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第10話 進化する使い魔

 アスフィーを背中にぶら下げながら、スズランと一緒に食堂へ入る。そこにはイチカとミツバの姿があった。厨房の方からいい匂いがしてるので、そろそろ朝食が完成する時間だろう。



「おはよう、イチカ、ミツバ」


「おはようございます、イチカさん、ミツバさん」


「おは」



 こちらに気づいたイチカが頭を下げながら、そしてミツバは手を振りながら挨拶を返してくれる。そのまま少し話をしていると、匂いにつられたのかみんなが降りてきた。


 アイリスはまだ眠そうだ。いつものようにイチカの手で、無理やり起こされたみたい。引いてもらった椅子に腰掛けながら、目元をコシコシこすりだす。猫みたいでちょっと可愛いかも。


 それぞれ朝の挨拶を交わしていると、厨房からニナがでてきた。朝食が完成したようだから、配膳を手伝おう。



◇◆◇



「それじゃあ、いただきましょうか」


「「「「「いただきます」」」」」



 僕が始めたいただきますの挨拶だけど、すっかりこの家の習慣になってしまっている。家主であるアイリスの合図で、みんなの声が綺麗に重なった。



「んー、ご飯が食べられるっていいね!」


「飲食という行為は、体だけでなく心も満たされる気がします」


「……みんなと食べるの、楽しい」



 実は昨日、いつものように給仕を担当していたミツバのお腹から、可愛らしい音が鳴ってしまう。話を聞くと、一昨日からみんなの食べてるものが、美味しそうに見えだしたとのこと。そしてそれはイチカも同じだった。


 どうやら三人とも体に違和感があったけど、それが空腹だとは気づかなかったらしい。それまで食事の必要がなかったんだし、その点は仕方ないだろう。なので試しに少しだけ食べてもらい、お腹を壊したりしないか経過観察。特に問題がなかったので、今日から三人も一緒に食べることにしたってわけ。



「こんなに美味しいご飯を食べられないのは可哀想だなって思ってたから、一緒に食事ができるようになって良かったよ」


「……美味しいって言ってもらえるのが、一番嬉しい」


「もう私の使い魔という枠組みを、完全に逸脱してしまったわね。二度と依代(よりしろ)に戻すつもりはないから、これからも家のために尽くしなさい」



 アイリスのそんな方針に、三人は嬉しそうな声で決意の言葉を返す。ここが聖域になって本当に良かった。そのおかげでアイリスの負担も減るし、三人はより人と同じ存在へ近づいている。あとは吸血の回数も減ってくれればいいんだけど、多分こっちは無理だろうな。もう習慣になっちゃってるし。


 まあお風呂上がりに二人で話をしながらお酒を楽しむ時間は大切だから、いざ無くすとなると僕のほうが物足りなくなりそうだけど……



「……あの、ダイチさん。お願いが」


「どうしたの、ニナ」


「……神樹のお世話したいから、少し付き合って欲しい」



 そういえば急に大きくなったから、枝とか絡まったりしてないか見ておいて欲しいって、エアリアルさんに頼まれてたな。下の部分はかなり枝が張り出してるので、今のうちにちゃんと調べておこう。いつも庭の手入れをしてくれてるニナがいれば、細かいところも気づいてくれるはず。



「リナリアを学園まで送っていったら、神樹のある場所に行こうか」


「……うん」


「お手伝いできなくて、ごめんなさいなの」


「そんなに大変な作業じゃないから大丈夫だよ。リナリアは勉強とレッスン、頑張ってきてね」


「はいなの。頑張るの!」



 もう少し経つとゼーロンの首都で、リナリアのソロコンサートがある。しばらく学校を休むことになるから、今は学業優先にしておいてもらわないといけない。


 確か屋敷の倉庫に大きな脚立があったはずだ。ご飯を食べたら準備しておこう。



◇◆◇



 バンダさん一家と本島へ買い出しに行く組と別れ、祭壇のある広場へ向かって歩く。神樹の様子を見に行くのが僕とニナだけになったのは、やっぱり気を使わせちゃったからかな。まあ隣を歩くニナがすごく嬉しそうだし、これで良かったんだろう。なにせ三人の中で、一番僕に懐いてくれてる子だし。



「僕は植物の手入れとか全然知らないから、やり方を教えてね」


「……エアリアルさんに色々聞いてるから、任せて」



 両腕を曲げて小さくガッツポーズをする姿が可愛い。それに出会った当初は喋り方も硬かったけど、今は友達みたいな口調で話してくれる。使い魔だから年をとったりしないんだろうけど、その点を除けば大人しそうで可愛い女の子なんだよな、ニナって。臨時パーティーを組んだファンガスさんが、一度会っただけで気に入るわけだ。


 そういえば精神面でも肉体的にも人と同じ存在になってきてるし、子供が作れたりするんだろうか?


 って、いやいや。そんなこと考えたらダメだろ。変に意識すると、今みたいに付き合えなくなる。そして間違いなくシアとスズランに感づかれてしまう。絶対あの二人には、隠し事が出来ないんだよ……



「あっ、神樹が見えてきたね」



 (よこしま)な考えを追い払おうとしていたら、ちょうど神樹が見えてきた。



「……太くて立派なのは、ダイチさんと同じ」



 待ってニナ。僕って結構痩せてる方なんだけど!

 うっとりした表情で頬を薄く染めながら神樹を見上げてるのは、どうしてなのかな?

 まさかシアを探してくれた時みたいに、影の状態になって覗いたりとかしてないよね?

 誰かと比べたわけじゃないけど、そっちも自慢できるほどじゃないと思うよ。


 とにかくここに来た目的を果たそう。そうでもしないと、思考がどんどん明後日(あさって)の方向に進んでいく。



「えっと、どんなところを見ていけばいいのかな」


「……あそこの枝同士が重なってる部分とか、下に伸びちゃってるのを整えていくの。切ると痛がるから、枝を撫でながらゆっくり曲げてあげて」



 オッゴの神樹は明確な意識を持ってたけど、やっぱりここに植えた子も同じなんだ。


 撫でながら曲げるだけでいいというのが良くわからなかったけど、やってみたらその効果に驚いた。僕の腕くらい太い枝が、まるで針金のように曲がっていく。ねじって方向を変えることも出来るし、太い枝に細い枝を押し付け、一体化させることも可能だ。ちょっと粘土細工をいじってるみたい。


 下から指示を出してくれるニナの声を聞き、脚立を移動させながら作業をすすめる。しばらく夢中でやっていたら、()の形がきれいな円錐形になっていき、地面に木漏れ日が差し始めた。



「すごいね。かなり日当たりが良くなったし、形もスッキリしたよ」


「……葉っぱに光が当たると、()って元気になるから、これで喜んでくれると思う」


「気持ちいい風が吹いてるし、ちょっと木の根元に座ってみようか」


「……うん」



 僕は神樹を背もたれにし、足を伸ばしながら地面に座り、ニナは足を横に崩しながら腰を下ろす。木漏れ日が踊る静かな場所でこうして座ってると、なんだかすごく落ち着く。やっぱり隣りにいるのが、ニナみたいに大人しい雰囲気の子だからかな。


 そんなことを思いながら横を向くと、黒くてきれいな髪で隠れた方の目が、遠慮がちにこちらをチラチラと見ていた。



「僕の顔になにか付いてる?」


「……ううん。ダイチさんとこんなに長い時間二人きりなのって、初めてじゃないかなって」


「洗い物の手伝いなんかで時々二人きりになるくらいだし、言われてみれば確かにそうだね」


「……あの。もっと近くに行っていい?」


「うん、いいよ」



 少し離れた場所に座っていたニナが、おずおずと肩の触れ合いそうな距離まで移動してくる。僕の反応を確かめるように見上げてくる顔が可愛いので、頭を撫でてあげようと思い手をのばす。



「……あっ。ダイチさん、(ひじ)のところ怪我してる」


「えっ、ほんと!?」



 右肘のところを見ると、何かで切ったような傷跡があり、じんわりと血が滲んでいた。血が半分固まりかけてるから、作業中にどこかで切ってしまったっぽい。



「……そのまま、動かないで」



 僕の腕をとったニナが顔を近づけてくると、傷口をペロペロと舐めはじめてしまう。



「ちょっ、ニナ!? くすぐったいって」


「……お嬢様がいつも美味しそうに飲んでるから、どんな味かなって」



 ご飯が食べられるようになったからって、血の味まで確かめなくてもいいのに。唾液には殺菌成分が入ってるし、消毒になるんだけどさ。そんな所に興味を示すのは、やっぱり吸血族の使い魔だからかな。


 そんなニナの行動にドギマギしている時、僕たちの背後で異変がおきた。


 神樹の根本から光の粒子があふれ出し、尾を引きながら幹の周りをクルクルと飛びまわる。そしてニナの膝に集まりはじめ、丸い形から細長く変わっていく。




 ――やがて光が収まると、そこには全裸の子供が横たわっていた。


ニナは視覚で味がわかるという能力を持っているため、軽い違和感しか覚えていませんでした。


次回、喜ぶニナ、走り去るミツバ、どこかの技術者になるイチカ。

明日更新予定の「第11話 もうそれでいいや」をお楽しみに。

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