生まれたというのは本当な……」
勢いよく扉を開いて入ってきたのは、イチカではなくシアだ。子供がびっくりするから、静かに入ってきて欲しい。
「……あっ、あの、シアさん、この子は」
「私より先に子供を授かるなんて、ずるいぞニナ!」
入り口で固まっていたシアが、開口一番そんなことを言う。さすがに相手がシアだと、ニナもどうすればいいのか困ってる感じ。
「おねーたん、だえ?」
「この人はシアっていう家族で、僕の大切な人だよ」
「たっ、大切だなんて、子供の前で恥ずかしいじゃないか」
僕の言葉で、急速にシアの怒気が収まっていく。
我、電撃回避ニ成功セリ!
「おかーたんと、おなじ?」
「うん。ニナもシアも、他にいるみんなも、大切な家族なんだ。もちろんユグもそうだからね」
「たいせつ。ゆぐ、うえしい」
うんうん。やっぱりこの子は天使だな。
こっちもまだちゃんと説明できてないとはいえ、きっと面白おかしく伝えたに違いない。ミツバならやりそうだ。そもそもユグが普通の子供じゃないってことは、シアにだってわかると思うんだけど……
とにかくイチカが用意してくれる服を着せてから、詳しい説明をしよう。
ユグはまだラ行が発音できません。
次回で第11章が終了です。
「第12話 新しい家族」の更新をお待ち下さい。