第7話 聖域の影響
アイリスの屋敷に戻ってくると、三人の使い魔たちが玄関ホールに集合していた。留守番をしてたアスフィーは、ニナに脇を支えられ半分ぶら下がった状態だ。
「お待ちしておりました、皆様」
「……いらっしゃいませ」
「いらっしゃい! 神様の集会が開かれる家とか、凄いよね!!」
「主様、おかえり」
「ただいま、アスフィー。それにみんな」
こちらへトコトコ歩いてきたアスフィーが、そのまま僕の体をよじ登って背中にぶら下がる。自分から離れていく後ろ姿を見つめるニナは、ちょっと寂しそう。
「アスフィーの面倒を任せちゃってごめんね」
「……問題ないよ。膝枕とかしてると、自分の子供が出来たみたいで嬉しい」
「すごく助かってるよ。いつもありがとう」
お礼を言いながらニナの頭を撫でると、はにかんだ表情を浮かべたまま頬を染めていく。
「へー、ナーイアスから聞いてたけど、ほんとにこの子たちって使い魔なの?」
「どうです、凄いでしょう。これもダイチさんの名付け効果なんですよ(えっへん)」
「どうしてお前が得意そうな顔してるんだよ、ナーイアス」
他の土地神たちにドヤ顔を決めてるナーイアスさんは、ちょっと可愛い。
「この島って聖域になっちゃったけどぉー、なにか影響出てないぃー?」
「後ほどご報告しようと思っていたのですが、どうやらアイリスお嬢様からお力を分けていただかなくても、存在を維持できるようになっています」
普通の使い魔というものは、何かを命じるたび主の力を必要とする。だけど名前をつけて自我を持ってからは、自分自身の力で動けるようになった。とはいえ、元は依代となった人形なので、擬人化した状態を維持するために、アイリスの力は必要だ。しかしここが聖域になったことで、それすらも不要になったらしい。
「それなら私は使い魔を増やし放題ってことかしら」
「三人いれば十分だと思うんだけど……」
「無粋ね下僕。ただの例え話にツッコミは不要よ」
つい名前を考えるのが大変だなって、思っちゃったんだから仕方ないでしょ!
もし男の使い魔が大量に増えたら、名前は順番にイチロウ・ジロウ・サブロウ・シロウ・ゴロウとかになりそう。以前アイリスに一号・二号・三号って呼び方は可哀想とか言ったけど、僕も人のこといえないな……
ともかく玄関ホールに突っ立ってるのもあれだし、みんなをリビングへ案内するか。
◇◆◇
大きなローテーブルに買い替え、ソファーの数も大幅に増やしたリビングで、みんな思い思いにくつろぐ。僕の膝にアスフィーが座り、右側には笑顔を浮かべるナーイアスさん。そして左にいるのは僕たちの姿を暖かく見守る、聖母のような笑みを浮かべたスズラン。
イグニスさんはシアと並んで座り、彼女が作り出す魔法に干渉して遊んでる。前は炎馬だったけど、火以外の属性でも操れるみたいだ。他の土地神は同じことが出来ないとか言ってたし、なにげに器用だよなイグニスさんって。
エアリアルさんは座ったリナリアを抱きしめながら、満面の笑みを浮かべていた。きっとああいう姿を猫可愛がりと言うんだろう。ちょっと苦しそうにもがいてるから、適当なタイミングで離してあげてくださいね。
クロウを自分の胸に抱きかかえたテラさんは、カメリアを背もたれにしてだらけまくってる。初めて会ったときと全く変わらない、安定の怠惰っぷりだ。聖域化の作業でかなり精力的に動いていたみたいだし、今日くらいは好きにさせてあげた方がいいかも。なんだかんだでカメリアも、甘えられるのが嬉しそうだし。
最初は僕とスズランに精霊たち、そしてシアとアイリスに三人の使い魔だけだった。そこにカメリアが加わり、消えてしまうはずだったクロウが現れる。ウーサンではリナリアが妹になって、交友関係が大きく広がっていく。その集大成みたいなものが、目の前で繰り広げられている、この状況だろう。
元の世界で僕が他人とどんな関わり方をしていたのか、今はまだ思い出すことが出来ない。だけどこの世界で紡がれた縁は、日本で暮らしていた時より濃いと思う。少なくとも自分たちの暮らしや環境を向上させるため、みんなが一丸となって活動するなんてこと、無かったはずだから。
僕は今の生活を捨てて、元の世界へ帰りたいんだろうか?
「なにか気になることがあるのでしたら、わたくしがお聞きしますよダイチさん」
「あっいえ、なんだかすごい光景だなって、改めて思い返していただけです」
気がつけば、心配そうな視線が僕に集中してる。いけない、いけない。せっかくの記念日なんだし、気を遣わせてしまったらダメだ。気持ちを切り替えていこう。
「そういえばアスフィー、お前〝憑依〟をやったんだってな」
そんな時、この場の空気を入れ替えるように、イグニスさんが話題を振ってくれた。さすが世紀末系姉御、石灯籠の上で決めポーズするだけはある。すごく頼りになります、ありがたいです。
「憑依? なにそれ」
「お前とダイチそれにスズランが、一つになって戦ったって聞いたぞ」
「大勇者のノヴァさんは〝神降ろし〟と言ってましたが、それとは違うものなんですか?」
「いや、人に伝わる過程で少し変わっちまったが、やってることは大体同じだ。あれは別の世界にいる神を呼び出して、その身に宿らせる憑依術っていうんだ。あたいたちは三位一体とか呼んでる」
この世界にもその言葉ってあったんだ。確か父と子と精霊だっけ。あの場合は父が僕で子がアスフィー、そして精霊がスズランになるのかな。まあ僕は神じゃないし、アスフィーが信仰の対象になったりしてないけど。
「魔剣が鍵になってるから、呼び出されたのは剣神ってやつだ。あれは適当に何か斬らせておけば満足して帰るけど、なかには対価を要求してくるやつもいる。別の物で試したりすんなよ」
「わかった、気をつける」
「あれは軽々しく使っていい力ではないと思いますので、乱用だけはしないようにします」
「あの忘れがたい感覚は何度でも経験してみたくなりますが、マスターの身に負担がかかってしまいますし、致し方ありません」
えっと……スズラン?
「やむを得ない理由で使うことになった時は、わたくしをお呼び下さい。先日やったように、いやらし……癒やして差し上げますので」
ちょっ、いま何を言いかけたんですか、ナーイアスさん!?
僕がウトウトしてた間に、薄い本みたいなことしてませんよね?
「次は私も一緒に入るからな。絶対に二人っきりになどさせん。ダイチの身は必ず守ってやる。それに今度は私もマッサージに参加するぞ。泣きながら許しを請うまで、その手は止めないつもりだ。覚悟しておけ」
守ってくれるのか、とどめを刺しに来るのか、よくわからないんだけど……
どうしてマッサージを受けるのに、死地に赴くような心構えを、しないといけないんだろう。
「いやー、ナーイアスのこんな姿、直接見るとすっごく面白いね」
「お兄ちゃんとみんなは、とっても仲良しなの」
「うんうん、仲良しなのはいいことだよ。折角だしみんなの仲を深めるために、今から温泉へ行かない?」
「おっ、いいね! 熱いお湯なら火の力も強そうだ」
「もしかしてぇー、カメリアちゃんのおっぱい枕を直接堪能できるぅー?」
「湯浴み着をつけてるから、直接は無理かな。だけど二人で洗いっこするくらいならいいよ」
「うひょぉー。イクイクぅー、温泉イクぅー」
なんか興奮のあまり、テラさんのイントネーションも変になってるなぁ……
どう転んでも混浴は避けられないと覚悟してたし、もう観念して身を任せよう。きっと抵抗しても無駄だから。人生諦めが肝心ってやつだ。
次回は全員で温泉へ。
そして初披露される粘土人形。
その後はナーイアスとベッドイン!?
以上の三部構成でお送りします。
「第8話 土地神歓迎温泉ミニコンサート」をお楽しみに!