第8話 剣神
(2021/10/03 07:40)
57行目の国名を「イノーニ」から「アーワイチ」に変更しました。
単純なミスです(笑)
大地とアトモスフィア、そしてスズランが輪になって手をつなぎ、三人同時に目を閉じる。するとアトモスフィアとスズランが光になり、大地へ吸収されていく。
光が収まった後には、それまでと全く違う姿で立つ大地の姿があった。
上半身は白襦袢と黒い小袖、そして下半身はねずみ色の袴。草鞋ばきの足には紺色の足袋を身につけ、同じ色の羽織には白い梵天がついた羽織紐。アトモスフィアが西洋剣に近い造りのため多少違和感はあるものの、その姿は時代劇に出てくる武士のスタイルだ。
『うぉー、痺れるでござる! 拙者もあのような姿に、擬態したいでござる』
その姿を見たクラウドは、己の中に眠る未知の琴線を刺激され、暴れ出さんばかりに興奮している。
「あれ!? スズランはどこに行ったの?」
『私はここですよ、マスター』
「えっ!? もしかしていま僕が着ている服?」
『はい、マスターの御身をお守りするため、この衣装に宿っています』
「それって大丈夫なの?」
『私の全てでマスターと触れ合っている感じがして、とても心が高揚します』
そんなスズランの声を聞いた大地は、ホッとすると同時に少し恥ずかしそうな表情になった。着ている服はもちろんの事、肌着まで変わってしまっているからだ。
「羨ましい……実に羨ましいぞ、スズラン。私もあんなふうに、ダイチと触れ合ってみたい」
「何度も下僕と繋がっているのに、なにを言ってるのかしら、あなたは」
「なっ……!? みんなが居る場所で、破廉恥なことを言うな! 一体どこでそんなことを覚えたんだ。第一、アイリスにはまだ早すぎる」
「あら、忘れたの? 私はあなたより何倍も歳上なのよ」
一人で引きこもっていた時は、性に関する知識が皆無だったアイリス。しかしニナの好きな恋愛小説や、エトワールが所蔵していた本を読んだことで、いまでは人並みの知識を獲得するに至っている。特にエトワールの蔵書にはマニアックなものが多く、すっかり耳年増になってしまったのであった。
「ちくしょう、恵まれすぎてるぞダイチ! 俺もいつかニナちゃんみたいな子と……」
血が出そうなほど拳を握りしめたファンガスは、ダイチに向かって呪詛のような言葉をつぶやく。ニナに軽く拒否られて落ち込んでいた彼は、今回の依頼を終わらせた後、本気で嫁探しを始めた。そして数カ月後、迷宮内で孤立した女性探索者を救い、やがて結ばれることになる。やっかみを含めて〝美女と野獣〟だの、〝迷宮に願いを叶えてもらった〟と言われるが、仲睦まじく暮らしていったという。
「ボクもダイチと一つになってみたいなぁ……」
「俺様で良ければ、いつでも合体してやるぜ!」
「眼の前でとんでもないことが起こってるのに、あんたら全く動じてないね」
「ダイチの気配、ありゃ異常だぞ。俺が昔調べたことのある、神降ろしに近いんじゃないか?」
神降ろしとは、ひたすら強さを求めていた頃のノヴァが、アーワイチの神官から無理やり聞き出した儀式だった。その時に教えてもらった神事に近いことを、大地たちは行っていたのだ。神事の場合は神器と触媒を用いるが、それをアトモスフィアとスズランで置き換えた形になる。
そして神官の立場にいる大地へ、神に近い力が宿ったのではないか。あまりに格の違う気配を感じ取ったノヴァは、そのような判断を下していた。
「なんか倒せそうな気がするので、ちょっと試してみます」
『今の主様、敵はいない。私が保証する』
抜身のアトモスフィアを構え、鞘を腰に挿した大地が、通路の奥でうごめくモンスターを睨む。そして一瞬体を沈めた後、その場から消えていた。
「うわっ、ボクの目でも追えなかった」
「ダイチのやつ、瞬間移動しやがったぞ」
縮地と呼べるようなスピードで移動した大地が、モンスターから繰り出される数え切れない触手を、目にも止まらないスピードで切り刻んでいく。剣を振る速度が常軌を逸しているため、全員の目には光の線しか見えていない。
「あんなに動いて、お兄ちゃん平気なの?」
「メロンのスキルもあるし、大丈夫なのではないか」
「まあ後で泣き言でもいってきたら、みんなで笑ってあげましょう」
リナリアが心配になるほど、今の大地はノリノリだ。あのスピードと反射神経があれば、一気に本体を叩くことも可能だった。にもかかわらず、その場に止まって触手を相手に剣を繰り出す。本人は新しい力に慣れるためと、言い訳を考えていたのだが……
『そういえば剣を振る前に、ダイチ殿がなにか叫んでいたでござるな』
「えっとね、確か〝じゅうそうれんげき〟って言ってたよ」
「ダイチのやつ、カッコつけて技の名前でも叫んだんじゃないか?」
クロウの予想は正解である。オタク魂を刺激された大地が、思わずゲームキャラのように技名を口走っていた。必要がなくても言葉にする、いわゆる様式美というやつだ。
「あの状態のダイチと本気でやりやってみたいぜ」
「いくらあんたでも、人間やめちまったような相手じゃ、分が悪すぎだよ」
「負けるとわかっていても挑んでみるのが、男ってもんだろ?」
「いやいやノヴァさん、俺たちの腕は二本しかないんだ。あの触手みたいに、輪切りにされるのがオチだと思いますよ」
繰り出される触手の数が徐々に減ってきたが、大地のスピードはますます上がっていく。そのせいで一本の触手が、多数の輪切りになって崩れ落ちていた。やがて本体の目玉から触手が出なくなり、大地がそれを両断する。
こうしてモンスターは討伐されたのであった。
身につけるのは〝裃〟が正しいはずですが、あくまでも主人公のイメージなので。きっと、どこかの将軍様が混じってるのでしょう(笑)
次回はいつもの視点に戻ります。
土地神の安否やいかに。
第9話「神をダメにする枕」をお楽しみに!