第8話 土地神歓迎温泉ミニコンサート
誤字報告ありがとうございました!
漢字の使い分けは難しいですね。
日の高いうちから温泉に入るのって、最高の贅沢だよなぁ……
空は今日という日を祝福するかのように澄み渡り、陽の降り注ぐ海がキラキラ輝く。そしてお湯の中から顔を覗かせる、数多の峰々。クロウ風に言うと、おっぱい連峰って辺りだろうか。ある意味、雄大な景色だ。
「それでは、聞いてくださいなの」
開始の宣言を受け、土地神たちが拍手や歓声を上げる。僕の膝に座りピッタリ身を寄せたリナリアから、余剰精気がサラサラとこぼれ始めた。だからナーイアスさん、物欲しそうな目で見ても交代しませんから。
肌が直接触れ合う面積の大きい入浴中は、キスの次に精気のやり取りが大きい。そこで土地神たちからリクエストを受け、温泉ミニコンサートを開くことに。全員が僕たちの前に集合してるから、岱山から小高い丘そして平原まで、様々な地形が形成されている。クロウがすごくイキイキしてるよ。
「かぁーっ! 火の力がたっぷり溶け込んだ湯に浸かって聞く歌は、控えめに言っても最高だな」
「ここの神樹はオドを出さないけど、歌を聞くだけで力が出てくるもんね」
「島が聖域になったおかげでぇー、自然の精気も濃くなってるんだよぉー」
「リナリアの歌にはダイチさんの精気が乗りますから、効果はバツグンです」
「ナーイアスのその髪、えっぐい」
「お前、力があふれすぎだろ」
「おもらし女神だねぇー」
そういえば、こうして温泉に入りながら歌ったのは、今日が初めてだったな。お湯に溶け出した僕の精気とリナリアの歌、加えて聖域の効果が重なったせいで、ナーイアスさんの髪から滝のように余剰精気がこぼれだす。やっぱりその姿を見たら、海水浴の時に僕が抱いた感想と同じになるんですね。
「せっかくなのでカトレアも歌ってみるのである」
「そうだね。孫娘とユニットとか面白そう」
「私も参加するのじゃ。こうして三世代が共演する機会など、滅多に無いじゃろうからな」
カトレアさんは迷宮の花嫁に選ばれるまで、現役の歌姫として活躍している。そしてアプリコットさんは、歌姫に歌唱指導ができる実力の持ち主だ。こんな夢の共演が見られるなんて、世界でもここだけだろう。土地神を迎え入れる記念行事として、これ以上のものなんてない。
僕とリナリアを両側から挟むように、カトレアさんとアプリコットさんが腰掛ける。そして三人の歌声がきれいに重なり、美しいハーモニーを奏でるのだった。
◇◆◇
温泉を利用した島民全員の親睦会も終わり、いよいよアレをお披露目することに。実はナーイアスさんにも、まだ見せていなかったりする。
「これが今度売り出す予定にしている、四人の女神像です」
「像の出来も見事でしたが、こちらも素晴らしいですね」
「あたいの特徴がバッチリ出てるじゃないか!」
「なにこれ、可愛すぎなんだけど」
「これいいねぇー、今度は寝てるポーズも作ってもらおうかなぁー」
ナーイアスさんは身長より長い錫杖を右手で持ち、左手を前に差し出すポーズ。イグニスさんは手にしたロングソードを地面へ突き立て、真っ直ぐ正面を向き直立するポーズ。エアリアルさんは右手に持ったタクトを振る、躍動感の感じられるポーズ。そしてテラさんは丸い宝珠を、両手で天に掲げるポーズだ。
原型として作られたものなので台座やプレートはついてないが、バンブーさんが製品と同じ塗装をしてくれている。土地神たちはそれぞれ自分のフィギュアを受け取り、様々な方向から眺めて感嘆の声を漏らす。
「どうでしょうイグニスさん、僕的にはかなり腕のいい職人さんだと思ってるんですが」
「ああ、そうだな。祭壇にあったナーイアスの像もそうだが、そいつの作った作品には魂が込められている。その手の製作物には力が宿ったりするんだ。この小さな像も、その器を感じるぜ。帰ったら[名匠]に認定しといてやるよ」
「ありがとうございます、きっとバンブーさんも喜ぶと思います」
名匠といったら真ん中に位置するランクだ。やっぱり切れ味や防御力なんていう性能では測れない部分で、匠人の認定が行われるのか。武具以外の作品でも、土地神に実力を認められるとわかったら、エヨンの職人さんたちはますます切磋琢磨するかもしれない。
「イグニスの言う通りこの像が力を持つならぁー、いずれ自分たちが宿れるようになったりしてぇー?」
「あっ、聞いたことあるよ。確か〝分け身〟とか言うんだっけ」
「そのようなことが出来るようになれば、いつでもダイチさんのおそばに居られますね」
「待て待て、お前ら。いくら像の出来がいいからって、あたいたちが宿るのは無理だぞ。仮に出来たとしても、短い間だけだ」
神と呼ばれる存在だけあって、僕たちとは違う色々な力を使えるんだな。みんなの話を聞いてるだけで、知的好奇心が刺激されるよ。この場にエトワールさんがいれば、すごく喜んだかもしれない。今度イルカ島に招待してみようかな。
「この姿でお話できたら、可愛くていいと思うの」
「さしずめ手乗り女神ってところかしら」
いやいやアイリス、ぬいぐるみや文鳥じゃないんだから。確かにこのサイズで自由に動けるなら、ファンタジーの妖精そのものなんだけどさ。こんど羽の生えたバージョンでも、作ってもらおうかな。ロボットのバックパックユニットみたいに、着脱できるようにしてもいいかも。
「ダイチのやつ、また変な顔してやがるぞ」
「マスターのことですから、なにか面白いことを思いついたのではないでしょうか」
「ねぇねぇダイチ、なに考えてるの?」
「まさかこのような人形相手に、不埒な妄想をしているのではあるまいな」
「そっ、そんなことしてないよ、シア。ただビームライフルとか、ドリルアタッチメントがあったらな、と……」
うっかり思ってたことを口にしてしまったので、僕たちの世界にあったプラモデルや、フィギュアの説明をすることになった。ドリルにはロマンが詰まってると思うんだけど、理解してもらえなかったのが悲しい。
◇◆◇
いつものように供血をすませて部屋へ戻ると、アスフィーがベッドの上でナーイアスさんに抱っこされていた。胸が大きければ誰でもいいって感じの子だけど、ちゃんと線引はあるみたいだ。こうしてナーイアスさんに身を委ねてるってことは、家族の一員として認識し始めたってことかも。
「本当にこの子は甘えん坊ですね。イグニスですら見たことがない魔剣なだけはあります」
「アスフィーは僕と繋がりのない人に、触られるのを嫌がるんです。実はそうやって抱っこができる人って、限られてるんですよ」
「つまり温泉での出来事が、二人の間に繋がりを作ったのですね。でしたら今夜は、物理的に繋がりましょう!」
しませんよ、そんなこと!
ってか、本当にあの時、何をやったんですか……
「マスター、私は席を外したほうが宜しいでしょうか?」
「いやいや、そんなことしなくていいから。お願いだから今夜は一緒にいて」
「四人でする?」
ちょっと待って。仮にそんな事態になっても、アスフィーに手を出したら僕の人生が終了する。間違いなくシアの手で。
「ふふふふふ。ダイチさんはいつもそんな感じで、みなさんにイジられてますね」
「みんな僕をダシに遊びすぎなんだよ」
「それだけマスターが愛されているということです」
「そんな愛、あまり欲しくない」
「こうして誰かと触れ合い、笑い会える日が来るなんて、本当に夢のようです。こんな時間が永遠に続けばいいと思えるほど……」
そう言ったナーイアスさんの顔が、寂しいものに変わってしまう。
「僕がこの世界で生きられるのは、ナーイアスさんにとって一瞬かもしれません。でもそんな僅かな時間を精一杯使って、抱えきれないほどの思い出を残せるようにします。だからその間だけでも、笑って過ごして下さい」
「そんなことを言うなんて……ダイチさんは、本当に……ずるい、です」
こちらを見つめる両目から、キラキラ光る涙がこぼれ落ちる。そんな姿を見て、僕は美しいと思ってしまった……
次回はナーイアスとの初デート。
「第9話 一生の不覚」をお楽しみに。