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第11話 いけません!お客様!

 ゆっくりと意識が覚醒してきた。今日は窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえる。角部屋のここは三方向に窓があるから、外の音もよく聞こえるんだよね。


 迷宮を押し戻す時にテラさんが回収した、精霊たちにプレッシャーを与える黒いピン。術式はわからないものの、エトワールさんによれば[結界針(けっかいしん)]の一種だろうとのこと。結界に関してはバンダさんが専門なので、現物を見せれば何かしらの手がかりに結びつく可能性がある。だけど今のところ、それを伝えられないのがもどかしい。


 とにかく迷宮が広がっていただけでなく、想定外の事態が中で起きていた。探索者ギルドだけでは処理しきれないので、イノーニ最高評議会を開いて対応を検討するそうだ。向こうで預かってきた書簡をアプリコットさんに渡してるから、あとはうまくやってくれると思う。


 そんな訳で、僕たちはイルカ島に戻ってきている。


 窓の外に向けていた視線を枕元に戻すと、僕の胸にすがりつくようにして眠るカメリアの姿が。やっぱり昨日のことで両親を思い出してしまったらしく、お風呂のあとにカメリアがこの部屋へやってきた――




――…‥・‥…―――…‥・‥…――




 足の間に座ったアスフィーの髪を()かしながら、背中でスズランの暖かさを感じていると、遠慮がちにノックの音が響く。扉の向こうに立っていたのは、肩にクロウを乗せたカメリアだった。いつもの天真爛漫な笑顔と違い、今日の表情はどこか寂しそうだ。やっぱり昼間の出来事が尾を引いてるみたい。



「こんな時間にごめんねダイチ」


「俺様がダイチの部屋へ行こうって言ったんだ、ご主人さまは悪くないぜ」



 普段はおっぱいしか言わないけど、クロウって本当にカメリア思いなんだよな。寂しそうにしてる姿を見て、ここへ来るきっかけを作ってくれたんだろう。



「今日はいろんな事があったし、僕もカメリアともっと話をしたかったから大丈夫だよ。みんなでベッドに座ろうか」


「うん、ありがとう、ダイチ!」



 少しだけ笑顔の戻ったカメリアの手を引いてベットへ上がる。遠慮がちに離れた場所へ腰掛けたカメリアが、何かを言いかけて飲み込んだ。どうしよう、僕の方から切り出してみようかな。



「迷宮で見つかった結界針、一本だけでも貸してもらえるといいね」


「あの〝しゅひぎむ(守秘義務)〟ってやつで詳しい話ができないから、ボクちょっとモヤモヤするよ」


「ファンガス様も悪いようにはしないと言ってくださいましたし、エトワール様も協力して下さいます。きっといい方向に話が進むと思いますよ」


「アプリコットのやつもついてるんだ、あいつに任せとけば大丈夫だろ。確か他国を脅すネタには困らないとか言ってたしな」



 ウーサンの諜報能力がかなり凄いのは、実際に暮らし始めて実感した。その実態までは聞いたことないけど、ハニートラップなんかも仕掛けていそうで怖い。僕もやたらとギルドの受付嬢にちやほやされることがあるし、うっかり変なことを言わないよう気をつけないと。



「それはわかってるんだけど、手の届きそうな場所にいた相手を逃しちゃったのが悔しくて……」


「あの男って体つきも普通だったし、戦闘能力はあまりない気がする。だから始めから逃げるつもりで、あのモンスターをけしかけてきたんだ。一緒にいた黒い精霊のスキルも不明だし、間違いなく何かの魔道具を使ってるはずだよ。上級や特級がうじゃうじゃいる迷宮の中でなく、もっと戦いやすい場所で追い詰めたほうがいいと思う」


「あの時はごめんね、ダイチ」


「怪我もしてないんだし、もう気にしなくてもいいよ」



 とは言っても、僕が脳震盪(のうしんとう)で気を失って、かなり泣かせちゃったしな……



「あっ、そうだ。アレやってあげるよ、カメリア」


「なに?」


「ほら、前にやってあげた横に抱っこするやつ」


「あっ、うん! やってやって」



 ヘッドボードを背もたれにして足を伸ばしながら座り、太ももの上にカメリアを乗せる。あの時は中学生くらいの体格だったけど、今だと身長差は十センチくらいしかない。頬を染めながらはにかむ顔が真横に来て、僕の心臓は高鳴っていく。そんな気持ちを落ち着けようと、カメリアの体を軽く抱き寄せ、ツノを優しく撫でてあげる。



「やっぱりダイチに抱っこされると、すごく安心できる。それにツノを撫でてくれるのも気持ちいい」


「こうしてほしい時は、いつ来てくれてもいいからね」


「えへへ。嬉しいなぁー」



 そうやってツノを撫でていたら、いつしか静かな寝息が聞こえてきた。



「すまねえ、ダイチ。ご主人さまの(つら)そうな顔を見てられなくてな、落ち着かせてくれてありがとよ」


「クロウが主様(ぬしさま)にお礼言った、珍しいもの見られた」


「俺様だってご主人さまが世話になったら、お礼ぐらい言えるぜ」



 本当にカメリアとクロウっていいコンビだ。きっかけはおっぱいだったかもしれないけど、本来なら人に仕えないはずの精霊獣がカメリアに忠誠を誓ったのも、今ならわかる気がする。



「クロウは本当にカメリア様のことが大切なのですね」


「当たり前じゃねえか。その点に関していえば、お前らと一緒だぜ」


「カメリアをベッドに寝かせてあげるよ。みんなも今日はそろそろ寝ようか」


「ダイチのやつにピッタリくっついてやがるし、ご主人さまのおっぱい枕は無理そうだな。代わりにスズランがやってくれよ」


「ダメ、スズランの胸、渡さない。代わりにクロウ、抱いてあげる」


「ケッ、ちっぱいはお呼びじゃねえぜ!」


「……斬る?」


「待てアスフィー、俺様が悪かった。(つつし)んでお願いします」



 いつもよりちょっとにぎやかな空気に包まれながら、その日は眠ることにした。




――…‥・‥…―――…‥・‥…――




 朝の柔らかい光に照らされているカメリアの顔は、昨日と違ってとても穏やかだ。もしかするといい夢を見られてたのかもしれない。


 カメリアの向こうには、スズランと身を寄せ合いながら眠るアスフィーがいる。その胸に抱かれているクロウの顔は、ちょっと苦しそう。こっちはなにか悪い夢でも見てるんだろうか……


 僕たちと出会ってからのカメリアは、いつも明るく元気で太陽のような女性に生まれ変わった。そんな彼女の笑顔を曇らせる存在は、決して許すことが出来ない。今回の依頼で得た遺留物は、大きな手がかりになるはずだ。各国が連携して組織の包囲網を築くことができれば、カメリアの願いはきっと叶う。なるべく早くそんな日が訪れるよう、祈りを込めながら赤くてきれいな髪に手を伸ばす。



 ――ビキィッ!!



「……っつぅぅぅぅぅぅぅ」



 突然襲われた痛みに、僕は声にならない叫び声を上げる。

 今たしかに体の中から音が鳴った!


 針を刺すような……とは違うな。体を引きちぎられるような痛みだ。やはり昨日の後遺症で間違いないだろう。寝る直前まで普段と変わらない感じだったので、つい油断してた。人があんな動きをすれば、どこかに無理は出るよなぁ。


 これはまずい。無理に動かそうとすれば、体が関節ごとに分解される。

 そーっと、そーっと、ナマケモノのようにゆっくり体を……



「ん……ふあぁー、おはよう、ダイチ」


「あー、えっと。おはよう、カメリア」


「なんか変な格好で固まってるけど、どうしたの?」


「あはははは、ちょっとね。寝起きで体が固くなってるから、ほぐしておこうかなー、なんて……」



 変な状態で固まってる姿を、バッチリ目撃されてしまった。今の僕はなんかこう、体が鋭角になった感じで固まっている。直線でなぐり描きした二次元キャラみたいだよ。



「あっ、もしかしてずっとボクを抱っこしてくれてたから、腕とか痺れちゃった? すぐどくから待ってね」


「大丈夫、大丈夫だから。離れるときはそ~っと、ゆっくりでいいから優しくお願い」


「ダイチの顔、ちょっと汗が出はじめたし、このままじゃダメだよ。血の流れが悪くなると良くないって、アイリスが言ってたもん」



 これはあまりの痛みで流れ出した脂汗です。



「いや、ほんとに大丈夫だから、心配しないで」


「服のボタンが引っかかってて、うまく動けないよ。ダイチの腕をちょっとこっち側に動かすね」



 いけません! お客様! それ以上は! 困ります! お客様! お客様っ!!



「さ、さ、さ、触られるだけで、で、で、で、電気が……」


「よし、取れたよダイチ」


「―――――ア゛ッ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!」



 僕の上げた誤植のような叫び声が、屋敷中に響き渡るのだった。


クロウ「まな板の上で切り刻まれる夢を見たぜ」


◇◆◇


まあ人外の動きをしたんだから、後遺症が出るのは当たり前ですね(笑)

眠る直前まで平気だった理由は、章の最後に投稿する閑話で明らかになります。


次回はナーイアスの暴走。

第12話「温泉治療」をお楽しみに!

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