第6話 風の通り道
地脈の力がそれぞれの祭壇に馴染み、いよいよイルカ島が聖域として生まれ変わる。知らせを受けたアプリコットさんもその瞬間を見届けるため、この場に来てくれた。
「イノーニの件でも色々動いてもらっているのに、負担を増やしちゃって申し訳ないです」
「婿殿が気にする必要はないのじゃ。迷宮解放同盟のことを各国の上層部に知らせる、良いきっかけになったくらいじゃよ」
四人の土地神が一か所に集まるのは、世界のパワーバランスを崩してしまう。そこでナーイアスさんも交え、僕たちは虚実とりまぜた、一つのシナリオを書く。
このところ各国で発生した迷宮の異変は、ある組織によって引き起こされた可能性が高い。それを憂慮した土地神たちが、今後は一丸となって対応していくと決意。その集合場所に選ばれたのは、四つの祭壇を設置する条件が全て揃った、ここイルカ島という設定だ。
この場で話し合われた情報を世界へ伝達するのに、ウーサンという国は都合がいい。今までそれを武器に外交をしていたからである。もちろん諸外国から反発はあったみたいだけど、迷宮解放同盟を共通の敵として祭り上げ、うまく丸め込んだみたいだ。本当にやり手だよ、アプリコットさんは。
僕たちは祭壇管理人として任命された、神官のバンダさんを護衛する住人ってことになっている。建前上はだけどね。なにせ力を取り戻しつつあるバンダさんに勝てる人類は、アイリスくらいしか居ないはずだから。
「バンダさんにも変な役を押し付けちゃいましたね」
「妻ばかり働かせるわけには、いかんのである。吾輩にも役目が出来て、よかったのであるよ」
「バンダ君の面倒を見るのは私の楽しみだから、あんまり気にしなくてもいいんだけど……」
そういえばカトレアさんって、バンダさんの世話を焼くのが生きがいだとか、幸せそうに言ってたっけ。その意志を尊重しているらしく、バンダさんは使い魔を使役していない。
とはいえ全て女性に任せっきりなのは、男として心苦しい。その気持は僕もよくわかります、バンダさん。
「そろそろ始まるようじゃな」
「神樹がプルプルしだしたね」
「おっぱい大集合だぜ!」
ゆらゆらと揺れだした神樹の芽が光り、一気に成長を始める。すごいなこれ、クスノキに住んでる森の主が、背伸びの運動で大きくしてるみたいだ。
そのままグングン成長を続け、高さ十メートルくらいの立派な木になった。
すると神像の横にナーイアスさんが顕現し、ランタンを奉納した石灯籠の上にイグニスさんが立つ。
「さすがテラです、聖域化は成功のようですね」
「こいつはすげえ、火の力をビンビン感じるぜ!」
「やっほー、リナリアちゃん。遊びに来たよー」
神樹の頂上から声が聞こえてきたかと思うと、エアリアルさんが飛び降りてくる。下着をつけてないんだから、そんな激しい動きをしないで下さい。ちょっと見えそうになってましたよ。
だけどテラさんはどうしたんだろう。そんなことを思っていたら、くぐもった声が辺りに響く。
『うわぁ~ん、フタが重いよぉー。誰か開けてぇー。暗いよぉー、狭いよぉー、怖いよぉー』
祭壇を石棺なんかにするからですよ、まったく……
僕とカメリアで石棺の蓋を持ち上げると、テラさんが中でさめざめと泣いていた。
「大丈夫ですか?」
「ふぇぇーん。寝たまま顕現できると思ったんだけどぉー、失敗だったよぉー」
「フタをもっと軽くするか、無くしちゃわないとダメだね」
「おいこら、ご主人さまのおっぱいで涙を拭くんじゃねえ!」
「うへへへへぇ~。カメリアちゃんのおっぱい癒やされるぅー」
一人だけなんとも情けない登場だったけど、四人の土地神が一か所に集うという、歴史的な光景が繰り広げられてるんだよね、これって。全然そんな気がしないのは、なぜだろう。
イグニスさんは石灯籠の上で変なポーズをとってるし、エアリアルさんはリナリアの頭に胸を乗せている。カメリアにすがりついてるテラさんは、どこからどう見てもスケベオヤジと同類だ。だからナーイアスさんも、僕の腕に絡みついてこないで下さい。当たってます、まろやかさんが!
シアの機嫌がどんどん傾いていってるじゃないですか。
「場が混沌とし過ぎなのじゃ」
「みんな自由すぎだよね、バンダ君」
「このままでは、挨拶もできんのである」
なんというか、すいません。みんなちょっとテンション上がってるみたいで……
「皆さん、一旦落ち着いてください。とりあえず屋敷の方へ案内しますので。そこにも紹介したい人がいますから、お茶でも飲みながら話をしましょう」
「ふふふ、いいですね。これまでずっと出来なかった、念願のお宅訪問ができるなんて。自由って素晴らしいです。今夜は一緒に寝ましょうね、ダイチさん!」
「今日は記念日ですし、それくらいなら構いませんよ。ただし、アスフィーとスズランも一緒なので、変なことしようとしたらダメですからね」
まずはこの場に来ていない、アイリスの使い魔たちを紹介しないと。三人とも、とても張り切って準備してくれてたから……
「今日はあたいも泊まっていくから、面白い魔法を色々見せてくれよ、オルテンシア」
「先日エトワール様から教わった魔法があるので、それを披露しよう」
そういえば伸び縮みする魔法とか、視線誘導とか教わってたな。エトワールさんには【付与】が発現してないので、あの人なりの工夫で魔法を進化させてる。思いも寄らない発想があったりして、僕も目から鱗が落ちた。
「温泉に行けるの楽しみにしてたんだー。一緒に入ろうね、リナリアちゃん」
「すごく大きいから全員で入れるの。みんなで温泉に入ったら、きっとお兄ちゃんから一杯元気をもらえるの」
あっ、混浴は不可避なんですね。ナーイアスさんにすごくいい笑顔で見られてるし、なぜか他の土地神たちも異論を挟まない。なんでみんな僕と一緒に入ることに、抵抗がないんだろう。わけがわからないよ。
「今夜はカメリアちゃんのベッドでぇー、おっぱいに埋もれながらゆっくり寝られるぞぉー」
「ボクのベッドってそんなに大きくないから、くっついて寝ようね」
「うひょー! ダブルおっぱいベッドでテンションマックスだぜー」
「おっぱいベッドっていい響きだねぇー、私の睡眠欲も高まってきたぞぉー」
ダメですよバンダさん、土地神を封印しちゃ。確かに思考がクロウ寄りなんだけど、この人がいないとイノーニが大変なことになってしまいますから。
でも、本当にみんな楽しそうだ。
神樹はイルカの胸ビレに似た岬から、少し内陸側に植えている。島の中心に近い場所なので、イルカ島全体が聖域になってるらしい。総本社にあたる神域より幾分力が落ちるとはいえ、即席で作ったことを考えれば十分だろう。笑顔を浮かべながら移動する家族や土地神を見て、僕の心はとても暖かいものに包まれていた。
島の聖域化でこの先も様々な変化が訪れます。
まずは「第7話 聖域の影響」をお楽しみに!