第9話 神をダメにする枕
「こいつでおしまいだ!」
大きく跳躍したノヴァさんが、クラウドを斜めに振り下ろす。モンスターの体が刃筋に沿ってずれ、形が崩れると光になって消える。
迷宮と神域が融合した影響なんだろう、ここにいるモンスターは手強いものが多い。さすがにあの目玉のような強敵は出ないけど……
黒ローブの男が地面に叩きつけたボールから現れたけど、あれは一体なんだったんだろう。機能的には有名なゲームに出てくる、赤と白のアイテムに近いんだろうか。でも、この世界にトレーナーなんていないはずだ。倒して輝力やアイテムを集める相手であって、お互いに戦わせたりしないもんね。
「よし、この辺りのモンスターは全て片付いたな。次は向こうのエリアに行ってみよう」
紙に描き写した地図へバツ印をつけながら、シアが次に行く場所の指示を出す。迷宮化の影響で洞窟の構造が変化してるため、スミレの持つ【探査】スキルでマップを見られる僕たちが、移動の指示をすることになった。
土地神の安否は気になるけど、迷宮を押し戻すにはモンスターを全滅させなければならない。急がば回れってところだ。
「主様、暇」
「あっ、うん。そうだね、アスフィー」
エトワールさんですら見たことのない目玉モンスターとの戦闘後、ノヴァさんがやたらと張り切っている。どうやら僕たちの戦いを見て、火がついたらしい。思った以上に動かせる自分の体が面白くて、相手の体力が尽きるまで切り刻んじゃったからな……
それから、僕の左手に出ていた剣紋が変わっていた。
今まで五枚だった花びらが一枚増加。これはアスフィーに発現した、新たな付与の影響だ。名前は[交神]で、ノヴァさんいわく神降ろしのようなものだろう、とのこと。
あの状態には制限時間があるみたいで、モンスターを倒してからしばらくすると、勝手に解除されてしまった。もう一度同じことをやってみても一緒になれなかったから、クールタイムもあるんだろう。強すぎる力ゆえに多用できないのは、カメリアの魔剣に備わっている[浄炎]と同じだ。
「みんな! 左側の通路の奥、女の人が倒れてるみたい。クロウがすごく慌ててる」
「土地神様かもしれないな。俺とノヴァさんとエトワールさんで、右の部屋にいるモンスターを殲滅しておく。ダイチたちは左に向かってくれ」
「私はこの子たちを連れて、ファンガス様の方に行きます」
「わかった。気をつけて行ってきてね、スズラン」
精霊たちを怖がらせる原因になってる妙な圧力は、黒ローブの男がいなくなっても続いている。スズランと離れるのは心配だけど、こればっかりは仕方がない。まあ最強の三人が揃ってるんだし、危険な目に合うことはないはず。
そう自分に言い聞かせ、ファンガスさんたちと別れて、左側の通路を目指す。少し進むと突き当りの小さな部屋に到着した。そこには壁へ背中を預けて座り込み、グッタリした様子で動かない女性がいる。布を巻き付けたような白い服は土で汚れ、背中まで伸びた髪はボサボサだ。ここまで必死に逃げてきて、力尽きたんだろうか?
「おい、しっかりしやがれ! そんな立派なもん持ってるくせに、こんな場所でくたばるんじゃねえ。逝くんなら俺に揉ませてからにしろ!!」
「ねえクロウ、もしかしてこの人……」
「まだかすかに息はあるが、体が冷たくなってやがるんだ。頼むご主人さま、こいつを暖めてやってくれ」
「わかった、抱きしめてみるね」
隣にしゃがんだカメリアが、女性の上半身を包み込むように抱く。うん、実際カメリアの胸に顔が埋まってる。なんか雪山で遭難した人を、体を張って暖めてるって感じかも。ラムネもスキルを使ってくれてるし、低体温症みたいな感じだったら回復しそう。
しばらくそうしていると、地面に投げ出されていた女性の手が、ピクリと動く。それがゆっくりと持ち上がり、カメリアの胸を揉みしだく。
「おぉー、柔らかくて寝心地最高ぉー。これは神をダメにする枕だぁー」
「それ枕じゃなくて、ボクの胸だよ。くすぐったいから、そんな触り方しないで」
「おいこら、そのおっぱいは俺様のもんだぞ! 触るなら対価を支払いやがれ。そっちがご主人さまのおっぱいに触ったら、俺様がお前のおっぱいを揉む。おっぱいの等価交換だ」
いやいや、それって等価交換じゃないよ。得するのはクロウだけじゃん。
「おぉぉぉぉー? なんだぁー、どうしてこんな所に精霊獣がいるんだぁー? しかも喋ってるぞぉー」
「その子はボクと契約してる精霊獣だよ」
「おっぱいの救護精霊クロウってんだ、よろしく頼むぜ!」
「面白い精霊獣がいるんだなぁー」
さっき神と言ってたから、間違いなくこの国の守護者なんだろう。すごく間延びした喋り方をしてて、けだるげな雰囲気が全身から溢れ出してる。他の三人に負けず劣らず、個性的な人が現れたな。
「それより、もう大丈夫?」
「この柔らかいおっぱいのおかげでぇー、意識を取り戻せたぞぉー」
「なら、そっちのおっぱいを俺様に差し出せるな」
「この枕を貸してくれるならぁー、私のおっぱいくらい自由にしていいけどぉー?」
「マジか! やったぜ!!」
くるりと反転した土地神がカメリアにもたれかかり、自分の胸にクロウを抱き寄せた。うわー、クロウの顔が今まで見たことないくらい、だらしなくなってるぞ。
「おいおい、こっちは一体どんな状況になってるんだ?」
「あっ、お帰りなさいノヴァさん」
その時、モンスターを倒し終わったノヴァさんたちが、部屋に入ってくる。そして目の前の状況を見て、固まってしまった。カメリアを背もたれにして、その胸に後頭部を埋めている土地神。更に土地神の胸に抱かれて、締まりのない顔をしているクロウ。これで状況を把握しろっていうのは無理な話だ。
とりあえず、こんな場所で倒れていた理由も、神域が今どうなってるかもまだわからない。全員が集まったことだし、その辺の事情を聞かせてもらおう。
次回「第10話 怠惰の化身」をお楽しみに。
だらけ方改革。